第十章 森の奥の遺跡
第114話 ゼニス、20歳
時間はまたまた経過して、私はもうすぐ20歳になる。
17歳の時に着手した魔法学院の改革は、今のところ順調に進んでいる。
既に段階的に、平民の奨学生が入学し始めた。
奨学金は基金化して、魔法学院の予算に私の私費を寄付で足した。それから卒業生たちが思ったよりも協力してくれたから、彼らの寄付も組み入れた。
元老院が基金を作って予算を確保し、政策の実行に充てる例は既にある。
そういう前例があるので、今回の件も特に問題なく手続きを行えた。
ユピテルでは有力貴族とその家門下の庇護民たちを、パトローネスとクリエンテスと呼ぶ。端的に言えばパトロンとクライアントだ。
それで行けば、魔法学院がパトローネス、奨学生たちがクリエンテスになる。広い意味では奨学金を受けていない学生たちもひっくるめてクリエンテスだ。
パトローネスとクリエンテスは相互扶助の関係。学院は学生たちに教育の他、身分保障や進路相談を行う。学生たちは卒業後も学院と関係を持って、人材斡旋に応じたり寄付をしたりするのだ。
オクタヴィー師匠は「寄付金はゼニス宛が多かったわ。きみ、人望あるのよ。学生や卒業生は自分をゼニスのクリエンテスだと思ってる人もいるでしょうね」と言っていたけど、どうなんだろ。
人望はあまり実感がないし、私は責任あるパトローネスを務めるだけの力はないと思うのに。
奨学生たちの手応えは良い。
どれだけ人が集まるか心配だったけど、熱心でやる気の高い若者たちがたくさん応募してくれた。
魔法使いになるには、持って生まれた魔力が必須になる。
残念ではあるが、魔力がない人は諦めてもらう他にない。
ただ、魔力のあるなしは単なる適性なので、選民思想だの他人の見下しだのに繋がらないよう教育に力を入れる予定だ。
あとは自腹で学費を支払っている学生たちと、不平等感が出ないように注意している。
裕福で学費なんて軽く払える人はまだしも、節約を重ねて費用を捻出したような人は、奨学金の恩恵を受ける相手を羨んでしまうかもしれない。
この点は一応、奨学生は学院卒業後に一定の労働奉仕もしくは寄付をしてもらうことにした。
本当はそんなケチくさいことしないで、純粋に才能とやる気のある学生に機会を与えるお金にしたいけど、学生同士で不満がくすぶる事態は避けたかった。
少し話はそれるが、ユピテル人は名誉を重んじる。
貴族や騎士階級であれば私費を投じて公共施設を作って、市民の役に立つのが紳士としてあるべき姿とされている。ノブレス・オブリージュってやつ。
で、それゆえに平民も貧乏を恥じてやせ我慢をしがちだ。
元老院が行う救貧政策に、毎月の小麦の無料配給がある。
自分たちの力だけでは暮らしていけない貧しい人は、無料の小麦をもらって飢えを凌ぐ。
配給を受ける際の厳格な収入調査はされない。自己申告である。
ところがこの配給、人通りの多い
配給を受けるってことは、自活できないほどの貧乏ということ。それを衆目に晒すわけだ。
もし配給の列に並んでいるところを知り合いに見られたら、ユピテル人は大きな恥を感じるだろう。
恥だけではなく、今後の仕事にも差し障る。
そんな事情で、不正受給は驚くほど少ないらしい。
むしろ恥を避けるあまり我慢しすぎて餓死する人もいると聞いた。
そこまで? と思うけれど、ユピテル人は貴族から平民まで名誉を重んじて恥を避ける民族なのである。
まぁその割には、最近は上の方から腐敗してきてひどいことになってるけどさ……。本来はそういう民族性なのです。
なお「小麦の配給」といったけど、これ、脱穀前の小麦なんだよね。そのままじゃ食べられない。
食べるにはパン屋に持っていって製粉とパン焼きを頼むか、自力で脱穀して麦粥にでもするか。
大体の人はパンを選ぶ。するとパン屋は料金を受け取るので経済が回る。
製粉代金を差し引いても、小麦を持ち込めばかなりお安くなるので、本来の救貧政策の効果も発揮する。
うまくできた政策だが、配給を担当する元老院議員とパン職人ギルドの癒着があるとかないとか。
何でも一長一短ですわ。
話がそれたけれど、言いたいことはつまり、ユピテル人は自活意識が高くて他人に頼りたがらないということ。
奨学金も当初、借金してまで学校に通うなんて恥ずかしい……みたいな意見もあった。
同時に奨学金を受けた人へのやっかみ混じりの蔑みとかも。
施しではなく将来への投資だと強調して、卒業後にある程度返してもらうことで決着ついたよ。
あとは伝統のパトローネスとクリエンテスを持ち出せば、だいたいの人は納得してくれた。一方的な施しじゃなく、相互扶助ってね。
今後は学生間の溝が深まらないよう注意しなければ。
今はまだ実験の意味合いもあり、奨学生はそんなに多くない。
自宅から通ってもらうのが基本で、基礎教養が終わった人に限っている。
でも近い将来、もっと奨学金の幅を広げていきたい。
そうなると人数が増えて、寮も用意しないといけないな。
現状でも今の魔法学院は手狭になりつつあるので、首都郊外に手頃な土地を買って移転するべきかもね。
学習面は、印刷パワーで個人ごとの教科書を用意できたのが、効率アップに大きく貢献した。
それまで教科書は講師の私物としてのみ存在しており、学生たちは自前でノートを作るだけだった。
また、今までは裕福な家の子弟がのんびり勉強している雰囲気だったけど、やる気のある学生が増えていい意味で緊張感が出るようになった。
書物の冊子形式はすっかり定着した。
今では図書館の蔵書は冊子が8割で、巻物は少なくなってる。
元老院の公文書館とかは巻物一色だから、我が魔法学院は時代の先端を行っているね。
シリウス作の辞書も相変わらず人気で、辞書制作者として、また魔法文字の優れた研究者として彼自身も尊敬の目で見られている。以前のぼっちクソコミュ障からずいぶん変わったものだ。
いや、シリウス本人は大して変わっていないんだけど、世話焼き係の妹のカペラがいい仕事をしている。
彼女がマネジメントを上手にやってくれるおかげで、シリウスは得意分野の研究だけに打ち込めるのだ。
シリウスはいい妹を持った。カペラ本人とご両親に感謝すべし、である。
私自身の業務は、可能な部分は積極的に他の人に振り分けることにした。
そうしないと人材が育たない。決して私が楽をしたいからではないのじゃ。もちろんサポートはしますとも!
でもおかげで時間が取れるようになって、魔法について改めて考えたよ。
次は最近考えている、魔法の仮説について話をしようと思う。
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