第122話 北へ


 北部森林地帯は、北西山脈の麓に広がる広大な森林全体を指す。

 今回の目的地は森林地帯の中でも北寄り。山脈から見れば北東に位置する場所だ。

 そのため北西山脈までは、いつもと同じ街道を通って行く。通常の速度で進めば、日が暮れる前後に次の宿場町にたどり着くので、楽な行程である。


 首都内の馬車禁止区画を過ぎて、軍で用意した馬車と合流した。よく見るタイプのシンプルな荷馬車である。

 軍の護衛はミリィと部下の兵士が4人。兵士たちの補助をする従者が2人。私を入れて総勢8人だ。兵士は全員が男性、従者は男女1名ずつだった。


「ゼニス、あなたは馬車に乗っていいわよ。どうする?」


「歩くよ。毎年の出張でも歩いてるから」


 リウィアさんに剣を習い始めて以来、体力はそこそこ自信がある。普通の速度ならば歩いたって平気だ。

 護身用のショートソードも持ってきた。街道で必要になるとも思えないので、馬車に乗せてある。

 というわけで、馬車を加えた一行は街道を歩き始めた。







 街道を進むと、時折道の脇に石造りの建物が見える。小さいものは一抱え程度、大きなものは家ほどもある。多くは円筒形やドーム型だ。

 これらはお墓。ユピテル人は墓地という概念があまりなくて、こうやって街道沿いに建てたりする。

 そして、道行く人によく見える場所に墓碑を掲げている。

 故人の功績を称えるもの、故人への愛を記したものが多いけれど、時々ヘンテコなのもある。


『私、ルキウス・カシウス・ヘルモナスはお風呂が大好き。あの世でも毎日お風呂に入ります』


『やあやあ、そこ行く旅人よ。ちょっと一休みしていかんかね? なに、心配するな。取って食いはしないよ。墓暮らしは暇だから、旅の話を聞かせておくれ』


『そんなに急いでも仕方ないよ。死ねばみんな土の下さ、私みたいにね』


 こんなのが並んでいるものだから、ついクスッと笑ってしまう。

 ユピテル人の死生観はシンプルだ。天国や地獄の概念はなく、死者はあの世とお墓を行き来しながら、生前と似たような感じで過ごしていると考えている。子孫が先祖を供養すると満たされて、反対に粗末に扱うと困ってしまう。

 墓地ではなく街道沿いにお墓が多いのも、生きている人の生活と死者を切り離さずに、連続性を持たせるためかもしれない。

 なお死んだ時代が古くなって、誰も故人を覚えていないくらいになると、生前の人格を無くしたなんかふわっとした霊魂みたいな扱いになる。


 特に功績を残した人は死後神格化されて、神殿に祀られたりもする。


 埋葬は重要視されており、基本的に土葬だ。自分でお墓を用意できない平民でも、お墓組合みたいのがあって掛け金を払えば合葬してもらえる。

 火葬はどうしてもお墓が用意できないほど貧しい人か、犯罪者への罰にもなる。「お前の遺体は焼いてやったぜ、これで死後の安息はないと思え!」的な扱いだ。


 生まれ変わりとか転生とかの概念はない。だからなおさら、私の事情を打ち明けにくいんだよね……。







 街道の旅は順調に進んだ。

 5日ほどで北西山脈の麓に着く。


 例の遺跡第一発見者の開拓民は、彼が住んでいる開拓村で待機しているとのこと。私たちと合流後、遺跡の場所まで案内をしてもらう手筈だ。

 麓の街から開拓村までは3日程度の距離だった。1つ2つ別の開拓村を通り過ぎ、途中で森の中に入る。それからしばらく歩くと目的の村が見えた。

 森の入口あたりでは開墾が積極的に行われていたのだが、奥にあるこの村はこじんまりしている。

 何でも、いい土地は先の入植者に取られてしまったので、森に入って伐採や狩猟で生計を立てているのだとか。


 発見者は年若い男性だった。年齢を聞くと16歳という。


「狩りの獲物を追って、つい深入りしちまったんです。迷ったと気づいて、しまったって感じでした。後で親父にこっぴどく叱られたっす」


 と言って、しょんぼりしていた。よほどこってり絞られたのだろう。


「遺跡までの道は確かね?」


 ミリィが聞くと、


「はい! 帰り道はしるしを付けながら帰ったから、ばっちりっすよ」


 ということである。

 開拓村に一泊して、翌朝に森の奥へ出発となった。







 翌日、朝起きていよいよ森に入る。

 獣道に毛が生えたような細い道なので、馬車は通られない。馬車の荷台は村に置いて馬の背に荷物を積み直し、従者たちが引いて進むことになった。


 森の中は蚊やその他の害虫が多い。刺されないように皆で長袖の服を着て、頭や首筋に布を巻いた。

 他にもミントのような香りのハーブ水をつける。虫よけになるそうな。


「森の奥に行くと、おかしな毒虫が出るという言い伝えがあります。行商に来たフリージアンの話ですので、眉唾ですが、どうか気をつけて」


 開拓村の村長がそう言って、見送りしてくれた。

 フリージアンはこの森を抜けたさらに北に住む民族だ。ユピテル本土とはあまり交流がないが、ここらだと行商が来るんだね。


 森に分け入る。森林特有の、湿った土と濃い緑の匂いが鼻腔に満ちた。

 ユピテルよりもずいぶん北にある森のため、初夏でもさほど暑くなかった。むしろ夜は思いの外冷える日もあり、体温を奪われないように注意する必要があるとのこと。

 植生は広葉樹と針葉樹が入り混じっていて、背の高い木が多い。シダのような下草がよく茂って、巨木の枝には苔のような地衣類が垂れ下がっていた。


 発見者の若者を先頭に、私たちは細い道を歩いて行く。

 森の中は案外にぎやかな音で満ちていて、遠くの梢で鳥が鳴く声、茂みが風や動物の動きでガサガサ揺れる音などが響いている。

 ふと目を上げて遠くに視線を移せば、木々の向こうに鹿の群れが見える。

 カカカッとリズミカルな高い音が聞こえたので、若者に聞いてみると「キツツキっすよ。くちばしで木に穴を開けてます」とのことだった。


 この森には狼や熊も出るようだ。

 今回は総勢9人と大人数な上、武装している。めったなことがなければ、獣たちは襲ってこないだろうとの話だった。

 とはいえ昔、北西山脈に行った時は、その「めったなこと」があって狼に襲われたんだよねえ。油断禁物である。


 森は獣道のような小道で足場が悪く、張り出した木の根に足を取られたり、大きな倒木を回り込んだりしながら進むため、思ったように距離を稼げない。こうなると整備された街道のありがたみがよく分かる。

 開拓村の若者と従者たちは、時折道端に落ちている枯れ枝を拾ったり、草を摘んだりしながら歩いていた。


「それは何をしてるの?」


 私が聞くと、答えはこうだった。


「枝は薪代わりっす」


「草は食べられるものを見つけたら、確保してます。食料は多いにこしたことないですから」


 なるほど。馬に荷物を積んでいるけど、現地調達も積極的にやる方針か。

 そういえば北西山脈に旅をした時、採集隊の人たちも鳥を狩ったりキノコを採ってきたりしてたなぁ。

 馬に積んだ食料はほとんどが小麦で、あとは干し肉とドライフルーツが少しだけ。山菜があれば栄養的にも良さそうである。







 小休憩とお昼休憩を挟んだ後、日が暮れてきたので今日の行程は終了となった。

 大木の根元にスペースを取り、今日の野営地にする。


 ミリィと私が魔法使いだから、水の心配はない。

 兵士と従卒が火台に薪と鍋をセットしてくれたので、ミリィが小火の魔法で着火した。私は鍋に水を注ぐ。


『清らかなる水の精霊よ、その恵みを我が手に注ぎ給え』


 この水を出す魔法は、今まで一番多く使ってる気がする。便利である。

 馬用の飲み水も頼まれたので、詠唱式呪文を調整して大量にざばーっと出す。荷を降ろして地面の杭につながれた栗毛の馬は、おいしそうに桶からごくごくと飲んだ。かわいい。後でブラシかけしてやりたいな。


 開拓村の若者が、感心したように言った。


「魔法使いはすごいっすね。水の持ち運びは、いつも苦労してたのに。俺、魔法を見たの初めてっす」


「水、重いものね」


 本来であれば9人分と馬の飲用水はかなりの量だ。川などの水場の確保が必須になるだろう。魔法万歳である。

 やがてお湯が沸いて、山菜と干し肉の麦粥が出来上がった。干し肉は節約してちょっとだけだったけど、塩味プラスになって悪くない味だ。何より出来たてで温かいのがいい。


「今日くらいのペースなら、あと4日で遺跡まで行けるっす」


 と、若者が言う。私は麦粥を飲み込んでからうなずいた。


「けっこう遠いね」


「普段は誰も近づかない、奥地っすから」


 などという話をしながら、今後の道程も確認した。基本的に北上する形で進む。

 その後は兵士たちが夜番を決めた。ミリィも交代で見張りに立つという。


「私はどうしたらいい?」


「ゼニスは護衛してもらう立場の人よ。どんと構えているだけでいいわ」


 なんか悪いなぁ。

 でも案内の若者くんは地元民で慣れた場所、他の人は皆軍人と軍属でプロ。となると、下手に出しゃばって足を引っ張っても仕方ないか。

 2つ張った天幕に男女別に入り、休むことにした。


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