第123話 森の中

 何事もなく日程は進んでいる。

 2日目、3日目になると皆の足取りも慣れたもの。最初は木の根に足を取られたり苔で滑ったりしていたが、そんなヘマもしなくなった。


 狼も熊も出なかったけれど、他の動物は出た。なんとブドウリスである。

 10年以上前に実家のぶどう畑を荒らした害獣リス野郎が、サササーッと素早く私の前を横切ったのだ。いきなり茂みから飛び出してきて、すごい勢いで走って木に登って行ったので、めちゃくちゃびっくりした。びっくりしすぎて「ひぇぁ!?」と叫んでしまった。


 でかいリスは木の枝の上から私たちを睨みつけていた。

 7歳当時は為す術もなくボコボコにされたが、今なら勝てる。落雷でも爆発でも真空でも何でも叩き込んでやれる……!!

 据わった目になった私を、ミリィがなだめてくる。


「ちょっとゼニス! 変な殺気出さないで。馬が怯えてるから」


「私、リスには恨みがあって。いつかこの借りを返してやろうと、ずっと思ってた。ここで会ったが百年目だよ」


「実家の畑がリスに荒らされたんだっけ? でもそれ、かなり前の話でしょう。やめなさいよ、大人げない」


 そうだけどさぁ! あの凶暴な目つき、むかつくじゃん。私は動物好きだが、リスとは友だちになれないね。

 私とリスが激しい視線の戦いを繰り広げていると、開拓村の若者がおろおろと言った。


「ゼニス様、許してやって欲しいっす。リスは畑に出ると害獣だけど、森にいればイイヤツで。あちこちに木の実を埋めて、保存食にしてるんで、他の動物が冬の飢えをしのぐ食べ物になってるんすよ」


 それ、単に自分で埋めたのを忘れてるだけなんじゃない? でも結果として役に立ってんのか。くそ。リスのくせに生意気な。


「命拾いしたね、リスめ」


 吐き捨てるように言って目をそらしたら、リス野郎はさっさと森の奥に姿を消した。


「お待たせ。行こうか」


 気持ちを切り替えて皆の方を向くと、なんていうか、微妙な空気が漂っていた。


「氷雷の魔女様のイメージが崩れたわ……」


「竜殺しの大魔法使いは、思慮深くて高潔な人格だと聞いてたのに」


 はい?

 いやあの、分不相応な高評価も困るけど、勝手に幻滅されるのもどうなんだ……?

 ていうか『思慮深くて高潔』ってどっから出た? 『小心者ですぐテンパる』なら分かるけど。


「ゼニスは変わらないわねぇ」


 ミリィは屈託なく笑っている。なんか納得行かないけど、何なんだよ。

 しかしどういうわけかその後は和やかな雰囲気になって、皆の口数も増えた。

 後でこっそりミリィが、


「かの有名な氷雷の魔女様の護衛だからと、みんな緊張してたのよ」


 と教えてくれた。

 えー? まさか私が他人を緊張させていたとは。誤解にもほどがある。まぁ、解決して良かったよ。







 旅を進めるごとに皆仲良くなって、休憩時や野営の時のおしゃべりも増えた。

 開拓村の若者など、兵士たちとすっかり意気投合している。


「俺も来年17になったら、軍に入るっす!」


 なんて言ってた。

 ミリィと従者、私の女子3人組も、野営の天幕の中でよく喋るようになった。

 女3人寄れば姦しいと言う。お約束の恋バナが繰り広げられた。

 ミリィは既婚者だが、相変わらず夫のガイウスとラブラブ。北を守る第三軍団でも有名な夫婦であるらしい。

 真面目で実直なガイウスと明るい美人さんのミリィの組み合わせで、2人とも人望がある。いわゆるカプ推しファンが多いみたいだ。(ちなみに「カプ」とはオタク用語で、カップルのことである。もちろん私の脳内翻訳です)


「でね、私ももう21歳だから、そろそろ子供が欲しくて。妊娠したら軍の仕事は続けられないから、迷うとこなんだけどね」


 と、ミリィ。私は聞いてみた。


「子育てが一段落したら、復帰するとかは出来ないの?」


「難しいでしょうね。子供が1人きりなら何とかなるかもだけど、どうせなら兄弟たくさん欲しいじゃない」


 もし妊娠出産で軍を除隊になれば、その後は一般人としてガイウスの任務地についていくという。

 ある程度の規模の軍が駐留する場所の近くには、補給のための街が併設されている。そこに住むそうだ。


「で、ゼニスはどうなの?」


 ミリィがニヤニヤともニコニコとも言えない笑顔で言う。


「何が?」


「恋愛とか、結婚とかよ! お見合いの申込みがいっぱい来てたでしょう」


「あー。忙しかったし、気乗りしないしでほとんど全部スルーしちゃってた」


 立場上、無視はまずい相手とは一応会っていたが、なんてーか……お察しである。

 浮かない顔をした私を見て、ミリィが言った。


「ゼニスの大魔法使いとしての立場だけ求められて、恋には発展しなかった?」


「それは大いにあるね」


「政略結婚とか、貴族は大変ですね」


 と、従者さん。彼女は既婚者ではないが、やはり同じ軍団内に懇意にしている兵士がいるそうな。


「じゃあ、ラス王子は?」


 ミリィにいきなり爆弾を投げ込まれて、私はせた。


「げほげほっ、な、なんでそこでラス!?」


「あら? その反応、もしかして進展あった?」


「ないない! なんにーもない!」


 焦るあまりおかしな否定をしてしまう。


「あやしい~。吐いちゃいなさいよ」


「ないもん! ないんだから!!」


 必死で否定していたら、なんか涙が滲みそうになった。きっとさっき咽せたせいだ。

 私があんまり必死なので、ミリィは追求を諦めてくれた。

 その後は話題がそれて、第三軍団の恋模様の話になった。某百人隊長は娼婦に入れあげてるけどお金をむしられているだけだとか、新しく着任した貴族の子弟がミリィに色目を使って、全方位から顰蹙ひんしゅくを買ったとか。何でもミリィにはファンクラブがついているらしい。

 そんな話で3人で笑って、その夜は更けていった。







 夜半、ふと目が覚める。見上げた視界には、天幕の天井が映っている。

 両脇にはミリィと従者さん。2人ともすやすやと穏やかな寝息を立てていた。


 さっき、ラスのことを言われてものすごく焦ってしまった。

 思うんだけど、私は恋愛不適格者なんじゃないだろうか。

 前世と今生を合わせて、32歳プラス20歳。もう52年も彼氏いない歴を重ねている。半世紀以上である。


 というか、彼氏を欲しいと思ったことがほぼないのだ。例外は……まあいいや。

 こうやって友だちの話を聞くのは好きだし、いいなーとも思うが、じゃあ私もとはならない。

 前世では恋愛小説も乙女ゲームもそれなりに好きだった。でもそれだけだ。


 あんなに真剣に想いを告げてくれたラスに対しても、保身に走るばかりで応えようとは思わなかった。

 やはり私は心にどこか欠陥があって、人を好きになるのは無理なのでは。

 そう考えると悲しいけれど、腑に落ちる気もする。


 私は得意なもの、興味のあることはとことん追求しないと気が済まないが、それ以外はぶん投げがちである。部屋のお掃除とか、ティトがいなければ汚部屋一歩手前になりそうだ。シリウスのこと言えないね。

 恋だの愛だのも私にとっては「興味なし」のカテゴリで、ずっと放り投げていた。


 ああやっぱり、ラスに色良い返事は出来そうにない。こんな私でごめん、としか。

 彼も今は憧れに目が曇っていそうだから、早めに現実に気づいてくれるといいんだけど。


 そんなことを考えているうちに、いつしかうとうとと眠っていた。


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