第142話 魔族と座談会4

 人間に対しての罪悪感。

 私は人間ではあるが、被害を受けた本人ではない。身内でもない。同時代人ですらない。

 となると、人間がどうとか魔族がどうとかよりも、シャンファさんの話を聞いて私がどう感じたかでいいのかな、と思った。主語を大きくしたって意味ないもの。


『さっきも言った通り、2000年は私にとって気が遠くなるほど昔の話。だから私には実感が湧かない』


 私はそれだけ言った。他に言いようがなかったともいえる。

 シャンファさんはしばらく私を見つめた後、


『そうですか』


 と言ってため息をついた。ほんの少しだけ表情がやわらいだ気がした。


 それにしても魔族が絶滅の危機にあったとは。

 何気なく古王国に付いて質問したつもりが、とんでもない答えを引き出してしまった。

 とはいえ魔族は1万年も寿命がある。207歳のグレンならそれこそあと1万年くらい生きるわけだ。最低でも絶滅はその後ということになる。

 人間のタイムスケールだと本当にピンと来ない。でも彼らにとっては切実な問題なんだろうな。


『次の話に行きましょうか。ゼニス、聞きたいことを言ってください』


 シャンファさんが言う。私はまたちょっと考えてから、自分の体について聞くことにした。






・ゼニスの体の状態について


『ボクが答えるね。

 ゼニスちゃんの魔力回路は今、グレン様と接続してる。右手と心臓だね。

 きみの魔力回路の損傷は相当激しかったから、そのままにしていたらいずれ全身が壊死して崩壊していたよ。だからグレン様から魔力を流して生命維持を行っていたんだ。

 今は少しずつ容態が安定してきてるところ』


 と、アンジュくん。

 そんなことになってたんだ……。


『つながった魔力回路は切り離せない?』


 私がそう聞くと、アンジュくんはきゅっと眉を寄せた。


『もっと状態が良くなれば不可能ではないけど。でも、それってどうなの?』


『どう……と言われても。命に別状がなければ、繋がっている必要はないのでは? グレンだって不便だろうに』


 するとアンジュくんは『嘘でしょ』と呟いた。シャンファさんとカイも意味深に視線を交わしている。

 グレンは表情を消して私を見つめていた。

 え? どうしたの?


『あのね、ゼニスちゃん。魔力回路がつながった上で、きみはグレン様の魔力を受け入れた。それってどういうことか分かる?』


 前にも似たようなことを言われたっけ。ちゃんと確認してみよう。


『分からない。それ以前に特に受け入れたつもりもない』


『え? マジで?』


『わたくしもてっきりそういうことかと思っておりましたのに』


『ゼニス、それは主に対して不誠実ではないか』


 集中砲火を浴びている。解せぬ。


『うん。説明するとね。こんなに深く魔力回路を繋ぎ合って、しかもお互いの魔力を受け入れたってことは、魔族としては一生の誓いを交わしたに等しいんだよ』


「はい!?」


 思わず素で声が出た。

 あああ、それ、グレンの思い込みではなかったかぁ! 魔族的常識だったか!


『いやでも私、本当に受け入れたつもりがなくて!?』


『そこが不思議なんだよねえ。今もグレン様の魔力がゼニスちゃんに流れ込んで馴染んでいってる。拒絶したらこうはならないよ』


『えええ』


『ひとつ思い当たるのですが』


 と、シャンファさん。思わず必死な目で彼女を見る。


『魔力の差が大き過ぎるせいではありませんか。魔族同士であれば、同意がなければ魔力の交換はできません。でも、人間の弱い魔力ならば強引な力ずくが通用するのでは』


 きっとそれだ! だって魔力が流れてきてるのも、はっきり感じるわけでもないもん。人間の魔力に対する感覚が低いのが関係してそう。

 だいたい魔力回路自体、たった10年ちょい前に私が発見するまで、人間は存在自体に気づいてなかった。その私だって、存在を確信するまではいろいろ実験したり検証したりしないと分からない程度のものだった。

 その後に意識的な訓練を積んで、魔力の流れの認識や強制過剰励起(自爆もどき)とか出来るようになったけど。他人と接続して魔力を分けてもらうなんて完全に想定外だった。

 ずっと昔から魔力回路を使いこなしている魔族とは、そもそものレベルが違うよ。


『強引……』


『力ずく……』


 アンジュくんとカイが難しい顔をしている。うむ、言葉の響きがアレだよね。


『まあ、今までのことで察しはついていたよ』


 グレンが言った。どんな表情をしているか確認するのが怖くて、恐る恐る彼を見てみると、にっこり微笑みかけられた。


『最初はショックだったけど。でも、今はかえって良かったと思ってる。

 私があなたを心から愛しているのは変わらない。だから、今度こそちゃんと好きになってもらえるように努力するよ』


 …………。

 そんなふうに正面から言われると、すごく困る。どう返事していいか分からない。


 だって、私は。

 貴方を騙している。

 故郷に帰ることしか考えていない。

 これから先も好きになんてならない。なってはいけない。

 なんだろ。息が苦しいな。


『グレン様……大人になられて……』


 シャンファさんがハンカチを取り出して目元を拭っている。


『うんうん、色々やらかしたって聞いた時は我が主君ながらどうなのって思ったけど、よかったなあ』


『俺も応援したい気分だ』


 アンジュくんとカイもうなずき合っている。

 なんか3人のせいで空気が生ぬるくなった気がする。おかげで呼吸が楽になったけどさ。


『そういうわけだから。ゼニス、改めてよろしくね』


 私はやはり、答えを返せなかった。







 それからお茶会はお開きになってしまった。

 黙り込んだ私の顔を見たグレンが、顔色が悪いと心配したからだ。


『今日はここまでにしておこう。あなたはまだ体が回復していない。無理をしてはいけない』


『でも、まだたくさん聞きたいことが……』


 今回、魔族滅亡なんていう予想外の話が出たせいで、魔力や魔法についてほとんど聞けなかった。無念がすぎる。

 神聖語とか現象化とかものすごく気になるのに!


『後でまた、いつでも答えるよ。だから今日はもう休もう』


『ゼニスちゃん、グレン様の言うとおりだよー。自分じゃ分からないだろうけど、真っ青な顔してる。ボクも休むのをおすすめするね』


 むう。治療者のアンジュくんまでそう言うのか。

 確かに立ち上がれるようになったのがつい先日で、それまでは寝てばかりだった。こんなに長時間、複数相手に話をしたのも久しぶり。

 疲れたかな。疲れたかも。

 無理して体調が悪化してもつまらない。今日は引き下がろう。


『……うん。分かった』


『いい子だ』


 グレンに頭を撫でられた――と思ったら、抱き上げられた。


『あの、歩いて戻るって!』


 抱き抱えられるの自体ははもう慣れてきたけど、他人の目がある場所だとやっぱり恥ずかしい! 動く方の手をバタバタさせた。

 空気がさらに生ぬるい、いやなんかみんなほっこりしてる?? うわあああ。


『心配なんだ。このくらいさせて?』


 その言い方はずるい。この状況で嫌とは言いにくい。私は諦めて暴れるのをやめた。

 カイがさっと動いてドアを開けてくれた。


『ゼニス、またお話しましょうね』


 シャンファさんが手を振っている。そう言ってもらえるのは嬉しい。うなずき返したら微笑んでくれた。




 こうして、最初のお茶会は終わったのだった。


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