第120話 新たな報せ

 ――新たな魔法遺跡、北の森林地帯で発見される!


 その一報を聞いた時、私は自分の研究室で次の講義の準備をしていた。

 駆け込んできた事務員さんが大きな声で「ゼニスさん!」と叫んで、大ニュースを教えてくれた。

 私は驚きと興奮で飛び上がり、教科書とペン類を思い切り机の上にぶちまけて、さらに床に転がったペンを踏んで転びそうになった。


 すぐにシリウスもやって来て、一緒に詳細を聞く。

 事務員さんが持ってきた国軍からの書簡に、事のあらましが書いてあった。


 曰く。


『北方の大森林地帯の開拓民が森で迷った際に偶然、遺跡を発見した。

 遺跡は民家ほどの大きさで黒い建物であり、内部にびっしりと不思議な文字(魔法文字と思われる)が書いてあった。

 発見者の開拓民は、怖くなってすぐにその場を立ち去った。

 森で迷った結果の発見だが、開拓民は道筋を覚えているという。彼の開拓村から徒歩で4~5日程度の森の奥である。


 国軍では開拓民を保護して、以上の情報を聞き出した。

 ただちに調査に向かいたいところだが、あいにく軍には魔法文字や遺跡に詳しい魔法使いが在籍していない。

 よって、魔法学院の研究者に助力を求める。

 軍からは護衛の人員を配備する。発見者の開拓民を道案内として、早急に調査に赴いて欲しい』


 署名は第三軍団軍団長となっていた。北方の森林地帯に駐屯している部隊だ。


「すごい……本当に魔法文字の遺跡が見つかったんだ」


 私が呟くと、シリウスは難しい顔で腕を組んだ。


「分からんぞ。発見者はただの開拓民だろう。ノルドやフリージアンの文字を勘違いしただけじゃないのか?」


 ノルドは北西山脈の向こうに住む民族。シリウスもノルドの血を引く人である。

 フリージアンはユピテルの北に住む民族で、原始的な文化の元に暮らしている。北部大森林を北に抜けて大河を渡ったさらに先が、彼らの居住地だ。農耕はほとんどせず狩猟採集と遊牧で生活を成り立たせていて、非常に好戦的な民族として知られていた。

 ひとたび戦さになると、男たちは衣服を脱ぎ捨てて半裸になり、体中に戦化粧を施して狂ったように戦うとか。リアルバーサーカーである。


 いや、そんな話は今はどうでもいい。それより魔法遺跡だ。


「軍が聞き取りした上で、この書簡を寄越したんでしょ。ある程度の目算、ついてるんじゃない?」


 私が言うと、開きっぱなしのドアから聞き覚えのある声がした。


「その通り。ゼニス、ご名答よ」


「ミリィ!」







「ゼニス、シリウス、久しぶり!」


 戸口から顔を覗かせたのは、魔法学院の卒業生で古い友だちのミリィだった。ノルドの血を引く彼女は、きれいな金髪をポニーテールにして揺らしている。首都にいた頃より少し日に焼けたけど、美人度はむしろ上がっていた。

 私より一つ年上の彼女は成人と同時に軍に入隊して、夫と一緒に北の国境線に駐屯していたはずだ。

 私は立ち上がってミリィと軽くハグをする。


「ミリィ、どうしてここに? 長期休暇の時期じゃないよね?」


「その書簡にある『護衛』が私と私の小隊なの。たぶんゼニスが来るだろうから、友人で同性の私が適任だろうと送り出されたのよ」


 なるほど。そういえばミリィの所属は第三軍団だったか。


「お前が開拓民に話を聞いたのか?」


 と、シリウス。相変わらず再会の挨拶もへったくれもない奴である。

 ミリィは慣れたもので、気にした様子もなく答えた。


「そうよ。私はこれでも、第三軍団で屈指の魔法使いなの。氷雷の魔女の友人にして教え子ってね。

 で、その開拓民の彼だけどね。ユピテル語の読み書きはちゃんと出来るから、例の文字がユピテル語ではないのは確定。

 ノルドやフリージアンの文字と一緒に魔法文字のサンプルを見せたら、迷わず魔法文字に似ていると言っていたわ」


「おおー!」


「もっと詳しい話を聞かせろ」


 2人でミリィににじり寄ったら、彼女はけらけらと明るく笑った。


「2人とも、相変わらずね! ここで話すのもいいけど、調査に行くのはゼニスとシリウスで決まりかしら?

 それなら準備が出来次第出発しましょう。話は道中でしっかり教えるわ」


「もちろん決まりだ。僕が行かないはずがない。魔法文字の最高権威だぞ」


 シリウスはそう言うが、彼の一存だけで決めるわけにもいかない。


「学院長とオクタヴィー師匠に許可を取らないと。反対はされないと思うけど、留守の間の講義の振り分けとか多少の雑務があるから」


「そうよね。じゃあ、正式な返事は明日にでも?」


 ミリィの言葉に私は首を横に振った。明日だなんてもどかしい、さっさと片付けて出発モードに入りたい。


「ちょっと待ってね。今、超特急で片付けて返事するから!」


「僕は別に雑務なんかない」


「それでも許可は取らなきゃでしょ!」


 無駄に偉そうにしているシリウスを引っ張って、学院長室に飛び込んだ。

 学院長はシリウスの伯父さんが未だ現役である。元から老け顔の人なので、あまり年取った感じはしない。

 ぽかんとしている学院長に、マシンガントークで事情を説明。

 煙に巻いて、じゃなかった、きちんと出張の許可をゲットした。


 返す刀で部下の講師の部屋に走って、本日の講義の代打を依頼。急でごめんね!

 ほとんど強引に了承を取り付けて、自分の部屋に戻ってきた。


 ティトとお茶を飲んでいるミリィを尻目に、猛然と出張の書類を作る。講義の振り分けやその他、私が不在の間の対応を書いたものだ。

 ズババババと擬音が出そうな勢いで完成させて、今度はオクタヴィー師匠の部屋に行くことに。

 そこでふと気づいた。


「あれ? シリウスは?」


「さあ? お嬢様が部屋に戻ってきた時は、既に一人でしたよ?」


 と、ティト。

 私が猪突猛進の勢いで走り回っている間に、どこかに置き去りにしてしまったらしい。まあいいや、学院長と話した時にいたのは確かだし、後は私だけでいいだろう。


 自室を飛び出してオクタヴィー師匠の部屋へ。

 手元の資料を押し付け、じゃなかった、渡して、師匠にも早口で説明したら、わざとらしいくらいゆったりしたため息を返された。


「仕方ないわね。そういう目つきになったゼニスを止められる人は、誰もいないもの。

 期間は滞在含めて、往復で一ヶ月半程度ね? 気をつけていってらっしゃい」


「ありがとうございます! 師匠、大好き!」


 興奮のあまりいらぬことを口走ったら、師匠はドン引きしていた。しかし構っておられん。

 その後も事務手続きを怒涛の勢いで済ませて、一通りの準備を完了させた。


「よっしゃあ! これで終わりだよ!」


「早いわねー。私としては正式の返事が明日、出発は3~4日後だと思ってたのに」


 来客用のテーブルに肘をついて、ミリィが言う。そんな格好をしているとまるで昔に戻ったようだ。

 でも、彼女が着ている軍の略装が今が今であると教えていた。


「待ち遠しくて、時間が惜しいからね。ところでミリィ、今日の夜は予定空いてる? 一緒にご飯食べない?」


「そうしたいのは山々なんだけど、今日も勤務日だから。夜は宿舎に戻らないといけないの」


 ミリィは残念そうだ。私はうなずいた。


「そっか、休暇じゃないもんね。じゃあ、ご両親にも会っていかない?」


「うん。今回は時間的に無理ね。手紙だけ出しておく」


 彼女の両親は首都から少し離れた場所の、エール醸造所に住んでいる。訪れる時間はないだろう。


「それでゼニス、出発はいつにするの?」


「明日でもオッケー。シリウスはどうだろ」


「兄さんも明日でいいとのことです」


 ちょうどいいタイミングでひょっこり顔を出したカペラが、そう伝えてきた。兄と違い、きちんとミリィに挨拶している。


「了解よ。じゃあ明日の朝に魔法学院まで迎えに来るから、用意を済ませて待っていて」


「分かった!」


 私は毎年、年に2回ほど北西山脈の麓に出張している。旅の準備はもう慣れたものだ。

 必要なものは手元に揃っているし、もし足りなければ途中で買い足せばいい。


「また明日、よろしくね!」


 今日は準備をしっかり済ませて、きちんと体を休めておこうっと!


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