第141話 魔族と座談会3
・古王国と魔族の関係について
『境界が設置されたのは2000年ほど前ですが、それから約300年に渡って魔族と人間の接触がありました』
シャンファさんは2250歳と言ってたっけ。その頃もう生まれてたのか。すごいなぁ……。
『わたくしは100歳の成人後に、その事業に参加しました。
魔族は100歳で成人なのか。で、出自によって特殊能力があると。
『人界に介入したそもそものきっかけは……』
シャンファさんは言葉を切る。なんだか迷っているようだ。
『2つの世界の事故を防ぐためでは?』
『いえ、それよりも大きな理由が。そうですね。ゼニスであれば話しても構わないでしょう』
彼女はそう言って、ちらりとグレンを見た。
『問題ないよ。隠すようなものでもないし』
グレンがうなずいた。シャンファさんが続ける。
『境界を設置し、人界への行き来を可能にした背景には、魔族の人口減少がありました。もともと魔族はあまり出生率が高くないのですが、ここ数万年で特に子が生まれにくくなっているのです。このままではいずれ滅亡すると、はっきり分かる程度に』
へ? なんか急に話が深刻になってない? 数万年と言われてもピンとこないにも程があるけど……。
『人界へ行って人間と接触したのは、交配のためでした。人間の繁殖力が高いのは、魔族の間でもよく知られた話です。
2つの種族は肉体上だけに限れば差が小さい。魔族の絶滅を防ぐため、魔王陛下は人界への進出と人間との交雑を決意なされました。
魔族の中には魔力が低い人間を見下す者も多い。反対意見も根強くありました。けれど時間が経つほどに出生率は悪化し、滅びの時が近づいたので、最終的にはこの案が通りました』
アンジュくんとカイは黙って聞いている。彼らにとっては既知の話なんだろう。
『成人して間もなかったわたくしが参加したのも、より多くの子を成す機会を期待されたからです。わたくしたちの年代は、既にかなり数が少ない。魔王陛下のご心痛を思うと、わたくしはいてもたってもいられず志願したのです。夢魔族の特性もうってつけでしたからね。
太陽の毒を軽減する魔法も同時に研究されていましたが、結局それは上手くいきませんでした。毒の影響を軽くするのも、毒を受けた後に治療するのも困難を極めた。そうですね、アンジュ?』
『うん。治癒魔法の適性が高いひとたちが集まって散々試したけど、どれもダメだった。太陽毒のごく軽い症状なら治せる。それ以上は無理。ある程度進んだ太陽毒患者は、苦しみながら死ぬしかない。今でもそれは変わってないよ』
『太陽毒軽減が進まなかった時点で、計画は人界への進出から魔界へ人間を受け入れる方向へ変わりました。
人間の貴女を前に言いにくいのですが、はっきり言えば奴隷として強制的に連れ去ったのです。人間の王には奴隷狩りの認可と、定期的な人間の拠出を約束させました。
その後の300年で何千人もの人間たちを魔界に連れてきて、交配の実験を行いました……。無茶な行いで命を落とした人間も少なくなかった』
シャンファさんは目を伏せて言葉を切った。
『あの……、交配というのは体外受精とかそういう話ではなくて、その?』
私が恐る恐る言うと、彼女は不思議そうに『それはなんですか?』と言った。
最近の私は魔法語が上がったので、言葉を組み合わせて前世の言い回しも再現できる。
いや、そんなことはどうでもいい。それより。
つまり、普通の性行為を実験として行ったんだろう。人間の奴隷相手に魔力が強い魔族が、一方的に。男女問わず。
さっきまでの明るいお茶会の雰囲気は完全に消えてしまっている。私はまた地雷を踏んでしまったんだろうか。
『けれど結局、魔族と人間の間に子は1人も生まれませんでした。妊娠した者すらいません。
住む世界の違いと魔力回路の構造の違いから生まれる障害は、当初の予想より遥かに大きかった。
300年後、魔王陛下は計画を断念されました。人間の犠牲に対して成果がなかったからです』
『そこで改めて人間の王に境界の不可侵を約束させた。重なりの事故のこともあるし、境界は撤去されなかったが、魔族側はもう人界に干渉していないよ。そのまま今に至ってる』
グレンが最後に言った。
私にとっては2000年前の話だ。前世で言えば2000年前の古代ローマ時代に大量虐殺があったとして、それで心が痛むか、加害者を憎むかと言われると「いや別に」となる。
奴隷扱いもなぁ。奴隷制について色々思う所はあるけれど、ユピテルだって当然のように奴隷を使っているわけで。
300年で数千人だっけ。仮に300年で3000人とすると、1年あたり10人。
魔族たちにとっては高いペースなのかもしれないが、人間側からすれば1年に10人連れ去られても、どのくらい被害を実感したことやら。
狭い地域ならともかく、北部森林からブリタニカにかけてはかなり広い。人口密度は低くとも、それなりに集落はあったはず。
例えば集落が50個あったとして、輪番で1年ずつ10人の人身御供。50年に一度。
古代文明のユピテルの更に古代なら、50歳を超えて生きる人はそんなに多くなかったと思う。となると、一生に一度あるかないか程度の頻度になる。
それなら飢饉で死んだり、戦争に駆り出されて死んだりする方が現実的だったんじゃないかな……。
別に魔族をかばうつもりはない。けど、人間の感覚で考えるとどうしてもピンと来ない。
でも、シャンファさんは当事者として相当気に病んでる様子だった。魔族の寿命から換算すると、2000年前は人間の10数年前とかそのくらいの感覚なのだと思う。
困ったな……。いっそ、『人間を虐殺したけど、なにか?』くらいの態度でいたら、私も「やっぱり魔族はひどい」で終わるのに。
加害者はすぐ行いを忘れて、被害者はいつまでも覚えているというけれど、これは逆だ。もうそんな王国があったことすら人間は忘れているのに、まだこうやって苦しそうにしているひとがいる。
その頃の罪悪感がまだ彼らに残っているから、人間の私を好意的に受け入れてくれるのかもしれない。
私は彼らにどういう心で臨むべきだろうか。
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