第140話 魔族と座談会2


 だいぶ場がわちゃわちゃして来たので、一度仕切り直すことにした。

 みんな思ったよりお喋り好きだった。自由に喋ってもらうとすぐ収集がつかない感じになる。

 魔族というともっと尊大だったり根暗だったりするイメージだったけど、この世界では違うようだ。


 もとから聞きたかったことに加え、先程の会話でも分かったこと、疑問に思ったことはいくつもある。

 私は頭を整理しながら優先順位を決めて質問した。







・境界とはどういうものか?


 まずはこれ。何度も話に出ていたが、まだ理解できていない。

 グレンが答えてくれた。


『境界は、文字通り魔界と人間たちの住む世界――我々は人界と呼んでいる――の境目になる場所のことだよ。

 魔界と人界は存在する位相が違う。物理的には繋がっていない。

 ただ非常に近しい場所にあるから、昔から自然に2つの世界が交わってしまう時があった。

 人間がその重なりに巻き込まれて流れ着くこともあるし、魔族が迷い込んでしまう時もある。


 どちらのケースでも、それぞれ無事に元の世界に戻るのは難しい。

 人間にとっては魔界は危険な場所。そこらをうろつくありふれた魔獣程度でも、ろくに抵抗できず食い殺されただろう。

 運良く好意的な魔族に保護されたとしても、世界の重なりはそれほど頻度が高くない。大抵はまた重なりに巡り合う前に死んでしまうね。


 魔族が人界に出てしまうと、太陽が大きな障害になる。あなたたちの世界の太陽の光は、私たちにとって猛毒なんだ。

 夜に短時間だけ滞在するなら問題ないが、長期間に渡って人界に留まるのは無理だよ。

 たとえ昼間を屋内や地下でやり過ごしても、夜の月だってそれなりの毒になる。


 魔素がかなり薄いのも問題だね。魔力回路の維持が不可能になって体が弱り、太陽の毒と相まってそう長くは生きていられない。

 それでも元の世界に帰るだけであれば、魔族は人間よりもいくらか可能性があるかな』


『魔素とは?』


 まずは最後までしっかり聞こうと思っていたのに、私はつい口を挟んでしまった。


『魔素は文字通り空気中の魔力だよ。呼吸で体内に取り入れて魔力回路を循環させる。

 魔力回路が存在している以上、人間のあなたもそうしているはずだけど。自覚はない?』


 なんだって。魔力は体内で生成するだけじゃなかったの? 大発見だ。心の魔法手帳に赤線を引いてメモっておく。

 話を遮ってしまったのを軽く謝って、先を促した。


『それで、そのような不幸な事故を防ぐためにも境界が設置された。およそ2000年前の話と聞いている。

 世界の重なりが起きやすい場所に境界の装置を置いて、魔力で重なりが起こらないようコントロールしてるんだ。装置は魔王陛下の指揮で開発した。

 境界装置は世界の重なりを防ぐけど、逆に任意に起こすこともできる。

 あなたと出会ったあの境界で、私と狼があちらに渡ったのは装置の効力だ。


 境界は両方の世界に置いておかないといけないから、人界側で人間に近づいて欲しくない。結界で隠匿しているけれど、そもそもあの場所は不安定だから完璧にはなかなかできない。

 それで、人間の王と協定を交わして人間があの場所に近づかないようにしてもらった。それでも時々迷い込むから、見張っているんだ。

 人間の王がきちんと約束を守ってくれなくて、正直困ってるよ』


 どういうことだろう。あの北部森林地帯はユピテル共和国の領土で、特に禁足地でもなかった。共和国に国王はいない。王とは誰のことなのか?

 そう聞くと、『フィルヴォルグ王国』という答えが返ってきた。なんだその国、知らないよ。

 ……待てよ、よくよく考えると聞き覚えがある。古代の北方王国だ。

 現在のブリタニカからノルド北部を支配していたと言われている国で、とっくの昔に滅び去っている。というか、昔過ぎて実在が危ぶまれていた伝説の古王国だった。本当にあったのね。


『その国は既に滅亡している。大昔の話だ』


 私が言うと、魔族たちは皆戸惑った様子になった。


『え? だって2000年足らず前の話だよ? それにその約200年後に一度、協定を更新してる。国が一つ滅びるには短すぎるだろう』


『2000年は人間にとってものすごく長いので……』


『そうなのか……。どうりで通信装置に応答がないわけだ。人界の薄い魔素の中で装置が壊れたかと思ってた』


 そこはちゃんと確認しなよ。いや、人界に滞在できないから無理だったのか。

 他の三人もびっくりした顔で視線を交わし合っている。時間感覚の差が生んだ悲劇ですな。


『これは魔王陛下に報告すべき案件ですね』


 シャンファさんが言った。マジか。変な方向におおごとになってしまった。

 それともう一つ。通信装置があったとは。まさか……。

 何となく思い当たった気がして、私は聞いてみた。


『通信装置とは、どんなもの?』


『これくらいの大きさの石版で、境界装置と同じ技術が使われたものですよ』


 シャンファさんが答える。――やっぱりそうか。


『こういう内容で間違いないだろうか』


 私は紙とペンを借りて、かつてシリウスが見つけてきた石版と内容の記述式呪文を書いた。何年も研究してきたので、全て正確に覚えている。


『そう、これです。ゼニスは知っているのですか』


『ああ。私にとっては古代の発掘品だった。いくつかに割れてしまっていて、破片を集めたんだ』


『この魔力型・夢花というのが、わたくしの識別名になります。わたくしの魔力を登録して、人間たちと交渉していたのです』


 なにー!? 長年解明できずにいたその一文が、まさか目の前のシャンファさんのIDだったとは。

 シリウスが聞いたら大興奮するだろうな。教えてあげたい。

 これは後で詳しく聞かなければ。見逃せないぞ。


 私が内心でテンションを上げていると、グレンが言った。


『境界そのものについてはこんな所だね。境界を巡る人間との関係は、また別の話になる。それも聞きたい?』


 私は少し考えた。境界について聞いたのは、第一に私が人界に帰る手段を探るせいだ。

 おまけで魔素や通信装置の話が聞けて大収穫だった。でも、本当は喜んでいる場合ではない。本命はあくまで帰還のための情報収集。

 今の話だけでも魔界の境界が設置されている場所まで行って、装置を起動すれば帰られるらしいと分かった。


 起動条件等がまだ不明だけど、あまり細かく聞くと怪しまれるかもしれない。

 あれだけ怒涛のグレン推しをしてきた以上、みんな私が魔界に残るのが当然と思ってるみたいだから。今は帰る見通しが進んだと満足するべきだろう。


 あと、伝説の古王国時代に魔族とやり取りがあったのも初耳だ。純粋に興味がある。聞いてみよう。


『では、その件はわたくしが話しましょう。当事者でしたので』


 シャンファさんが話し始めた。

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