第十一章 見知らぬ場所

第128話 目覚め


今回分から新章になります。

第十一章以降で中心人物になる銀髪くんは、ちょっと困った性格の持ち主です。(知能は高いが情緒が未熟、執着強めのヤンデレ気質、変態。しばらくするとだいぶマシになりますが、それまでは非常識でかなりやらかします)

好みが分かれると思いますので、「合わない」と思ったらそっ閉じをお願いいたします。また、エロ系の下ネタも多少増えます。

途中で作品の雰囲気を変えるのはあまり良くないだろうなぁと思いながらも、書きたいものを書く素人小説としてご容赦下されば助かります。

長々と言い訳をすみません。以後もよろしくお願いします。


**********





 辺りは真っ暗で、何もないし誰もいない。

 これが死後の世界ってやつだろうか?

 前世で一度死んだというのに、気がついたらゼニスになっていたものだから、死経験者の割にちっとも詳しくないのである。


 死後の世界だとすると、ミリィや兵士さんたちがいないのに安心する。

 でもあの銀髪の魔法語ネイティブスピーカー野郎がいないのが気になる。

 ふと思い出して右手を見てみると、なんか変なことになっていた。肘から先がもやもやと黒っぽい不定形物みたいになっていた。

 やっぱり右手は無くなっちゃったんだろうか。どうせなら切断面を観察して、魔力回路がどういう形になっているのか確認したかったのだが。まあ私はグロ耐性が低いので、この黒モヤは一種の心理的な配慮なのかもしれない。


 それでもとりあえず黒モヤの中身が見れないかと思い、角度を変えて覗き込んでいた。

 で、ふと気づいた。黒モヤ、糸みたいに細く伸びてどっかに繋がっている。基本黒なんだけど、ところどころちょっと白っぽく光ったりしている。

 お釈迦様の蜘蛛の糸ってか。虫全般は苦手だから助けた覚えはないんだけど?

 他にやることもないし、なんとなく黒モヤ糸を追ってみる。

 糸はしばらく水平に伸びた後、だんだん下の方へと角度を変えた。


 普通、この手のものって上に伸びない? 呪われてんの?


 そう思ったが、思ったところで何が変わるわけでもない。

 下の方は全く様子が分からない暗闇だ。どうしよう。


 しばらく悩んでいたものの、当然ただ時間が流れるばかり。

 ちょいと不安だが、ここは思い切って動くべきだろう。何、どうせ死んだのだ。これ以上悪いことにはなるまい。


 足からぽんと飛び込んだ。

 闇は案外粘着質でどろっとしていた。飛び込んだはいいが泳ごうとしても絡みついてきて、だんだん体が重くなる。

 息が苦しくなってきた。死んだのに苦しいって、そんなことある? ひどい話だよ。

 アップアップしながら闇に沈んでいき、酸素、酸素をくれと声にならない悲鳴を上げて――





・・・・・






 苦しい、と言いたくて口を開けたはずなのに、実際は僅かに息が漏れただけだった。

 全身がひどく重くて、動かない。目を開けて周囲を見ようとしたのに、まぶたを上げるのさえかなりの力を要してしまう。ごくごく薄目にしか開けられなかった。


「…………」


 細く開いたまぶたの間に、焦点の合わない視界が広がる。

 ぼやけた中に見える、見覚えのない天井。見覚えのない室内。どうやら私は、ベッドに寝かされているようだ。

 もう少しよく見なければ、と力を振り絞った所で、目のすぐ近くに何かが割り込んできた。白銀色に光る糸束(?)と、真紅の一対。


『******』


 何事か話しかけられたが、意味が取れない。

 でも何だか聞き覚えのある言葉ではある。何だっけ、それ。

 白い手が伸びてきて、私の頬を撫でた。ひんやりとした感触が心地よい。


 …………。

 なんか思考が繋がらないんだが、私、どうしたんだっけ?

 えーと確か、北部森林の奥の遺跡に行って、山ほどの魔法文字に興奮しながら調査して? それから?

 脳裏にいくつかの映像が、断片的に浮かぶ。


「――――!」


 霞がかかったような意識の中、不意に前後が明瞭になった。

 そうだ、私は、私たちはあの遺跡で死にかけて。どうにかしてあの銀髪野郎を始末してやろうと、無理心中を迫ったんだった。

 ……いや、そんな言い方は語弊があるが、とにかく相打ち覚悟で攻撃したんだ。

 銀髪に赤い目のあのクソ野郎、仕留められたのかどうなのか。


『薬湯の時間だよ。飲んでね』


 また声がして、今度は意味が分かった。魔法語だ。

 詠唱式呪文に比べるとずいぶんと砕けた言い方だが、文法は間違っていない。発音はやや違和感があるか……?


 頭の下に手が差し入れられて、角度をつけた。ガラスのティーポットみたいな容器が近づいてきて、先端をそっと口に入れられた。

 ゆっくりと液体が口の中に入ってくる。味は薬っぽいが、ほんのり甘くてほどよく温かく、パサパサに乾いていた口の中が潤っていく。

 こくん、と喉を上下させて飲み込めば、じんわりと胃の腑に染みるのを感じた。


『ちゃんと飲めたね。えらいね』


 何口か飲んだ後、また枕に頭を落とされた。

 ていうか、この状況はなんぞ。

 薬湯とやらのおかげで思考はいくらか戻ったし、喉のかすれもマシになった。ぼやけてばかりの視野もクリアに……


 そして私は気づいた。

 さっきから目の前をちらちらしている、白銀と真紅。

 これは。

 こいつは。

 あの時の銀髪野郎じゃないか!!


「な……どう、なってるの! ここ、どこ!」


 声がうまく出ない。でも何とか言葉を口にして視線を向けると、奴は目を丸くした。

 手にしていた吸い飲み――薄い虹色の液体で満たされている。さっき私に飲ませていたやつだ――をサイドテーブルに置くと、ベッドサイドに膝をついて私を覗き込んできた。


『意識が戻ったんだね。良かった』


 なんかそんなことを言う。何せ魔法語なので、こちとら意識して脳内翻訳をしないと意味が取れない。ユピテル語喋って欲しい。


『言葉は分かる?』


『……分かる』


 私は頭を切り替えて、魔法語で答えた。

 言葉は分かっても状況が分からんがな!

 マジでなんなのよこの状況。

 私は寝たきりでろくに体が動かず、吸い飲みでお薬飲ませてもらって、介護か? 24時間完全介護で手厚くお世話ってか?

 事態が明らかになるにつれ、私の心に得も言われぬ衝動がこみ上げる。


 そんな私の髪を撫でながら(やめろ)、銀髪野郎が言った。


『境界の向こう側で、あなたも私も瀕死の重傷を負った。狼が私たちをここまで連れてきて、治療を受けたんだよ』


『きょうかい?』


『私たちが初めて出会った、あの黒い建物』


 狼は、あの時のでかい黒狼だろう。

 つまり私は仕留め損なって、その上、死に損なったのか。……情けなさでムカムカしてきた。


『あなたは丸一ヶ月も眠ったままだった。怪我は重いけど、必ず良くなるから安心して』


 1ヶ月!? そんなに長い間、昏睡状態だったの?

 よく生きてるなあ、私。

 いやしかし待てよ、それなら一ヶ月も私はこいつの介護を受けていたのか? 毎日お薬飲みましょうねーって?


 な、なんだそれは……。

 体が動いたら、私は憤怒と羞恥のあまり切腹したと思う。それとも相手を殺して自分も死ぬか。……それ、この前と同じじゃん。


 既に頭は大混乱だったが、私は必死に落ち着こうとした。

 どういうわけか知らないけれど、私もこいつも生きている。つまり私は敵地に運び込まれたわけだ。

 他に方法がなかったから捨て身をしただけで、私だって別に死にたかったわけじゃない。

 せっかく命が助かったのであれば、生き延びてユピテルに帰りたい。皆の元に帰って、いつも通りの生活に戻りたい。


 であれば、今するべきは何か。

 出来るだけ冷静に状況を確認して、ここを脱出しなければ。

 怒りと羞恥心で死にそうになっている場合ではない。

 あれだ、介護っていうか看護だ。お医者さんや看護師さん相手なら恥ずかしいも何もないという例のアレだ。だから気にしてはいけない。目の前の銀髪野郎は医師でも看護師でもなさそうだが、いや、とにかく気にしない!!!


 私は目を閉じて現実逃避――じゃなかった、雑念を追い出し、改めて考える。

 まずは、やるべきことの優先順位をつけるのだ。

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