第十二章 魔族たち

第139話 魔族と座談会1


 楽しみにしていた顔合わせの日がやって来た。


 最近の私は介助付きで歩けるようになっている。

 すぐ疲れてしまうし、右手がまだいまいち動かないのですぐバランス崩したけど。寝たきりだったせいで全身の筋肉が弱った上に固くなってしまったようで、ちょっと動く度にあちこち痛かったけど。

 自分の足で歩けるのは、とても嬉しかった。


 で、会合である。

 まずは久々に寝間着から着替えた。用意されていたのは漢服風の上下で、上は薄い黄色の合わせ、下は緑色のスカート(っていうのかな?)。胸のすぐ下で帯を結んで、ちょっとゴージャスな感じである。肌触りのいい布で、かなりの高級品と見た。


 支えてもらいながら廊下を歩く。その先の一室に皆が集まっていた。

 モノトーンの配色をメインにした部屋の中央に、艷やかで黒い円卓が配置されている。椅子が5脚置いてあった。お茶も人数分セット済みだ。

 円卓の椅子に座った。私の右隣にグレン、シャンファさんと思われる女性、狼、アンジュくんの順だ。


『ゼニスさんがボクたちの話を聞きたいってことだったけど。なにを話せばいいのかな?』


 アンジュくんが口火を切った。片手を上げて溌剌とした雰囲気だ。幼い容姿と相まって、本当に中学生みたいに見える。


『まずは自己紹介をお願いしたい。あなたたちのこと、名前以外はほとんど知らないから』


 と、私。

 とはいえ、いきなり自己紹介しろと言われても戸惑うかもしれない。そこで私からこんな感じでお願いします、と断って口を開いた。


『ゼニス。人間、ユピテル共和国出身、20歳です』


『20歳』


『予想していたものの低年齢ですね』


『赤ちゃんじゃん!』


 年齢を言ったらざわつかれた。アンジュくん、いくら魔族目線でも赤ちゃんはひどくない?

 気を取り直して続ける。


『職業、魔法使い。趣味は魔法全般。特技も魔法全般。今日は皆さん魔族の魔法のお話を特に聞きたいと思っています。以上』


 人間の魔法は魔族と比べて相当幼稚らしいので、鼻で笑われたら嫌だなあと思っていたが。特に誰も表情を変えなかった。

 左隣のアンジュくんに目線を送る。彼はうなずいた。


『アンジュです。魔人族。歳はえーと、2314歳』


 またえらい年上だ……。私は前世のぷよんとした生き物を繋げて消すゲームを思い出した。サタン様10万25歳っていうやつ。

 2000歳超でも寿命1万年の魔族としては若い方になるのだろうか。


『職業はなんだろ。グレン様の家臣で治癒者かな? 趣味は魔獣の解体です。特技は治癒魔法』


 魔獣の解体。えぐいのが来たなあ。

 治癒者は医師と解釈していいんだろうか。いつも診察してくれたし。じゃあ解体というのも仕事の一環ぽい感じだ。解剖のお勉強的な。


『今回、死にかけたグレン様とゼニスちゃんもボクが治療したよ。人間に治癒魔法を上手に使えなくて、ちょっと悔しかったです。以上』


 いつの間にかちゃん付けされてしまった。赤ちゃん扱いが進んでる……。

 グレンの様子を伺ったが、特に変化はない。ほっとする。


『カイ。魔狼族。1926歳』


 アンジュくんに指差され、狼が口を開いた。名前はカイというのね。

 アンジュくんよりだいぶ若い? 人間としてはピンとこない差だけど。

 彼の見た目は20代半ばの青年に見える。黒髪赤目、がっしりした体つきをしている。無愛想だけど冷たいってわけでもなさそうだ。


『グレン様の家臣、護衛だ。趣味は狩り。特技は肉体変化魔法』


 変化? 狼形態になるってことかな?

 最初に鉢合わせした時、彼は黒くてかなりでっかい狼だった。まあ、詳しくは後で聞こう。

 カイは少しためらった後、私の方を向いて言った。


『貴女の仲間を傷つけてすまなかった。あの時の人間たちは、誰も死んでいないはずだ。死んでいたなら必ず死臭が残る。それはなかった』


 お……? 謝罪を受けるとは思ってなかったので、びっくりしてしまった。

 それから、改めてミリィたちの無事を実感して思わず涙がこぼれそうになった。良かった。本当に。

 ふとグレンを見ると眉が寄っている。危険信号だ。

 やばいやばい。私は慌ててシャンファさんを見る。


『シャンファです。夢魔むま族。2250歳になります』


 彼女は切れ長の目に眼鏡をかけた美人である。紺色の髪に赤い目。アラサーくらいの見た目だろうか。

 そういえば、全員目の色は赤系だ。魔族の特徴なのかも。

 というか夢魔族とはなんぞ。不穏な響きなんだけど……。


『他の2人と同じくグレン様の配下です。今は身の回りのお世話を主な仕事としております。趣味は読書と散歩。特技は性行為を介した魔力の円滑な交換と循環です』


 ちょっと待て。今、おかしな単語を聞いた気がする。聞かなかったことにしたい系のやつ。


『シャンファは昔、グレン様の教育係だったんだよねー! めっちゃ厳しかったよね』


 アンジュくんがけらけら笑いながら口を挟んだ。へえ、教育係やってたの。シャンファさんピシッとしてデキる女風だもんね。教師似合いそう。

 いやそこじゃない。ツッコミたいのはそこじゃないぞ。

 しかし、誰もその点を気にしていないので魔族的常識なのかもしれない。なにそれ怖い。さらっと言って流すことなの?

 私が内心動揺しまくっていると、シャンファさんはクスッと笑った。


『昔の話です。グレン様は既にご立派に成人されました。母君と同族というご縁で教育係を務めましたが、今ではいい思い出になっておりますよ』


 母君てのはグレンのお母さんだろう。同族……? じゃあグレンも夢魔族? サキュバス系の。

 私は思ってた以上に危ない橋を渡っていたのかもしれない。変な汗が出た。

 例の昏睡時キス回避でお礼を言おうと思っていたのに、口を挟む暇もなく話が流れていってしまう。


 最後にグレンが残った。


『私も自己紹介をした方がいいかな?』


『そうだね。お願い』


 そういえば彼のプロフィール的なものは聞いたことがなかった。シャンファさんの爆弾発言のお陰で聞くのが怖くなってるけど、耳を塞いだって事実は変わらないし。腹を決めるわ……。


『グレン。天雷族、207歳だ』


 おお? 夢魔族ではなかった。かなりほっとした。

 他の3人と比べると年齢の桁が違う。すごく若いのでは?

 それから天雷族というのも、他の魔族と響きが違う感じがする。3人の主だし、偉いひとだろうか。


『職業と言えるものはない。趣味はゼニスのお世話。特技も特になしかな』


 それ趣味なの? あとまさかのニートだった。なんなんだ。


『グレン様、職業は東の境界守護とシンロンの領主でしょ』


『特技は雷の魔法と言ってよろしいかと。貴方の術は魔王陛下と比べても遜色ありませんよ』


『主はもっと自信を持った方がいい』


 めちゃくちゃフォローされている。仲良いなあ。

 そしてやっぱり魔王いるのね。魔界だもんね。

 グレンは首を傾げている。


『領主か。責任上はそうだが、最低限の仕事しかしていないよ。境界で人間たちを始末したのも、ここ100年で2回だけだった』


『そんなことないでしょ! ちゃんと結界の維持もやってるし民の面倒も見てるもん』


『まったく、そのようにお考えだったとは。我ら家臣一同、不徳の極みですね』


『主よ。仮にも結婚を申し込む異性の前で、無職宣言は印象が悪いのではないか』


 おおお……。カイがすごく常識的なことを言った。常識的すぎてかえって浮いている。

 というか結婚宣言が知れ渡っている。どうせグレンが自分から言って回ったんだろう。頭が痛い。


『ゼニスちゃん! グレン様はすごいんだよ。きちんと真面目にお仕事こなしてるし、魔力も魔王陛下に並ぶくらいに高いし、超おすすめの優良物件だよ!』


『元教育係のわたくしも同意見です。若さゆえに未熟な点はまだありますが、この年齢でこれだけの教養と実力を身につけたのは称賛に値します』


『主は魔王陛下の御令孫だ。血筋だけでなく心根も清らかな方だ』


 怒涛の勢いでプレゼンされている……。

 おや、魔王の孫なんだ。それって立場的にはどういう呼び方になるんだろう。


 私は前世の英国王室を思い出した。かなり高齢の女王様が長らく在位していて、もうおじいちゃんの王太子がいた。孫どころかひ孫もいたね。

 あの国では、国王の孫もプリンスやプリンセスの称号が与えられるんだっけ?

 魔界がそれに準じるかは知らんけど、まあ王子様って言っていいのかな。ほほう。王子様ねぇ。

 いくら魔族的に優良物件だとしても、私には関係ない。

 と、表立って言えないので曖昧な微笑みで誤魔化しておこう。私の前世はジャパニーズ。


 そしてそんな御大層な身分なのに、ぽっと出の人間(私)にかまけていていいのだろうか。立場上、魔族のご令嬢と政略結婚したりしないのだろうか。ぜひそうして欲しいんだが。

 それから彼らは種族の違いを気にしなさすぎじゃない? 精神性や価値観は案外近いみたいだけど、寿命100倍以上違うのに。


 それより魔法の話をしたいんだけどなあ。前途多難だ……。

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