第101話 後日談2
赤毛の双子の姉弟は、お互いに険悪な視線で睨み合っている。
「オクタヴィー、お前な、わざわざ言わんでもいいだろうが」
「あら、どうして? それでゼニスをかばったつもり? ――馬鹿にしないで頂戴。この子、そんな子供じみたやり方でかばわれたって、喜ばないわよ」
オクタヴィー師匠の目線を受けて、私はうなずいた。
「そうです。そんな風に一方的に責任を背負い込まれたら、困ります。隠してもどうせいつかはバレますよ。そしたら私、ショックのあまり落雷魔法を連発してしまうかもしれません」
竜の時の特大の雷を間近に見ているドルシスさんは、思わず顔を引きつらせて固まった。
たぶん女子供を大事にする騎士道精神なんだろうが、男は黙って我慢とかやめて欲しい。報連相大事。
……あれ、待てよ、この国の騎士は経済人のことだから、いわゆるレディファーストで忠義に厚い騎士道精神のことは何と言えばいいんだ? まあいいか。
「ほら、言った通りじゃないか。女だからとて、あまりゼニスを見くびるのは良くないよ」
ティベリウスさんが笑っている。その横でリウィアさんも何やら誇らしそうだ。
ドルシスさんは、ちょっとわざとらしいくらいのため息をついてみせた。
「はぁ。我が家の女性たちは豪傑揃いだな。
何、俺とて大人しく飼い慣らされるつもりはないんだ。ただ、これはかなり未来の話になるし、不確定の部分も多い。
今は余計な心配をせず、日常に戻ってもらいたかった」
「何の話ですか?」
私が聞くと、ドルシスさんは兄を見た。ティベリウスさんがうなずく。
ドルシスさんもうなずき返して、口を開いた。
「では口外無用で頼む。神祇官に就任後、数年してほとぼりが冷めたら、俺はユピテルを出るつもりだ」
「え!?」
急な展開に驚いた。
弟の言をティベリウスさんが受けて続ける。
「今回の件でよく分かった。元老院主導の国政はそろそろ限界が近いと、ね。
ユピテルが半島だけの小さな国だった頃は、元老院は実に巧みに機能していた。各貴族家の間に大きな差はなく、議員たちは多角的な視点で議論を交わして、よりよい国造りを目指していたよ。
それがソルティアを征服し、グリアを併合して巨大な国土を持つようになって、事態が変わった。
土地の分配を巡って格差が広がり、勢力図が塗り替わった。議員たちは国のために尽くすよりも、出自の利益を代弁するだけの存在になった……」
彼は執務机の上の手を握り締めた。
「このままでは元老院が、ひいてはユピテルという国自体が腐敗して衰えていくばかり。
巨大な国土、巨大な身体にふさわしい強力な頭脳が必要なんだ。
しかし今の俺にも、フェリクスにも元老院そのものを相手取るだけの力はない。下手に内乱になってしまえば、多くの血が流れる。それも権力争いには直接の関係がない、平民たちの血が。
人の上に立つ貴族として、それは避けたい。荒事を起こすのであれば可能な限り短時間で、犠牲を少なく。また、確実に決定打を与えられるだけの舞台が必要なんだよ」
いつも通りの穏やかな口調だったけれど、押し殺した熱がじわりと漏れ出るようだった。
「で、俺が変革のための布石になろうと思ってな」
対照的に明るい口調で言うのが、ドルシスさんだ。実にカラッとしている。
「ユピテルを出た後は、ノルドに行こうと思っている。今後、ユピテルが領土拡大の手を伸ばすとしたら、あそこだ。
国境は東にもあるが、北西山脈の方が本土に近い。それに東のアルシャク朝のように、強大な国があるわけでもない。
ノルドは小さな部族が割拠して、混沌としている」
「けれど、その中でもある部族が勢力を伸ばしつつあると、情報が来ている。どこまで伸びるか不明だが、ある程度の勢力になればユピテルにとって脅威になるだろう。
領土欲と外敵の脅威が合わされば、まず間違いなく遠征が行われる」
ティベリウスさんはノルドにも情報網を作っているようだ。
「ノルドは広い。大規模な軍団が編成されて、通常の執政官が持つ指揮権よりも強力かつ期限が長い軍権が司令官に与えられるだろう。
そして、その遠征が達成された折には、また過度の功績により『バランス取り』が行われる」
「それを見越して手を打っておくわけだ。
まず俺がノルドに行って、一旗揚げる。ノルドは空白地帯も多いからな、やりようによっては小さな国くらいの勢力になる。
次にユピテルの遠征軍が来た時に、手勢を率いて合流する。
すみやかにノルドを平定した後は、遠征軍の司令官を先頭にユピテルに凱旋するのさ。軍団を解体せず、武力を維持したまま首都まで進軍してな」
それはつまり、ノルドを征服できるくらいの大軍団で首都を囲むってことか。
首都の周辺では武装が禁止されている。それを破って公然と元老院に反旗を翻すんだ。
私は言う。
「でも、そんなに上手く行きますか? 特にノルド遠征軍の司令官が裏切ったりしませんか。それともその司令官は、ティベリウスさんが就任するとか?」
「そうだね。俺が出来るならばそうしたいと思っているよ。ただ俺は政治面は自信があるが、軍事面はほとんど素人だ。
それにこの話だって、1年や2年先の話じゃない。舞台を整えるのに、どんなに短く見積もっても10年はかかる。もっとかもしれない。
そうなると年齢上の不安が出る。だから今から有望な若者を探して、後継者として育てるつもりだ」
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