第143話 魔界の日常

ゼニスの魔法語が上達してきたので、『』を「」に変更しています。

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 お茶会の日から少しの時間が過ぎた。

 私はグレンの助けを借りながらとはいえ歩けるようになったので、屋敷内をあちこち探検して回っている。

 この建物は中華風だった。全体が四角く建物が東西南北の4つに分かれていて、中央に中庭が配されている。北側の建物が一番立派で、主であるグレンの部屋がある。私のいる客室は東側。アンジュくんたち3人は西側。南側は玄関で、台所や倉庫なんかがある。

 いわゆる四合院という作りだと思う。

 この前のお茶会は客室の一つを使ったそうで、私が寝起きする部屋と同じ東棟だった。


 ユピテルの邸宅ドムスも四角くくて真ん中に中庭があるが、あちらは一つの建物の真ん中をくり抜いて中庭にしている。

 ここは東西南北の建物がそれぞれ独立している。別の建物に行こうとしたら中庭に出る必要がある感じ。


 食べ物もそうだけど、魔界はアジアっぽい文化が割と強いらしい。でも各地の小規模な種族にそれぞれの独自性があったりして、一概には言えないとのこと。







 初めて中庭に出た時は驚いた。太陽が皆既日食みたいに黒いのだ。黒い円に外側のフレアだけ光ってた。

 部屋の窓はずっと木戸が閉められたままになっていて、魔界の空を見たのはこの時が初めてだった。

 黒い太陽のおかげで昼間でもあんまり明るくない。まあ、暗くてものが見えないとかそこまでじゃないので、今のところは不便はしていない。

 夜に登ってくる月はやたら大きくて、人界の何倍もある。肉眼で表面のクレーターがはっきり見えた。


 不思議だ。

 人界は魔法があるファンタジーな異世界とはいえ、魔法以外は地球とほぼ変わらなかった。星座こそまるっきり別だったけど、季節やら日照時間やらも前世と違和感のない範囲。確かめ方は分からないが、惑星が恒星の周りを自転しながら公転してるんだろう。


 でも魔界は意味不明である。

 魔素が濃いらしいが普通に呼吸できるし、酸素もあるんだろうけど。それ以上は何とも。







 で、毎日お屋敷の中だけとはいえ頑張って歩いて、少し体力も戻ってきた。ほんの数メートル程度であれば、自分でも歩ける。

 外にも行ってみたいと言ったら、そのうちねと流された。一度は外に出て境界までの道を確かめておきたいところである。


 余談だが足元もだいぶしっかりしてきたので、松葉杖みたいのがあればひとりで歩けると思い、アンジュくんに聞いたことがあった。

 そしたら、


「そういうのはないデスネー。グレン様を頼ればいいんじゃないデスカネー」


 と、ものすごい棒読みで言われた。あれは絶対あると思う。今度、倉庫を漁ってみよう。







 敷地内をあちこち歩き回って、グレン以外の3人と顔を合わせる機会も増えた。

 食事もおかゆオンリーを卒業して、今は他の人たちと同じメニューを食べている。食べる場所もベッドの上ではなく、南棟の食堂になった。円卓をみんなで囲んで食べるのだ。

 お箸もあって、前世の感触を思い出しながら使っていたら、「ゼニスは上手に箸を使うね。人界も箸文化なのかい?」とグレンに聞かれた。前世も人間の住む世界という意味では「人界」なので、そうだよ、と適当に答えておいた。


 食事時は皆が揃うので、少しずつ魔法の話を聞いている。


「ゼニスちゃんは熱心だねえ。そろそろ魔力回路のリハビリも始めようか」


 ある日の朝食時、いつものように食べながら質問していると、アンジュくんがそんなことを言った。


「だいぶ状態が安定してきたからね。まだ全開にはできないけど、少しずつ起動させてみよう」


「やった! ずっと魔法が使えなくて、欲求不満だったの。これでまた一歩前進」


 グレンお手製の卵焼きをごくんと飲み込んで、私は喜びを表に出した。この卵焼きはふわふわでちょっぴりお酒の風味が効いていて、私好みの味付けだ。

 体は順調に回復しているのに、魔力回路の起動許可はなかなか出なくてやきもきしていたのだ。

 アンジュくんはニコッと笑顔になった。


「治癒者としても、治したい気持ちの強い患者は嬉しいよ。じゃあ、食べ終わったら始めようか。グレン様、介助お願いしますね」


「ああ」


 グレンはうなずいたが、私は不満だった。


「魔力回路の訓練にもグレンの介助がいるの? なんで?」


「だって癒着してるもの。今となっては、グレン様とゼニスちゃんは一心同体みたいなもんだよ」


「その癒着ってどの程度のもの? まさか一生べったりくっついていないといけないとか、ないよね?」


 不安になって聞いてみる。


「さすがにそれはないって。ただ、今程度の回復具合で長く離れると、お互い不調が出るね。もっと完全に回復してからなら、そういう影響も薄くなる」


 ふむ。ではやはり、体と一緒で魔力回路も回復を第一にした方がいいな、と考えながら、私はグレン作の鶏ガラスープを飲んだ。よくダシが出ていておいしい。

 魔力回路の回復と訓練について考えながらもぐもぐしていると、グレンが言った。


「ゼニス、麺麭パンのお代わりはもういいかい?」


「んー、どうしよ。じゃあ小さいのもう一個食べたい」


「よし。杏の果醤ジャムをつけてあげよう」


「ありがと」


 杏のジャムは最近のお気に入りである。

 グレンはパンかごから小さいものを選んで取り出し、瓶に入っているジャムをすくって塗ってくれた。魔界のパンは蒸しパンみたいにふわふわしてる。

 受け取ってガブリとかじった。うん、ジャムが甘酸っぱくておいしい。

 食後のお茶を飲み、食器を流しまで片付けようとしたら、グレンがさっさと持っていってしまった。

 最近の私は一人で立ち上がれるが、まだ少し不自由である。歩くのも基本、介助つきだし。さっさと自立したいものだ。


 そんな私たちのやり取りを、他の3人はちょっと生ぬるい目で見守ってくれている。微妙に居心地が悪いが、いつものことなので気にしないようにした。


 さて、食後は魔力回路リハビリだ。楽しみである。

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