第十三章 少しずつの変化
第146話 楽しい魔法漬け生活
私はとうとう一人歩きができるようになった。
ついに、ついにですよ。ゼニス・エル・フェリクス、最終形態って感じ。
思えば長かった。ろくに体を動かせない寝たきりから起き上がれるようになって、歩けるようになって、復活。
動けないのがあんなに辛いとは思わなかった。今後はもう二度とあんな目に遭いたくないね。
とはいえ右腕はまだまだ不自由。体力も前に比べれば落ちた。でも訓練を積めばすぐに戻るだろう。
あと松葉杖を探そうと思っていたのに、結局グレンがべったりで探す暇もなかった。まあ、歩けるようになったからいいか。
さてさて、自由を手に入れた私は魔族たちに話を聞いて回ったり、魔法の実験をしたりしている。
魔力回路の起動も今はもう問題ない。近いうちにアンジュくんが魔族流を教えてくれる予定だ。
屋敷の外に出たいのだが、魔獣がうろついたりしていて危ないんだって。グレンが護衛やってくれればいいのに。
とりあえず一度、どうにか彼を説得して境界まで連れて行ってもらおうと思っている。下見というやつだ。道筋の確認と境界の起動方法を手に入れて、あとは人界に帰る機会を待つ。
ただ気になるのは、グレンはぜんぜんこのお屋敷から離れないんだよね。
他の3人は時たま出かけて不在なのに、こいつだけ私のそばを片時も離れようとしない。暇人か。
もう一つ気になるのは、お屋敷を訪ねてくる人もいないところ。陸の孤島じゃあるまいし、どうなっているのだろう。
ここの所、魔族たちから聞いた魔法関連の知識を整理してみよう。
超弩級クラスの発見がたくさんあって、聞くたびに目が回るようだった。ぜひこの情報をユピテルに持ち帰り、論文にまとめたい。人間の魔法が飛躍的に発展すること間違いなしだ。
では、始まり、始まり~。
・神聖語について
これはつまり詠唱式呪文のこと。魔族たちは詠唱せずとも魔法が使えるが、詠唱しても人間と同じような魔法の効果を得られる。
ただし魔族からすると神聖語は使い勝手の悪い魔法で、普段は誰も使っていないらしい。ごくたまに儀式とかで使うのがせいぜいだそうだ。
『神聖語』という呼び方は、主に儀式で使われるため。宗教的意味合いというか、聖句とか祝詞のように使われているようだ。
そんなものが何故、人間に伝わっているのかというと。シャンファさんがヒントを教えてくれた。
「人間たちの魔力を向上させられないかと、一時期、色々な方法が試されました。神聖語魔法もその一つです。結局、成功はしなかったと聞いていますが」
2000年前の古王国時代に神聖語魔法が魔族から人間に伝えられた、と。
ここからは推測になる。その時代では人間は魔法を発動させるに至らなかったけど、知識だけは伝わり続けて、やがて魔法の才能がある人が発動に成功させたのではないだろうか。
人間、ノルドやユピテルに伝わる魔法の起源は「1000年前に北部森林の奥地で精霊から授けられた」だった。
1000年と2000年じゃだいぶ差があるが、どちらも遠い遠い昔という意味では同じかもしれない。古代人たちがどこまで正確に年数を数えていたかも不明だから。
北部森林の奥地は、例の境界だろう。そこから出入りしていた魔族たちが魔法の知識をもたらした。
大筋では矛盾しない。
ノルドやブリタニカに魔法関連の遺跡が多いのも、当時の魔族たちの足跡だろうか。魔族たちにとって太陽は猛毒だから、あまり長く活動できないようだけど、どの辺りまで進出したのだろう。この疑問もシャンファさんが答えてくれた。
「わたくしは一度、フィルボルグ王国――ゼニスの言う古王国ですね、その首都まで行きましたよ。他の交渉役数人と一緒に、です。
昼は地下や洞窟で日光を避けて、月のあまり出ていない夜を選んで移動しました。人間の協力もあったので、何とかなりましたね」
「体は大丈夫だったの?」
「ええ、まあ。相応に負担はありましたが、まだ生きておりますから」
古王国の首都はブリタニカの辺りにあったはずだ。北部森林からはけっこうな距離になる。魔族も案外、人界で長期間活動できる……?
でもその割には、進出を諦めて以後は全く出てきていないみたい。ちょっと不思議。
その疑問は残るが、魔法遺跡が多い理由は分かった。
魔族たちが去った後も、何なら古王国が滅亡した後も人間たちは魔法の研究をしていたのだと思う。世代交代が進んで神聖語魔法の起源が不明になってしまっても、知識だけは残っていた。
そして、詠唱式呪文の発動に至る。
その間には色んなことがあったんだろうな。シリウスとカペラのご先祖のアルヴァルディ一族の誰かとか、きっともう名前も忘れられてしまった人々が尽力したのだろう。
魔法の発祥の謎が解けて、しばらく感慨に浸ってしまった。
魔法史研究をテーマにしている魔法学院の講師に教えてやったら、飛び上がって興奮するだろうなぁ。想像したら笑みがこぼれた。
・現象の影とは何か
一言で言うと、「魔法によって引き起こされた事象が、完全に現象に転じる前、魔力の状態でいる僅かな時間のこと」。
何でも、魔法を発動するとまず魔力が生まれ、それが僅かな時間を経て魔法の効果になるんだそうだ。
例えば小火の魔法でともし火を灯すと、最初の0.1秒くらいは実は魔力の状態。その後、炎という現象になるとのこと。
現象の影の状態であれば、魔力を直接ぶつけることで干渉ができる。
私のスタンガンの魔法がグレンに効かなかったのも、電流が現象の影のうちに魔力をぶつけて無効化したそうな。
あの魔法は指定した相手の体内に直接、電流を起こす。体内だから察知されるのが早く、魔力をぶつけるのも素早く出来る。防御無視の体内発生が逆に仇になってしまった。
私が微妙にへこんでいると、グレンが言った。
「気にしなくて大丈夫だよ。ゼニスの電流の魔法は、完成度がかなり高い。電流の発生も迅速で、現象の影は極めて短かった。
現に狼はまともに食らって倒れたよね。あの魔法に対応できるのは、魔界でも魔王陛下と私くらいのものだろう」
それは自慢か? 自慢なのか?
グレンを睨んでやったけど、彼はきょとんとしていた。事実を事実として言ったつもりしかないらしい。ムカつくわ。
まあ、そのお強いグレンをして「完成度がかなり高い」と言わしめたスタンガンの魔法を誇りに思っておこう。
ずっと気になっていた「神聖語」「現象の影」については、納得できる答えを得られた。
でも実は、これらの説明を聞く過程で教えてもらった「魔法の根本的な仕組み」の方が、私にとっては衝撃的だったのである。
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