第107話 アレクとラス1



◇登場人物紹介


アレク:

ゼニスの3歳下の弟。14歳。昔はイタズラ小僧だったが、それなりに大人になった。

ラスの学友として6歳の頃から首都で暮らしている。


ラス:

東の小国、エルシャダイ王国の第3王子。本名ランティブロス。アレクと同い年。留学生としてユピテルに滞在中。

ゼニスに恋心を寄せているが、なかなか実らない。

エルシャダイ王国は一神教が国教で、ユピテルとはかなり違う文化・価値観になっている。




+++




 アレクとラスが10歳から通っている貴族学校は、14歳で卒業となる。

 ユピテルでは『学校』というものがあまり重視されない。そのため卒業式もごく簡素なものだった。

 同級生たちと教室で卒業を祝い、卒業記念のメダルをもらって終わりだ。


 季節は秋になったばかり。まだ残暑が厳しい季節だった。

 運動場を照らす太陽は夏よりは柔らかいが、地上の気温は高い。

 卒業生たちは夏の軽装のまま、三々五々教室を出た。


「4年か。あっという間だったなー」


 メダルを指先で弾いては宙でくるくると回し、アレクが言った。ラスもうなずく。


「10歳で入学した時は、4年はずいぶん長いと思いましたが。過ぎてみると早いですね」


 同級生たちと今後の進路の話などしながら校門まで行くと、何やら人だかりができていた。

 よく見ると10代前半から半ばの少女がほとんどである。全員が裕福な服装をしていて、彼女らの付き添いらしき使用人や奴隷たちの姿も後方に見える。貴族や騎士階級の令嬢たちだった。


「アレクくん! 卒業おめでとう!」


 顔なじみの少女が声を上げて手を振った。それを皮切りに、少女たちが口々におめでとうと言う。

 アレクは笑顔で手を振り返した。


「うん、ありがと!」


「ねえアレクくん、これから一緒にお茶しに行かない? フェリクスの氷のお店で新作のかき氷が出たんでしょう?」


 少女の一人が彼の腕を取って誘う。

 アレクは満更でもない顔をしてうなずいた。


「マルクスが考えたやつな。レモンの黄色いシロップとザクロの赤い実を使って、きれいな見た目だよ」


 来年の新作のために、お客の反応を見ようとテスト的に作っているとマルクスが言っていた。

 数量限定なのでレア感があり、夏が終わった今でも人気のメニューだ。


「食べたいわ! 行きましょうよ」


「ちょっとディア、抜け駆けしないで!」


「ずるい! アレクくんとデートするの、私なんだからっ」


 女の子たちは押し合いへし合いしている。

 アレクがデレデレした表情で彼女らを見ているので、ラスは呆れた。


「人気ですね、アレク」


 嫌味っぽい言い方をしてやったのに、図太い友は気にした様子もない。


「俺、モテモテだろー? 困っちゃうなぁ」


 確かにアレクは女子の人気が高い。出自こそ下級貴族だが名高い魔法使いを姉に持ち、フェリクス当主の覚えもめでたい。見た目も整っている。運動も得意で、少年向けの競技会ではいつも優勝や入賞をしていた。

 一緒に歩いてきた同級生が、悔しそうに口を挟んだ。


「なんでこいつばっかりモテるんだ? 不条理だろ」


「いーや、順当だね。俺はお前らとは格が違うんだよ、かっこよさの格が」


 アレクは得意そうに胸を張った。ラスは雄鶏おんどりが威張って胸をそらしている様子を連想した。コケコッコーと鳴いたら似合いそうである。


「馬鹿なこと言ってないで、ちゃんとエスコートしてあげなさい」


 雄鶏の面影を頭の隅に追いやり、ラスは不毛な会話に切り込んで終わらせてやった。


「でも、みんな俺がいいんだろ。俺の体は1つしかないからなぁ。困ったなぁ?

 ――うん、じゃあこうしよう。みんなで店まで行こうぜ!」


 アレクの言葉に男子たちは、


「よーし、よく言ったアレク!」


 と騒ぎ出し、女子たちは、


「えー!? アレクくんだけでいいのに、なんでそいつらまでついてくるの!」


 とブーイングをした。

 それでも結局皆で向かうことになり、少年少女はぞろぞろと道を歩き始める。


「僕は先に帰りますね」


 ラスがアレクに小声で言うと、アレクは少し困った顔をした。


「大人数でも女子と遊ぶの、駄目か?」


「ええ、シャダイ教の教えで未婚の男女はみだりに席を共にするべきではないとされていますので」


 アレクはもちろん、その教えを知っている。だから一対一や少人数ではなく、皆でわいわいと遊べばいいと思ったのだ。けれども彼の予想以上にシャダイ教の教義は厳しかった。


「そっか……。ごめん、ちゃんと確認すればよかったな。じゃあ俺も帰――」


「いいですよ! アレクは遊んできて下さい」


 友の気遣いを感じて、ラスはにっこり笑った。

 すると女子たちからキャアと黄色い声が上がる。


「ラス王子、お美しい!」


「儚げ美少年っていう感じ」


 そんな声に顔を赤くしたラスが、慌てたように手を振る。


「そ、それじゃ僕は帰りますから! 皆さん、楽しんできて下さいね」


「はぁい!」


「まあ、残念」


「殿下、今度は男だけで遊ぼうぜ」


 少年少女らの言葉を受けて、ラスは帰路についた。

 人気者のアレクが周囲を取り持ってくれたおかげで、学校生活も順調だった。文化の違いで大きな問題を起こさずに済んで、楽しい学生時代だった。

 同級生たちともほどよい距離を取りながら、仲良く付き合えたと彼は思う。


(僕は本当に、いい人たちに恵まれた……)


 そっと振り向くと、通い慣れた校舎の向こう側に秋の高く澄んだ空が見えた。



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