第148話 人間と魔族の魔法
そしてもう一つ、大事な事実があった。
魔界は人界に比べて魔力の反応が鋭敏で、私の詠唱式呪文も一回り大きな効果を発動するのである。
魔族たちが詠唱式呪文を見たがったので、中庭に出て、私はいつもの水の魔法を使ったのだが。
「清らかなる水の精霊よ、その恵みを我が手に注ぎ給え……ふへーっ!?」
いつもの量の倍くらいが勢いよく手のひらから吹き出して、私は尻もちをついた。すぐグレンが助け起こしてくれたけど、それなら転ぶ前に支えてよ。「尻もちついた姿がかわいくて」じゃねえよ。
「なるほど、人間たちは神聖語の組み合わせを工夫して新しい魔法を作ったのですね」
シャンファさんが感心している。この水の魔法は魔族に伝わる神聖語魔法にはないもので、人間のオリジナルなんだって。
「他にもたくさんあるよ。人間の魔法使いは新しい魔法の開発に熱心で、大技から細かいものまでいろいろ作ってる」
「そうでしたか。人間への魔法の伝授は失敗したとばかり思っていたのに、意外な形で芽を出していたのですね」
シャンファさんは淡く微笑んだ。この人、サキュバス属性なのにどこか儚げだったりする。
「それにしてもびっくりした。この水の魔法は、本当はさっきの半分くらいの水を出す効果なのに」
私が言うと、グレンが答えた。
「人界に比べ、魔界が神界に近いせいだろうね。私も人界に出た時、いつもよりも魔力を込めなければ魔法を使えなかったから」
「そうなの?」
「うん。ゼニスに金縛りの術をかけたときも、本来なら即死だったはずなのに、しばらく生きていただろう。結果的に良かったけれど」
そうですねー!! 手も足も出ないで負けたもんね。思い出すとムカつくわ。てか、あの行動不能になるやつは金縛りの術というのか。
「死なせないで本当に良かった。おかげで愛しいゼニスと毎日一緒にいられる」
そう言って頭を撫でてくるので、私はひょいと避けた。グレンが残念そうにして、アンジュくんとカイが微妙な顔をしている。
「で、話を戻すけど、人界・魔界・神界の位置関係はどうなってるの?」
「境界の話の時に言った通り、魔界と人界は紙一重の位相にある。そしてその紙一重分、魔界は神界に近い」
と、グレン。
「じゃあ、その分だけ魔力の反応が違うんだね」
私は言って、ふと思った。詠唱式呪文で接続するのは神界ではなく、ライブラリではないかと予想している。魔法の処理順序を考えると、その方が妥当だからだ。
ということは、ライブラリも神界に近い場所にあるのだろうか? そもそも「場所」と呼べるのか分からないが……。
なお、魔族たちは詠唱式呪文に詳しくない。古めかしくて使いにくい魔法だと思って放置している。もちろん研究などされていない。
だからライブラリ説も初耳で、私が説明したら驚いていた。
グレンが言う。
「神聖語魔法については、我々魔族よりも人間の方が詳しいね。ただ、例外は魔王陛下だ。あのお方は神聖語魔法を基盤にして、境界装置やその他の新しい仕組みを開発したから」
「古王国との通信装置とか?」
つまり魔王は記述式呪文の開発者!?
「そう。あれらの技術は『魔法陣』と呼ばれている」
「あれ、すごい技術だよ! 魔族の魔法にしても人間の呪文にしても、術者の魔力で発動するでしょ。あれはそこらへんのルールを変えてる。根本的に違う。可能性ありまくりだよ!」
「陛下が聞いたら喜ばれるだろうね。でも、もう魔法陣の開発は止まっている」
「どうして? もったいない!」
「どんなに手を尽くしても、新しい技術を作っても、魔族の滅亡が避けられないから」
さらりと言われて、私は返す言葉を失った。
そうか、そうだった。
彼らにはもう、未来がないのだった……。
私が言葉を見つけられず黙っていたら、アンジュくんが明るい声で言った。
「ゼニスちゃん、そんなに気にしないでいいんだよ。
それよりも人間の魔法がこんなに研究されていて、ボク、驚いたよ。人間の熱心さはすごいね。この調子なら、魔族がいよいよいなくなる前に人間に抜かれちゃうかも」
それはあるかもしれない。人間にとっての千年、一万年は途方もなく長い時間だ。
古代文明を思わせるユピテルも、何千年か後には前世の地球のようになっている可能性が大いにある。それこそ、魔族の子が生まれない問題を解決出来るほどに科学が発達するかも。
……それとも、もしかして。私の中途半端な前世知識でも、魔族の滅亡を回避するヒントを与えられるだろうか?
子供が生まれないということは、不妊の問題だ。前世では不妊に悩む夫婦はたくさんいて、治療は一般的だった。
かくいう私の姉も不妊治療をしていた。といっても彼女の場合はそんなに難しくないケースで、卵管が詰まっていたせいだった。
狭くなった卵管をバルーンカテーテルで膨らませて広げる手術をしたら、すぐに妊娠したなあ。本人は「あの手術、めっちゃ痛いんだから!」と怒ってたけど。
不妊の原因としては、子宮や精子の異常、それに免疫と遺伝子の問題もあったっけ。不妊は女性の問題にされがちだけど、男性側の問題も割合としてけっこうあると聞いた。
魔族が種族として極端な少子化に陥ってるのなら、個人レベルではない何かがあるのだろう。
けれど私の知っていることなんて全て聞きかじりのうろ覚え。
魔界の医学がどの程度のレベルにあるかもよく知らないし、無責任なことは言えない。
そもそも、私が魔族を助けてやる義理なんてないはずだ。
私が魔界に来たのは事故の被害者みたいなもので、そりゃあ治療してもらったりご飯食べさせてもらったり、色んなことを教えてもらっているけど。
でも、関係ない。私は遠からずユピテルに帰る。
境界装置を調査できないのは残念だが、その代わりに魔族たちからたくさんの知識をもらった。成果としては十分。
だから、無関係なんだ。――本当に?
「ゼニス、どうした? ぼんやりして」
グレンが私の肩に手を置いて、その感触で我に返った。
「別に、なんでもない。いろんな話を聞いたから、ちょっと頭を整理してただけ」
「そっか。じゃあ一度休憩にしよう。聞きたいことがあったら、また何でも聞いて。私の知る限りのことを教えてあげる」
「ボクも! ゼニスちゃんは熱心だから、教えがいがあるんだよー」
「わたくしでお役に立てることがありましたら、どうぞ」
「俺も、知りたい件があったら言ってくれ」
魔族たちが口々に言う。なんでそんなに親切なんだろ。
私たちは別の種族で、大昔は人間は魔族の奴隷で、今だって対等とは言えないのに。貴方たちは魔力がとても強くて、寿命も気が遠くなるほど長い。それなのに……ただ滅亡を待つばかりでいる。
私は彼らを見捨てて、ユピテルに逃げ帰る。本当にそれでいいのだろうか。
分からなくなってきた……。
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