第110話 魔法使いを増やしたい

 17歳になった私はフェリクスの屋敷を出て、魔法学院に近いアパートで部屋を借りた。前世以来の一人暮らしである。

 とはいえ家電が充実していた前世と違って、ユピテルでは家事労働を一人でこなすのは不可能だ。

 ティトに通いで世話をしてもらうことにした。


 彼女は今年、おめでたが発覚した!

 マルクスがめちゃくちゃ喜んでいて、生まれる前から親馬鹿みたいになっている。


 私もとても嬉しい反面、心配もしている。

 何せ医学が未発達なこの国では、出産時の死亡率が母子ともにかなり高い。無事に生まれて以降も、乳幼児はよく死ぬ。

 出産時のリスク軽減に消毒魔法や治癒魔法は有効だと思う。リウィアさんの時と同じく、全力でサポートするつもりだ。


 ティトが働けない期間は、マルクスのお母さんが手伝いに通ってくれるそうだ。

 いっそ奴隷を買ってはどうかと周囲から勧められた。でも、私にとって奴隷はやっぱり違和感があるんだよなぁ。

 実家にもフェリクスの屋敷にも奴隷は何人もいた。彼らは特段酷い扱いはされていない。

 けれどやはり奴隷は奴隷で、人ではなくモノとしてカウントされるのである。


 ユピテルの奴隷は、戦争奴隷が多い。戦争で負けた国の市民を捕まえて奴隷にしてしまうのだ。

 ただここ何十年かは大きな戦争がないので、供給が滞りがちであるらしい。

 反対に戦争続きだった時代には、供給過多になって奴隷の価格が暴落し、奴隷商人がたくさん破産したというアホみたいな話もある。


 戦争奴隷以外でも、奴隷身分に身を落とす経緯なんてろくなものじゃない。

 ぱっと思いつくだけでも、捨てられた赤ん坊を拾って奴隷化。借金が払えずに奴隷落ち。さらには奴隷同士を結婚させて『繁殖』……。

 それを聞いた上で人間を『買う』なんて私には無理だよ。







 家電やらその他の便利な機械やらがないこの国で、奴隷はなくてはならない労働力。社会の担い手だ。

 もし奴隷がいなくなったら、支えを失ったユピテル社会はたちまち崩壊するだろう。

 前世で喩えれば、電化製品や工業機械、パソコンやスマホを全部いっぺんになくすようなものだ。


 こういう社会構造である以上、倫理面だけで否定してもどうしようもない。気の重い話である。

 だから身分制度撤廃とか奴隷制廃止とかの活動をする気力は私にはない。

 ティベリウスさんを見ていればよく分かるが、私には政治的センスが全然ないのよ。

 だからモヤモヤはすれども、何も出来ない、しない……。


 不甲斐ないけど、私の限界だ。

 未来、技術とモラルが発展して奴隷制度が必要なくなり、消えてなくなる日が早く来るといいなと思っている。







 なんでか奴隷の話を長々としてしまった。まあいいか。

 とにかく私は奴隷を買わない。人手が要るならお給料出して使用人を雇うつもりでいる。







 というわけで、次は別の話をしよう。


 魔法関連だ。

 記述式呪文は従来どおり、シリウスを主担当として研究を続けている。

 参照資料が例の電話っぽい石版一つなのが残念だけど、記述要素を一つ一つ分解して丁寧に調べているよ。


 初期のごくシンプルな記述式呪文は、魔法ライトや魔法カイロ、魔法冷却材に使われている。

 どれも起動に魔力が必要なので魔法使い専用だけど、なかなか便利である。

 特にライトは魔法学院で好評で、既存のランプやロウソクの代わりに設置された。火の元の心配もなく臭いニオイもしないので、重宝がられている。

 起動に必要な魔力は本当に少量だから、魔力電池みたいな仕組みを作られれば一般化もできるのになぁ。


 魔法の効果を他の物体に付与する第二段階の記述式は、やっぱり魔力が必要なのがネックで普及率はいまいち。

 試しにツルハシに『硬』を付与して地面を掘ってみたら、すごくよく掘れた。でも魔法使いの人材を肉体労働で使うのも非効率でなぁ。

 普通の人の効率を1、魔法を使った時を10とすると、じゃあ魔法使い1人じゃなく普通の人を10人集めればいいじゃんとなるのだ。

 新しいアイディアに期待である。

 



 それから魔法学院。

 魔法の有用さが広く知られるようになって、魔法使いの需要もかなり増えた。

 それなのに教育機関が今のままでは、とても育成が追いつかない。魔法使いは持って生まれた才能が絶対に必要な上、相応の訓練を積まないと使い物にならないからね。


 前みたいに裕福な家の子弟をゆるく募集する方法じゃ、国軍やフェリクスの冷蔵運輸、その他の新しい分野のニーズにぜんぜん応えられないのだ。

 しかも魔法使いの教育ノウハウはうちの学院が独占している状態。当分の間、フェリクスの経営以外で新しい学校を作るのは難しいだろう。


 魔法使いとして最低限必要な魔力を持つ人の割合は、おおむね30人に1人程度。

 割合が変わらない以上、母数を増やすしかない。

 つまり、幅広い人材発掘である。特に平民からの。


 魔法学院は現状は3年制だが、魔力循環や記述式呪文などの新しい要素が増えたので、在学期間の延長が検討されている。

 そして、3年ないしそれ以上の期間を学生として過ごすには、学費や備品代でそれなりのお金がかかる。

 中流程度の平民でギリギリ賄えるかどうか、くらいの金額だ。


 10代半ばの年齢になれば、平民は働くのが当たり前。

 学生になってしまえば学費がかかる上に、働けば得られるはずだった収入もなくなってしまう。

 ユピテルの平民は上昇志向が強いので、多少無理してでも子供を学院に入れたがる親はけっこういると思う。魔法使いは今、かなり注目を浴びている職業だから。


 でも反対に言えば、中流に満たない平民では金銭的に厳しいということだ。

 人口ボリュームとしては中流未満や貧困層はかなり多い。切り捨てるのはもったいない。




 というわけで、奨学金制度を考えてみた。


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