第129話 トンデモ続き
現状でやるべきことの優先順位をつける。
1.ここがどこであるか確認する。
2.私の体の状態を確かめる。
3.この場所の人員配置などを把握する。
4.ユピテルへの帰り道を探す。
こんなところか。
2の体の状態については、はっきりとは分からないが重体であるようだ。一ヶ月も昏睡状態だった上に、今もほとんど体を動かせない。特に右手の感覚が薄くて不安になる。
状態確認と同時に回復も必要。正直言うと既に眠気が強くて、意識を保っているのが大変だった。
が、とりあえず1だけは解決しておこう。
私は頭の中で魔法語辞典を引っ張り出し、質問をした。
『ここはどこ?』
私は誰? と言いたい衝動に駆られるが、今はそんなお約束で遊んでいる場合ではない。
銀髪野郎はベッドサイドにひざまずいたまま、穏やかな声音で言った。
『私の家』
違う、そうじゃない。もっと広義的な、地図でいうとどこらへんとかそういう話だ。
脳内ツッコミは一瞬で入るが、これを魔法語に翻訳するのが難儀である。
だいたい、呪文の語彙はあまり会話に適していないと思う。清らかなる水の精霊よ、とか日常会話で使う機会ある?
不幸中の幸いは、相手の言い分はけっこう理解できる点かな。
前後のつながりや似たような発音の言葉を総動員して理解してるから、多少の齟齬はあるかもだが。
これは今までの魔法語学習のやり方に由来してそうだなぁ。リーディングはばっちり勉強済み、ただしライティング、スピーキングは限定的。ヒアリングはさらに限定されて、他人の定型文(呪文)を聞くのみ。
うーん。このへんのバランス、もうちょっと見直すべきかも。魔法学院のカリキュラム、もう一度考えてみなきゃ。
……いやいやいや、そんなこと今考えてどうする。
どうにもふわふわと思考がまとまらなくて、ポケーッとどうでもいい考えに入ってしまう。
私がそのような思考の迷路に陥っていると、相手が続けた。
『あまり無茶をするものではないよ。魔力回路をあんなふうに使ったら、死んで当たり前だから。今回は運が良かったんだ』
あんなふうにとは、例の自爆もどきのことか。
で、魔力回路とな?
魔力回路は私の造語だと思ってたけど、本家の魔法語でもそう言うんだ?
私はちょっと嬉しくなった。まあ『回路』というばっちりな語彙は私は持ち合わせていないので、経路とか通り道とかそんな意味を都合よく解釈したわけだが。
『治療が間に合って良かったよ。あなたの右手は特にひどかったけど、時間をかければ良くなるから、安心して』
え? 右手無事なの?
視線を右手に移すと、包帯でぐるぐる巻きになっていた。ただ、うっすら黒いモヤが出ているように見える。それはいつぞや見た細い糸になって、彼の左胸に続いていた。心臓の位置に。
『私の心臓とつながったのが、結果的に良かったね。こちらから少しずつ魔力を送るから、受け入れて、あなたの魔力と馴染ませて欲しい』
つながる……? あと、魔力ってそんな使い方出来るのか。新発見だ。メモしたい。
『心配しないで。責任は取るよ』
奴はそう言って、片手で口元を押さえた。頬が赤い。……いや、赤面ポイントが分からん。
「赤面ポイントが分からん」って、魔法語でどう言えばいいんだ。
私がやっぱり黙っていると、奴は頬を赤らめたまま、キリッとした表情になって言い放った。
『体が良くなり次第、結婚しよう』
は???
い???????????
さて、何度か繰り返しているが、私は年季の入った喪女である。結婚歴どころか彼氏がいたためしもない。
つまり前世今生通して人生初プロポーズを受けたことになる。
びっくりした。
何が驚いたかって、ドン引き以外の感想が出ないとこ。
ドン引きのあまり目を見開いて、そのセリフを言い放った野郎を眺めた。
奴は初遭遇時の冷たい殺気はどこへやら、てれてれニコニコしている。
よく見れば『絶世の』をつけてもいいくらいの中性的な美形だったが、ぜんぜん心は動かなかった。ただただ、ひたすらにドン引きしていた。
イケメンなら許される、との言葉があるが、さすがに限度ってものがあったようだ。
しかし、何がどうなってそういうセリフになったのだろう。私たちは殺し合っていたはずだが???
なんかもう何もかもがアホらしくて、めっちゃ眠いしやってられない感じだったが、曖昧にしておくのもよくない。
『だが断る』
真顔できっぱり言ってみた。
『えっ?』
すると奴は目に見えてオロオロし始めた。
『どうして? 私のことが嫌いかい?』
あったりまえだろうが、頭腐ってんのか。と私は思った。
大事な友だちのミリィや他の皆を殺そうとしたクソ野郎を、誰が嫌いにならないで済むんだよ。
と、そこまで考えて超重要なことを思い出した。ミリィ! それに、兵士と従者さん!
意識が戻ってからこの方、トンデモな事態続きで頭から飛んでしまっていた。とても申し訳ない、申し訳ないじゃ済まないくらい申し訳ない!
彼女らの身の安全確認は何にも勝る最優先事項だった!!
『そんなことよりも、聞きたい。私の仲間はどうなった。魔法使いの女と、兵士の男女』
厳密に言えば女性の一人は従者だが、意味が通じればいいだろう。
喋り方が直訳調というか、呪文準拠の堅苦しい口調になってしまうのも仕方がない。
銀髪野郎はしゅんとして、いかにも落ち込んだようにため息をついてから答えた。
『そんなことよりって……はぁ。
あの時、私は誰にもとどめを刺せなかったよ。後から狼に境界の様子を見に行かせたら、誰もいなかったと言っていた。死体もなかったと』
それは何とも言えない……。あの時点で従者の一人と開拓村の若者、それに馬は無事だったから、ミリィたちの遺体を回収していった可能性もある。
もしもミリィたちが無事ではなかったら、私は絶対にこいつも狼も許さない。必ず仇を取ってやる。
殺気を込めて睨むと、奴は肩をすくめた。
『気になる?』
『もちろんだ』
『じゃあ狼に聞いてみよう』
えっ。ここにあのでかいの呼ぶの?
私はぎくっとして視線を巡らせた。今までろくに周囲の様子も確認できてなかったが、よく整えられた室内だった。家具や内装にどことなくアジアンテイストが感じられる。
私が寝ているのは大きな寝台で、銀髪野郎はベッド脇の床に膝をついている。もうちょっと距離を取って欲しい。
ちなみに彼は合わせのある着物みたいな黒衣を着ていた。袖口と襟に銀と赤で刺繍が施してある。着物というか中国の漢服か?
ここは部屋としては広いけれど、狼のあの巨体が入ってこられるものだろうか。
『狼』
『はい、ここに』
奴が呼ぶと間を開けずに返事があった。男性の声だ。
ベッドから離れた位置にある扉が開いて、黒髪の青年が入ってきた。年齢は20代半ばくらいに見える。大柄で筋肉質、精悍な印象だが、赤い目が不気味だった。灰色の袖が広い服に、陣羽織のような袖のない長衣を羽織っている。
ていうかこれ、狼? 確かに黒い毛並みに赤い目だったが。
銀髪野郎が狼(?)をちらりと見て言った。
『境界で出会った人間たち、死んだと思うか?』
おい、言い方。
『いいえ。死者の臭いはしませんでした』
『だ、そうだ。これでいい?』
銀髪がひらひら手を降ると、狼とやらは一礼して出ていった。扉のところに控えているんだろうか。
……正直、どこまで信じていいか判断がつかない。
ただ、目の前の男がミリィたちの生死に心底興味がないのは伝わった。狼とやらに様子を見に行かせたのに、彼の意見でミリィたちが生きていると聞いていなかった様子なのだ。誰もいなかった、死体はなかった、それだけで話を済ませている。
私をだまそうと嘘をついている……わけではないんだろう。それならもっとうまくやるはず。
ミリィたちが無事だと思い込みたいだけかもしれない。でも、生きている可能性が高いのであれば、良い方向を信じたい。
『さて、もう疲れただろう。今日は眠りなさい。あなたといっぱいお話ができて、嬉しかったよ』
そう言って本当に嬉しそうに笑う。
まだ確認したい件はあったけど、私も体力の限界が近かった。ミリィたちが無事のようだと分かって、緊張の糸が切れてしまった感じがする。
今まで気合で開いていたまぶたを降ろすと、ほとんど一瞬で泥のような眠りに落ちた。
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