第99話 凱旋式


 ――竜、テュフォン火山の麓で討ち取らるる!


 その一報はすぐさま首都にもたらされ、ユピテルの国中に広がって行った。

 討伐隊の面々は大きな災厄を払った英雄として、凱旋式を行うことになった。


 凱旋式は、通常ならば戦争に勝った記念で行われる。まあ今回も竜との戦いだったので、同じ扱いなのだろう。

 凱旋式は元老院の許可のもとで行われて、国庫から資金が提供された。この辺りはちょっと裏があるのだが、それは後で話そう。

 日取りもすぐに決められて、私たちが首都に戻ったらすぐに実行される運びになった。







 凱旋式の朝、首都の入り口に当たるマルス平野に討伐隊が居並んだ。

 市民たちも集まって来て、パレードはゆっくりと進み始める。

 街路にも市民が詰めかけて、絶え間ない歓声に包まれていた。


 パレードの先頭は今回の戦利品に相当する、竜の死骸。あまりの巨躯のため切り分けて、頭部、腕、翼などの部位ごとに馬車に乗せた。

 表皮も肉も黒焦げコゲで無事なのは一部の爪と牙だけだったけど、生きて暴れていた竜を目撃した市民は多い。残骸みたいな黒焦げでも、凱旋式を大いに盛り上げてくれた。


 次いで、竜との戦いを表した石像や絵画などの荷馬車が続く。

 市民たちに目で見て分かるように戦いの様子を伝えるためのものだ。

 討伐成功からすぐに凱旋式になったから、どれも急ごしらえ。

 体に矢と槍が突き刺さった竜の石像や、勇ましく槍を構えるドルシスさんの像もある。


 言いたくないが私の像もあった。片手を天にかざして謎のかっこいいポーズを取っている。

 あんな格好をした覚えはないんだが、ほら、急ごしらえだから。見た目の分かりやすさ重視っていうか? ……後でもっと地味な感じに直してもらうつもりである。


 その次に執政官と主だった元老院議員たちが徒歩で続いた。

 執政官は2名制だけれど、片方は先の竜との戦いで死んでしまった。近々、臨時の執政官が選出される予定だそうだ。

 彼らの後ろには、正装に身を包んだ儀仗兵。彼らの持つ儀礼用の斧は、勝利の象徴である月桂樹で飾られている。


 で、その次が本日の主役、凱旋将軍の乗る4頭立ての立派な馬車だ。ドルシスさんは将軍職ではないけれど、今回随一の功労者ということで、この大きな馬車に乗っている。

 ちなみに、なんと。私も同乗している。


 この馬車、床がかなり高く作ってあって、遠くからでも主役の姿がよく見えるようになっている。

 ドルシスさんは全く臆せず手を振って民衆に応えているけれど、私はもう緊張してお腹が痛くなっていた。


 馬車からはユピテルの街並みがよく見える。

 竜による破壊のあとはまだ生々しく残っているものの、沿道の市民たちの表情は明るい。みな笑顔で歓声を上げ、歌を歌ったり花びらを撒いたりしていた。

 あちこちで楽団が音楽を奏で、撒かれた花びらが風に舞うのと相まって、とても華やかな雰囲気だった。


 でも私はお腹が痛かった……。

 ここのところずっと根を詰めて作戦の準備をしていたし、討伐の日だってめちゃくちゃ張り詰めていたから。

 気が緩んだところにパレードなんぞに引っ張り出され、主役席に座らされ、踏んだり蹴ったりである。

 周囲の皆が凱旋式は勝者の栄誉であり義務でもあるって言うから、頑張って出席したのだ。こんな目立つ席だと知らなかったけどね!?


「ほれ、ゼニス。顔が強張っているぞ。笑顔、笑顔」


「うぐぐ、はい」


 ドルシスさんに肩を叩かれた。

 私は必死で前世の高貴なる方々の微笑みを思い出して再現した。アジアンでオリエンタルでジャパニーズなアルカイック・スマイル。スマイル・ゼロ円……ううっ。おなかいたい。


 で、主役の後ろからは兵士の皆さんが徒歩でついてきている。首都内では武装できないから、みんな丸腰だ。

 彼らは実に楽しげな様子で、口々に叫んでいた。


「勝利、勝利!」


「勝利!」


「クソッタレの竜め、クソみたいな真っ黒色になって死んだぜ!」


「背中じゃなく、ケツの穴に槍を突っ込んでやりゃあ良かったな!」


「わはは、違いない。勝利!」


「勝利!」


 勝利はいいとして、間に挟まる下品な言葉はなんなん?

 何でも、凱旋式ではあえて下品な言葉を叫んだり歌ったりするのが伝統だそうだ。そりゃ、前世でも軍隊といえば「まぬけ、のろま、とんま!」みたいな罵声がまかり通っているイメージだったけど、なんでこんな晴れ舞台でケツの穴とか言うんや。

 ユピテル人にも困ったものである。







 大いに盛り上がる中をパレードは進み、元老院議会場のあるフォロ・ユーノを経由して、やがて大神殿の丘を登り始めた。

 竜が壊した大神殿の屋根は未だ修復中だったが、今回の儀式で使う場所は無事。

 街路での大賑わいと打って変わって、儀式は厳かな雰囲気の中で執り行われた。


 角に金箔を貼った白い雄牛が引き出されて、神への捧げ物にされる。供物台に流れる血を見て卒倒しそうになった。私はグロ耐性が低いのだ。

 竜の時はそれはもう必死で気合を入れていたから、どうにか耐えられた。でも平時であんな気合は入れられんて。

 腹痛と相まってプルプルしていたら、ドルシスさんに、


「お、なんだ。感極まって震えているのか?」


 と言われてムカッとした。ちゃうわ! この人、ティベリウスさんと違う意味で女心が分からんな!


「邪悪なる竜の討伐を成功させた勇者ドルシスに、竜殺しの称号を贈ろう」


 大神官のおじいさんが、朗々とした声で言う。

 ドルシスさんが前に進み出てひざまずくと、その頭に月桂樹の冠が乗せられた。前世のオリンピックで見たあれだ。勝利と栄誉のシンボルである。


「同じく功労者である魔法使いゼニスには、氷雷の魔女の称号を」


 氷の魔女から氷雷の魔女にレベルアップしました。氷はどうしても取れんのか。今回氷使ってないぞ、なんでじゃ。

 しかもよく考えたら「雷」が付け加えられただけじゃないの。

 内心でつっこみつつ、顔だけは殊勝な表情をしてひざまずく。私の頭に乗せられたのは花冠だった。月桂樹は男性専用らしい。


 最後に神に戦勝を感謝する言葉を唱えて、儀式は終わった。

 竜やドルシスさんや私の石像などは大神殿に奉納される。後日、討伐の様子を描いた絵も作って飾って一般に公開するとのことだった。







 儀式の後は宴会だ。平民向けの宴会と貴族向けの宴会が夜通し催される予定である。

 なんかもう帰って寝たかったんだけど、準主役が抜けるわけにもいかない。


 平民向け宴会に行って手を振るサービスをして、貴族の宴会にも行く。各貴族の家やフォロ・ユーノの一部でも宴会が行われていた。

 ドルシスさんの周囲には人だかりができて、はぐれてしまった。

 兵士の1人が付き人としてついていてくれたんだけど、その人とも人混みで離れそうになる。

 よく知らない偉そうなおじさんとか、おじいさんとかにいっぱい声をかけられた。もう疲れて顔も名前も覚えていない。


 ようやっと挨拶回りが一区切り付いた。

 兵士さんが馬車を手配してくれて、フェリクスのお屋敷に戻ってきた。ここでも宴会をやっている。ティトとマルクスも忙しそうに立ち働いているのが見えた。邪魔したら悪いから、後で話そう。

 ふらふらしながらお客に挨拶をして、やっとこさ奥に引っ込んだ。


「ゼニス、お疲れ様でした」


「姉さん、戦いのときよりよっぽど疲れた顔してるぞ」


 自室の手前でラスとアレクに出会って、いたわってくれた。

 この子たちの顔を見たら緊張がどっと緩んで、思わず涙ぐんでしまった。2人ともびっくりしている。


「ラス、アレク~。私、こういう宴会とか苦手なんだよ。疲れたよぉ」


 両手でガバッと彼らを抱きしめた。

 もう12歳になった2人は背も伸びて、身長も私とそんなに違わない。昔みたいに肩とか胸の辺りに頭が来るつもりで抱きしめたのに、戸惑ってしまう。


「ちょ、姉さん、やめろよ! 俺たち、もう小さい子供じゃないんだから」


「そ、そうですよ」


「ほら、ラスが照れて真っ赤になってる」


「なってません!」


 そんなやり取りにほっこりした。

 ああ、家に帰ってきたなあ。そう実感できた。


「ねえねえ、2人とも。竜退治の話、聞きたくない?」


「聞きたい!」


「お話してくれるんですか!」


「オッケー、じゃあ部屋でくつろぎながらおしゃべりしよう」


「それなら俺、ティトとマルクス呼んでくるよ。ついでに飲み物と軽くつまめるものも」


「え、いいよ、あの2人、忙しそうだったし」


「何言ってんだ。他のどんな仕事より、姉さんの出迎えのほうが大事だろ」


 そう言って、アレクはさっさと廊下を走って行った。

 私とラスが部屋で待っていると、お盆にいっぱいの食べ物と飲み物を持ったマルクスとティトがやって来た。アレクもいる。


「お嬢様、帰ってきたのなら教えて下さい。黙っているなんてひどいですよ」


「そうそう、せっかくお嬢様の好物を用意して待ってたんだ。ティトと2人で作ったんだぜ」


「ほんと! 楽しみ。ずっと宴会にいたけど、あまり食べられなくて。お腹ぺこぺこ!」


 そうしてみんなで笑い合いながら、最近の苦労をお互いに話した。

 竜退治の話はみんな夢中になって聞いていた。特にアレクが食い入るようにぐいぐい来て、男の子だなーと思ったね。


 ドルシスさんみたいな人は人の輪に囲まれて、色んな人とお酒を飲んで盛り上がって癒されるのかもしれないけど。

 私はいつもの家で、親しい人とのんびりするのが一番の癒やしだよ。


 竜のもたらした炎と破壊の非日常から、いつもの優しい日常に帰ってこられた。

 それがとても、嬉しかった。


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