第113話 入学の祝辞
いよいよ、新入学生たちを迎える季節になった。
ユピテルでは学校というものがあまり重視されていないため、「入学の季節」という概念も薄い。
街の
けれど魔法学院は、これから規模を拡大する予定。せっかくなので正規の入学時期を決めた。
季節は秋。夏の暑さが過ぎて過ごしやすい時候である。
未来の魔法使いとして一体感と仲間意識を持って欲しかったから、入学式もやった。
学院の中庭に新入生を集める。
年齢はバラバラだ。一番小さい子は10代前半、年かさの人は20代くらい。中には30代、40代も混じっている。
入学に際して、特に年齢制限は設けなかった。とはいえこれから学んで魔法使いになるには、時間がかかる。若者の方が向いているだろう。
男性が多いが女性もちらほら見えた。皆、不安と期待が入り混じったような顔をしている。
学院長とオクタヴィー師匠が祝辞と挨拶を述べた。
最後に私も演壇に立つ。
「皆さん、こんにちは。ゼニス・エル・フェリクスです」
名乗ると場がざわめいた。
「氷雷の魔女様だ」
「竜殺しの大魔法使い!」
「本当に若い女性だったんだ」
「俺、大神殿で竜退治の絵と石像を見たよ。かっこよかった!」
ざわざわとした声とともに、憧れに満ちたたくさんの視線が思いっきり突き刺さる。
ぐふっ。しばらくこういう目に遭ってなかったから、油断してた……。
内心のダメージを表に出さないよう頑張りながら、私は続ける。
「魔法学院へようこそ。皆さんを心から歓迎します。
この魔法学院は、ノルド・ブリタニカの大魔法使い、『フェイリム・アルヴァルディ』により設立されました。およそ70年前のことです。
以来、数少ない魔法使い養成学校として、また魔法と魔力の研究機関として、ユピテルの魔法分野に大きな貢献を果たしてきました。
――魔法はつい最近まで、目立った実績のない技術でした。
国軍での採用は以前から行われていたものの、それ以外の就職先も乏しく、正直に言えば大して役に立たないと思われてきました。
けれど皆さんはもう、魔法の可能性を知っていますね。
屋台や店先で提供されるかき氷や、よく冷えた飲み物は、今や夏の風物詩です。
また、フェリクス家門の冷蔵運輸事業は、ユピテルの物流を大きく変えました。10年前はとても手に入らなかった品々が、今では首都の市場で積まれています。
それから……先ほども声が上がっていましたが、竜討伐を成功させた実績もあります。
すべてが魔法の功績ではありません。
けれど成功の中核に魔法の技術があるのは確かです。
皆さんは魔法学院の学生となりました。この大きな可能性を秘める魔法の、学びの入り口に立ったのです」
口に出して言うと、魔法の実績はほとんど私がやってきたことなので、自慢みたいになっている。
羞恥心が爆発して頭のてっぺんから飛び出していきそうなんだが、今ここで奇行に走るわけにはいかぬ。我慢じゃ。
「皆さんは魔法を学んで、どのような魔法使いになりたいでしょうか。
氷を自在に操る、冷蔵のプロフェッショナル?
それとも国軍の活動をサポートする、多種多様な魔法を使いこなすタイプ?
または、魔法と魔力の本質に迫る研究者も良いですね」
ここで少し言葉を切る。他の人に分からないよう、そっと拳を握った。
「もしくは……巨大な竜さえも殺す、強大な力を振るう者でしょうか」
私の言葉に、新入生たちが目を輝かせて聞き入っている。特に『竜』の単語が出ると反応がいい。
少年少女はもちろん、大人の年齢の人だってそうだった。
「――ユピテルの歴史は、その多くが戦争と隣合わせの時代でした」
急に変わった話題に、聞き手たちは不思議そうな表情になった。
「小さな都市国家から始まったこの国は、いつだって人々が力を合わせて困難を乗り越えてきた。
だんだんと規模が大きくなって、要所を結ぶ街道が整備され、軍団兵とその他の人々が国中を行き交うようになりました。
南のソルティアに勝ち、東のグリアを征服して、ユピテルは比類ない大国になりました。
今の我が国の豊かさは、先祖たちが流した血を礎として築かれています。
それを踏まえた上で言います。――私は個人的には、戦争が嫌いです。異民族とはいえ、人と人とが殺し合うなんて真っ平御免」
中庭が少しざわついた。戦争が嫌いだと公の場ではっきり言うのは、この国では珍しいからだろう。
「過去を振り返った時、今の私たちがあるのは、数多の戦争をくぐり抜けた結果との事実を――否定はできません。
けれどもこれから魔法使いになる皆さんには、覚えておいて欲しいことがあります。
ユピテルの強さは、戦争の強さだけではありません。
平和な時代だからこそ生まれた、豊かな文化。
おいしい食べ物も、工夫を凝らした料理も。多くの人が字を読むおかげで、たくさん出回った書物の数々。
公衆浴場で体を清潔にして、日々を快適に過ごすこと。
そういった市民たちの暮らしを支える技術、より良いものを生み出していく知識。
それらを担う人々の存在が、ユピテルのもう一つの強さだと、私は考えています。
魔法は強い力を持ちます。
皆さんがいずれ魔法の力を得た時、どうか、思い出して下さい。
ユピテルの強さは、武力だけではないことを。
平和な時代に豊かな文化とともに生きることもまた、大きな力であることを。
そして魔法を武力として扱う時は、もう一度考えて下さい。
その力は巡り巡って、あなた自身やあなたの家族や友人や、他の大事な人々を傷つけないか。
武力だけが魔法の使い道なのか。他にもっと力を活かせる方法はないのか、と」
皆、静まり返ってしまった。上手く伝わらなかっただろうか。
説教臭い上に抽象的なのは否めない。ユピテルの常識と離れた話になってしまったのも。
「今はまだ、理解が難しい話かもしれません。
これから皆さんが魔法を学んでいく過程で、また少しずつ伝えようと思っています。
その時に皆さんが感じ、考えた意見を大事にしてくれたらと……」
入学式の祝辞演説なのに、尻切れトンボになってしまった。
魔法の野放図な軍事利用をしないで欲しい。
そのためには、平和と文化だって強い力なのだと知って欲しい。
そしてその上で、力に対して責任と倫理観を常に持っていて欲しい。
伝えたいのは、本当はそれだけだ。
前世と違って、この世界では戦争は身近で避けられない問題。だからこそ一方的な傾倒はせず、広い視野で考えて欲しいと思う。
「魔法はとても奥の深い学問であり、技術です。私も毎日のように新しい発見があり、同時に未熟さを感じています。
皆さんもただ教わるだけではなく、自ら問い、自ら答えを模索する姿勢を忘れないで下さい。学友たちと意見を交わして、知識も見識も大いに広げて下さい。
――最後にもう一度、入学おめでとうございます。皆さんの魔法学院での学びと活躍を期待しています」
結びの言葉を言い終わると、ぱらぱらと拍手が起きた。
拍手はだんだん大きくなって、最後は中庭を埋め尽くすような喝采になった。
今はどこまで伝わったか、分からない。
私はコミュ障だから、説明も下手くそだ。
でもこうやって私の言葉を聞いてくれる人がいる限り、何度でも伝えようと思った。
拍手と喝采はしばらく続いて、やがて秋の高い空に吸い込まれていった。
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