後日談と閑話

第100話 後日談1

 凱旋式の日、夜通しの宴会が終わった後は、競技場で色んな競技が行われた。

 目玉は戦車競走。大きなトラック競技場で馬車を走らせるのだ。

 馬車も2頭立てと4頭立てがあり、すごい迫力だった。


 この大掛かりな競技は入場無料で、凱旋式の一環である。市民たちに娯楽を提供して、歓心を買うためだ。

 ユピテルでは軍団内で軍団長がポケットマネーでボーナスを出したり、凱旋式の時に私費を投じて催し物を出したりと、平民たちの人気取りがけっこうな頻度で行われる。


 大衆を味方につけるのと、「気前のいい貴族」という栄誉、というか見栄のためにやっている側面がある。権威の誇示とでも言うか。

 もともとは公共施設の建築と同じく、ノブレス・オブリージュとしてやっていたけど、時代が下るにつれてだんだん意味合いが変わってきたようだ。


 軍団ではもう少し事情が深刻で、兵士たちに反乱を起こされないため。

 最近は大きな戦争はないけれど、何十年か前のしょっちゅう戦争していた頃は、負けてばかりの軍団長を兵士たちが強制的に首をすげ替えるなんてこともあったらしい。戦争で負けると自分の命が危ないから、兵士たちも必死だったそうな。


 戦争が減ったせいで凱旋式も久しぶり。

 おかげでこの手のお祭りに飢えていた市民たちは、ここぞとばかりに楽しんでいる。

 遠い戦地の出来事ではなく、実際に間近に見た竜の脅威が取り除かれた安堵と高揚感もあるのだろう。


 戦車競走と並行して剣闘士試合があったり、無料の飲み物、食べ物が配られたりと、とにかく豪勢だ。

 さすがユピテルの国庫は豊かなんだなぁなどと思っていたのだが……。







「え? 今回の凱旋式の費用、7割方フェリクスで出したんですか?」


 お祭り騒ぎが落ち着いた、しばらく後。

 話があるからと呼ばれたティベリウスさんの執務室で、私は驚きのあまりぽかんと口を開けてしまった。


 いやだって凱旋式、めちゃくちゃ豪華だったよ?

 今までも栄誉を受ける人が私費を投じるケースは多いと聞いていたけど、7割は出し過ぎじゃない?


「有志の寄付が1割、元老院の負担は2割といったところでした」


 同席していたリウィアさんが言った。彼女はすっかり大貴族の奥方が板についている。

 実家が商家だけあって、お金の管理も仕込まれて育ったんだって。文武両道ですな。


「そうですか……。あの、これって普通の割合ですか?」


 一応、聞いてみる。ティベリウスさんが教えてくれた。


「いや、過去の例であれば国庫の……元老院の負担が6から7割だね。今回はうちが特別に多く負担した」


「本来の凱旋式ならば、敵地から奪った戦利品の売却益があるんだがな。今回はそれもない」


 ドルシスさんも言う。

 戦利品と言えるようなものは、黒焦げの竜の死体だけだものね。


「それってひどくないですか。なんでそんなことに?」


「そりゃあ、フェリクスの力を削ぐためでしょ。元老院お得意の『バランス取り』よ」


 私の疑問に、オクタヴィー師匠が気だるそうに答えた。

 フェリクスの3兄弟と奥様のリウィアさん、それに私がこの話の参加者だ。

 ティベリウスさんが言った。


「少なくない出費ではあったが、フェリクスの屋台骨が揺らぐほどではないよ。それに金貨をばら撒くことで、主だった貴族家の経済状況も見えた。

 金に困っている者は付け入るスキが多い。金貨で買った縁を活用して、これ以上の面倒は避けるつもりだ」


「これ以上の問題とは?」


「元老院の一部で今回の討伐隊を弾劾する動きがあった。臨時で調達した戦費の一部が不正だったとね」


「ごく些細な額だ。あの時は竜のせいで皆が混乱していたからな。書類上の細かい入出金が合わないなど、珍しくもない」


 ティベリウスさんとドルシスさんが交互に言う。


「つまりほぼ、言いがかりってわけ」


 師匠が結論をまとめてくれた。

 討伐の準備をしている時はとにかく必死で、お金の着服とかちっとも考えていなかった。ドルシスさんだってそうだろう。

 それなのになんだよ、それ。ムカつくわ。


「事前に知れたから、今回はそれとなく圧力をかけて表に出ないようにしたよ。ただ、言いがかりのきっかけなど、いくらでもあるだろう。それこそ事実でなくとも、不名誉をでっち上げればいいのだから。それに……」


 彼は言葉を少し切ってから続けた。


「ドルシスの元老院入りは難しそうだ」


「はい? 何故です!?」


 さすがに驚いて、私は声を上げてしまった。

 ドルシスさんは今年でちょうど元老院入りの資格年齢に達する。ユピテル貴族として出世するためには、元老院でキャリアを積むのが必要不可欠だ。軍の上級職だって、元老院での経歴が必要になるのだから。


「竜殺しの称号を以て、ドルシスを大神殿の神祇官に推す動きがあってね。執政官が兼ねる最高神祇官のすぐ下に位置する名誉職だ」


「名誉としてはこの上なくても、実権皆無の飼い殺しよ!」


 オクタヴィー師匠が苛立たしそうに髪をかき上げた。


 そんな。

 これが、作戦前に言っていた「第2のソルティクス」なのか。

 でもそうならないように、ティベリウスさんが手を打つって言ってたのに。実際、色々動いてるのに。


「元老院の権力は、そんなに強いんですか。間違ったことが堂々とまかり通るくらいに」


 思わず、口に出てしまった。

 ティベリウスさんが静かな口調で言う。


「強いとも。この広いユピテルを、たった250人の元老院が牛耳っているのだから」


 その250人だって同じ家門の親子兄弟や、血縁地縁で偏っているだろう。寡頭制とはよく言ったものだ。


「議員たちは己の利益のために相争い、それなのにいざ波風を立てる者が出たら一斉に排斥しようとする。

 竜討伐に際して素早く動いたのは評価できる。しかし、あれは自分たちが住む首都が脅かされたからだ。

 また竜という脅威が単独で、それさえ排除してしまえば解決できたからだ。

 辺境の地の戦乱や、本土に近い場所であっても利害が絡むのであれば、彼らはろくに手を打とうともせずに責任を押し付け合うだろう」


 ユピテルは今まで、身分制度を流動化したり植民先の現地住民と混血を推奨したりして、常に新しい血を取り入れながら成長してきた。

 けれどここへ来て、その血は濁り始めているらしい。

 他でもない、ユピテルの頭脳であるはずの元老院によって。


「今回の件も、ドルシスばかりかゼニスまで――」


「おっと、兄上。それは言わなくてもよかろう」


 言いかけたリウスさんをドルシスさんが止めた。


「私がなにか? 構わないので、教えて下さい」


 強く言うと、ドルシスさんは困ったように頭を掻いた。


「楽しい話ではないぞ」


「大丈夫です。竜より怖いってことはないでしょ?」


 冗談めかして言うと、彼はため息をついた。

 ティベリウスさんが続ける。


「では、俺から言おう。ゼニスも神殿に召し上げる話が出ていた。雷の使い手だからと、ユピテル神の巫女としてね」


「ええと、それはどういう待遇になるんですか?」


 ピンと来ないので聞いてみる。すると今度は師匠が口を開いた。


「巫女よ、巫女! つまり一生処女を守って、神殿に閉じこもって暮らすの。結婚はおろか恋の一つもできずに、元老院の要請でこき使われるだけの奴隷同然の身よ!」


 分かってるの!? と凄まれた。分かってなくてすみません。

 でも恋だのはともかく、魔法の研究も自由にできないようじゃ困る。こき使われるのも、人間兵器みたいな扱いで紛争地に投げ込まれるのは勘弁して欲しい。


 とはいえ、師匠の言い分は実際の巫女さんたちにちょっと失礼ではないか。まあ今回は特殊なケースだし、師匠が個人的にそう思ってるくらいに受け止めておこう。


「心配するな。うら若い女が恋もせず、引きこもるような真似はさせん」


 ドルシスさんが肩を叩いてくれたけど、あの……。前世の私、若い頃からインドア派のヒッキー気味で、大人になっても職場と自宅の往復状態だったんですが、それはどうなんでしょうね? やばい、泣けてきた。


「ドルシスの言う通り、その話は白紙にした。ゼニスは今までと変わらず、自由にやってくれ」


「は、はい。でも私に関しては簡単にできたのに、どうしてドルシスさんは駄目なんですか」


「それは、立場の違いだね。ドルシスはフェリクスの直系で、男だ。既に軍団で一定の実績も上げている。元老院に議席も用意されていた」


「だから、ドルシスが甘んじて飼い殺しを受け入れたおかげで、ゼニスに関しては手打ちになったってわけ」


 師匠がそう口を挟んで。


「オクタヴィー!」


 ドルシスさんが非難がましい声を上げた。

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