第105話 ゼニスの振り返り(前回までのあらすじ)2

 13歳の時、白魔粘土の材料である魔力石が枯渇してしまったとの話を聞いて、私は自分で産出地に行ってみることにした。

 場所は首都ユピテルの北西、名前もそのまま北西山脈。

 万年雪の山頂が連なる巨大な山脈で、ユピテルとノルド地方を分ける天然の要塞でもある。

 魔力石は北西山脈の川岸で拾っていたけれど、だんだん見つかる量が減ってしまったのだ。


 ティベリウスさんの弟でオクタヴィー師匠の双子の片割れ、軍人のドルシスさんに護衛を頼んで出発となった。


 同時にシリウスが魔法の探究のためにノルド地方への旅を決意して、山脈まで同行した。

 この時期はごく単純な記述式呪文の開発に成功してたね。さらなるヒントを探しにシリウスは旅立っていった。







 で、アレクとラスが大人たちに無断でついてきちゃったんだよね。

 あの子達は当時10歳。まだまだ子供だけど、反抗期というか自立心が芽生える年頃でもある。

 自分たちの意思で冒険をしたくなったみたいだった。


 私が叱ってもどこ吹く風だったのに、ドルシスさんがガツンと言ったら大人しく反省した。頼りになる。

 結局一緒に行くことになって、ドルシスさんが面倒を見てくれたよ。

 野外での火の起こし方とか、狩りや採集で調達した食材の料理法とか、天幕の張り方とか。色んなことを教わってた。

 おかげで彼らはドルシスさんにすっかり懐いていたっけ。







 旅は順調だったのに、途中で急に狼の群れに出くわして大変なことになった。

 私とラス、アレクの3人は大人たちとはぐれた上に、山中の洞窟に落ちてしまった。

 洞窟は暗くて深くて出口があるのかも分からず、不安でいっぱいになりながら進んだ。


 そしたらその先に、魔力石の大鉱脈があったんだよ!

 けれどそこは狼の巣穴になっていて、襲われて死にかけた。全力を尽くして辛うじて撃退できた。

 私は途中で倒れてしまったのに、アレクとラスの2人が出口を探し当てて助けを呼びに行ってくれたの。


 あの時、狼の動きをギリギリのところで見極められたのは、昔実家で飼っていた白犬のプラムのおかげだった。

 あの子といっぱい一緒に遊んでたから、似たような体で似たような動きをする狼にも対応できたんだ。

 私、犬好きだし本当は他の動物も好きだよ。だから狼を何匹も殺したのは心にダメージがかなり来た。


 前世でも犬を飼ってた。今生でも生まれた時からプラムと一緒だった。

 寿命の差は本当に悲しい。毎回ペットロスのようになる。

 プラムより年下の黒犬のフィグも、今はもう天国に行ってしまった。

 今、実家にいるのはあの子たちの子孫だ。子孫ももちろんかわいいけれど、やっぱりプラムとフィグには特別な思い入れがあるよ。







 本来居ない場所に狼が出たのは、ユピテル人が大々的に森林伐採をやったせいと推測できた。

 森の環境と生態系が変わってしまって、狼たちも追われるように山を下ってきたと。


 魔力石の採掘も始まるから、環境保護の必要を感じた。

 まずは伐採した分の植林。それから採掘で出る掘削土の適切な処理と有効活用だね。

 掘削土は今、北西山脈を越えるための街道の建築資材に使われている。

 ティベリウスさんは特に何も言わないが、たぶん将来のノルド遠征を見据えてのことだと思う。







 それから忘れられないのが、竜の襲来だ。

 あいつは唐突に、本当に何の前触れもなくユピテルにやって来て、好き放題に暴れた。人々を食い殺し、街に火を放って大きな被害を振りまきやがった。


 古代文明レベルのユピテル軍では歯が立たない。

 でも、私が作った落雷魔法であれば通じるかもしれない。

 前世の科学知識に基づいた魔法はあまり表に出したくなかったけれど、そんなことを言っている場合ではなかった。


 シリウスと一緒に研究を続けていた記述式呪文も、実戦投入のレベルになっていた。

 魔法を付与した武器は、ドルシスさんが使うことになった。彼が条件を満たす最良の人材だったんだ。


 竜が住み着いたテュフォン島の火山の麓で討伐は決行された。

 蒸留酒をしこたま飲んで酔っ払った竜は動きが鈍り、結果、ドルシスさんの武器と私の雷をもろに食らって死んだ。







 首都で凱旋式をやったまでは良かったけれど、問題はその後だった。

 ユピテル共和国は寡頭制の国で、突出した英雄を嫌う。悪い意味での共和制だ。

 ドルシスさんが竜殺しの英雄になったのが問題視された。

 フェリクス家は既に冷蔵運輸で大きくなりすぎている。そこに個人の名声が加わったせいで、元老院はあからさまに敵視を始めた。


 私の身の安全も危なかったみたい。最悪、国に身柄を拘束されて紛争地で人間兵器みたいな扱いをされる可能性もあった。

 そうならなかったのは、ドルシスさんが大人しく実権なしの名誉職を受け入れたから。

 ティベリウスさんの政治的な駆け引きも実を結んで、それ以上の追求はなしになった。


 でも、フェリクスの人たちは元老院のやり口に嫌気がさしたみたい。

 いや、そんな言い方は単純すぎるね。

 大国となったユピテルの国政運営に、もはや元老院は不適格だと判断した、かな。


 将来の体制打倒の布石となるため、ドルシスさんはノルドに行って一国の王を目指すと言っていた。いずれ来るユピテルのノルド遠征に呼応して、援軍として駆けつけるつもりなんだって。

 ティベリウスさんもオクタヴィー師匠も、革命を前提とした活動を始めたみたい。元老院に知られたら大変だから、秘密裏に。







 私も大きな恩のある彼らのために働きたい。

 でも、私の前世知識と魔法の組み合わせは、この古代文明の国に不釣り合いな威力の兵器に繋がるだろう。それこそ火薬や銃器をもたらすような結果になりかねない。


 私が作った技術で大勢の人が殺されるなんて、絶対に嫌だった。

 甘ったれたことを言うようだけど、嫌なものは嫌だ。そんなことになれば多分、重すぎる責任で精神がやられてしまうと思う。


 たとえ最初は正しいと思えることのためでも、いずれ力は暴走して関係ない人たちを傷つける。

 少なくとも前世ではそうだった。科学は兵器を生み、原子力と核兵器を生んだ。

 私はその一歩を踏み出したくない。


 雷の魔法も、竜のような予想外の脅威がなければ表に出さないつもりだった。

 公表してしまって、政治の駆け引きにも利用されて、改めて怖いと思ったよ。

 科学知識を織り込んだ魔法は、今は私にしか使えない。でもいずれユピテルの文明度が上がっていけば、使い手も増えるはずだ。


 だから、軍事以外の分野で魔法を伸ばしたい。

 今後魔法使いが増えて魔法が発展してけば、きっとどこかで間違いは起こるだろうけど。

 それでも可能な限り、魔法は平和のために使って欲しい。後輩たちにそう教え続けるつもりだ。







 なんか重苦しい話になってしまった。

 別に私だって、いつも真面目くさって考えてるわけじゃないよ。


 なんたって魔法はいいものだ。不思議の解明を少しずつ進めて行くのは、なんとも言えないわくわく感がある。

 新しい発見をした時の興奮は言うまでもない。

 私が魔法使いをやっているのは、楽しいから! それに尽きるね。







 というわけで、昔の振り返りをしてみたよ。

 ここ数年で周囲の皆の状況も変わったので、次はその話をしていこうと思う。


 まずは誰がいいかな――そうだ、あの人にしよう。



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