第132話 うむ分からん

【グレン視点】


 害虫駆除などつまらない仕事だと思っていたが、あまり手を抜きすぎると狼の二の轍を踏んでしまうかもしれない。

 きちんと丁寧に1匹ずつ殺すとしよう。まずは逃げないように動きを封じる。

 先程の意趣返しを含めて、雷にしておいた。

 だが、例の女が雷を相殺した。絶妙のタイミングで発動された石の魔力が、私の雷を絡め取って消える。

 私が放った雷は既に現象化していた。それをやはり現象化した魔力で打ち消すとは……。実に変わった発想をする。


 少しだけ楽しくなってきた。だが、職務を放り出すわけにもいかない。


あるじ、よ……。このような、雑務を、失敗したとあらば。貴方の名誉、に、傷がつきます……」


 狼が苦しそうに言った。まだ雷の影響が抜けきらないようだ。


「ああ、分かった。そう急かすな。外にも何匹かいるからな、逃げられたら面倒だろう? 1匹ずつ確実に仕留めた方が早く終るというもの」


 多少なりとも手を抜くべきではないのは、あの女だけだろう。まずはあれを仕留める。

 視線を合わせ、魔力を送り込む。やはり所詮は人間、脆弱な魔力回路は瞬時に屈して動きを止めた。女が倒れ込む。放っておけば1、2分程度で死ぬだろう。その間に他の人間を始末して回ることにする。

 さて、次はリーダー格らしい金髪の女にするか。幼稚すぎる風を使っていたな。ではせめて、私も風の刃で首の動脈を斬って殺してやろう。

 石の床をいくらか歩いて近づいた。靴音が鳴る。


 枯れ草の女の横を通り過ぎようとした時。

 突然、彼女が飛び起きた。術を破られるとは思っていなかったので、驚く。

 なぜ? どうやった?

 答えはすぐに分かった。女は魔力回路をありえない勢いで励起させている。力技で振り払ったのか、この私の拘束を。脆い人間の魔力回路でそんなことをすれば、間違いなく死ぬだろうに。

 女はほとんど暴発状態の魔力を右手に集中させ、その手を私に伸ばした。


 頭を狙っている――


 背中に冷たい汗が流れた。冷や汗など生まれて初めての経験だった。脳にあんな灼熱した魔力を受けたら、いくら私でもただでは済まない。

 体をひねる。狙いは逸れ、左肩に手指が食い込んだ。防ぐ間もなく皮膚が破れ、肉が引き裂かれ、引きずり出された魔力回路を通して燃えるような魔力がじかに注ぎ込まれた。


 熱い。今まで感じたどんなものよりも。魔力回路が焼き切れそうだ。なんだこれは。これがあの、吹けば飛ぶようなか弱い人間の魔力なのか?

 侵入した熱はすぐそばの心臓に向かって一気に流れ込んできた。まずい。防ぎきれない。

 初めてすぐ近くに感じた、死の気配。


 どうしてここまでの魔力が出せる。あのまま大人しくしていれば楽に死ねたものを。

 不可解さのあまり女の顔を見れば、彼女は笑っていた。

 過剰励起の反動で両目から血を涙のように滴らせながら、魔力の発現色をダイアモンドのように輝かせながら、それでも笑っていた。




『さあ。私と一緒に死のう……!』




 人間の言葉など理解できない。けれど直感で分かった。彼女は私を道連れにしようとしている。

 魔力を燃やして燃やして、命そのものまで炎にくべて。全身を苦痛に震わせながら、私だけを見て、囁いている。

 私の心臓に彼女の全てを注ぎ込んで、一緒に死のうと笑いかけてくる。







 これ以上ないほどに熱烈な、愛の告白だと思った。







++++







【ゼニス視点】


 ……というのが、グレンの話だった。

 もうね、私から聞いておいて何なんだけど、


 理 解 不 能 。


 ホントなんで?

 そりゃあ全身全霊で心臓を獲りに行きましたとも。

 でもそれは「アナタのハートを狙い撃ち★」とかじゃなくて、本気で殺そうとしたんだよ。それ以外にどうしようもなかったからねぇ! そこにあるのは混じり気なしの殺意100%だったての。


 それから仮にも好意を訴える相手の髪色に「枯れ草色」はないわ。麦わら色って言ってよ。お父さんは昔、「ゼニスの髪はお日様をいっぱい浴びた麦わらの色だね」と褒めてくれたというのに。

 それにラスだって、「大地の実りの色」と言ってくれたよ……。この落差はなんじゃ。


 あ、でも、話の中で気になることはいくつかあった。

 神聖語とか、現象の影とか、境界で転移とかだ。魔法や魔力についての新事実の匂いがぷんぷんする。この辺をなるべく詳しく聞き出さないと。

 魔力の発現色も気になる。魔力判定色が個人で違う色に光るあれかな? でもそれなら、私の色は白だと思うんだけど。ダイアモンドて。魔界のダイアは白いんだろうか。

 あとは寿命が長い短いとか。日光が苦手とかも。やっぱり別種族っぽい。


 現実逃避? 違うよ。

 理解できそうもないものをいつまでも悩むより、当初の目的(情報収集)に集中したほうがよっぽど建設的でしょう。決して魔法の新事実にわくわくなどしていない。これっぽっちもだ。


 私が微妙な顔をしていたら、グレンはうるうるした瞳で見つめてきた。乙女チックな雰囲気である。私より女子力高いんじゃない?


『私の想いは、分かってもらえただろうか』


 いやー、ぜんぜん分からん。むしろ何故分かると思った?

 分かったことと言えば、この話題が不毛だというくらいだ。もうこの話は終わらせて、気になった点を質問しよう。

 そう思ったのだが、グレンが続ける。


『もう少し続きがあるんだ。聞いて欲しい』


 そうして奴は話を再開した――

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