第84話 ティトとマルクス1

 年末年始の恒例、里帰りから帰ってきてしばらくした頃。

 お昼前の時間に、ミリィが魔法学院の研究室に顔を出した。


「ゼニス、ユリア列柱回廊の近くに新しいお花屋さんが出来たの。一緒に見に行かない?」


「いいね。行こうか」


 私とミリィは学院の教師と生徒の関係だったが、彼女はもう卒業して一人前の魔法使いだ。

 彼女はなかなか優秀な魔法使いで、白魔粘土の製作もお手の物。勉強熱心で訓練も怠らないので、将来有望である。

 ミリィとは年齢が近いこともあって、今もお互い気楽な友人として付き合っていた。

 ティトも連れて首都の市街地に出かけることにした。


 細い道路を抜けると、ユリア列柱回廊が見えてくる。

 大貴族の一つ、ユリウス家門が古い時代に作った神殿で四角い建物だ。建物自体は外郭で中央に大きな中庭があり、それを整然とした並びの柱が取り囲んでいる。中庭にはユリウス家門の守護神、美の女神が祀られていて、外郭部分にはブロンズ像とか色んなオブジェが設置されており、見ているだけで楽しい。

 この列柱形式はユピテルでは極めて一般的な建築様式だ。フェリクスのお屋敷や実家の中庭も柱が連なってる。


 子供たちに人気のオブジェは「瀕死の鹿」。伏した格好の鹿のブロンズ像で、よじ登るのにちょうどいいのである。

 背中まで登って半開きの鹿の口に手を入れるのがセオリー。みんな登って遊ぶものだから、鹿の背中はテカテカになっているよ。







 お目当ての花屋さんはすぐに見つかった。

 辺りはユリア列柱回廊が近いこともあり、それなりに混雑していた。

 お店に近寄ろうとしたところで、ティトが呟く。


「あら? マルクス……」


 見れば確かにマルクスだ。お店の花の前で何やら考え込んでいる。

 私たちは人混みの中にいるので、向こうは気づいていない。

 声をかけようとしたら、


「マルクス! いつまで悩んでるの?」


 聞き慣れない声が彼の名を呼んだ。声の主は栗色の髪の若い女性。愛くるしい顔立ちをしていて、年齢は二十歳くらいか。

 マルクスはすぐ横に立った彼女を見て、苦笑いした。


「大事な贈り物だ、簡単には決められねえよ。どれがいいと思う?」


「まあ。私が選んでいいの?」


 彼女はそう言いながらも、花瓶や壺に活けてある花を何輪か取り出した。色とりどりの花を束ねて自分の髪に当てる。


「こんな感じでどう?」


「んー。バランス的に、もうちょい黄色が欲しいな」


「黄色ね、はいはい。マルクスも口うるさくなったわねえ」


「美的センスが磨かれたと言ってくれよ」


 なんだかずいぶん親しげな様子である。

 マルクスは彼女の髪に触れて、花の並びを調節した。


「うん、間違いない。よく似合うぜ。じゃあそれを輪にしようか」


「はぁい。うふふ、素敵な組み合わせね。嬉しいわ」


 彼女はもう一度、花束を横髪に添えるようにして微笑んで、店の奥に消えた。


「……なんで」


 私のすぐ隣でティトが言った。声が震えている。


「ティト?」


「あんな女、知らない。なんでマルクスが、あの人に花なんて買ってあげるの。あんなに一生懸命選んで……」


 ティトは半ば呟くように言うと、くるりと踵を返して走り出してしまった。


「えええ!? ティトー!?」


 びっくりして大声を出してしまったが、彼女は雑踏に消えた後だった。


「あれ、ゼニスお嬢様。ミリィも。こんなとこで何やってんだ?」


 私の声に気づいたマルクスが、こちらにやって来る。

 するとミリィが食って掛かった。


「マルクスさん!どういうことなの!」


「え?」


「マルクスさん、ティトさんと付き合ってるよね。それなのになんで、浮気してるの? サイテー!」


「え、何、どういうこと?」


「ええええ?」


 私とマルクスは大混乱である。


「マルクス、ティトと付き合ってたの!?」


「お嬢様は知らなかったか? しばらく前からな」


「うそぉ! 全然気づかなかった」


「ゼニスは鈍すぎるよ! それよか、今は浮気の方が問題でしょ」


 鈍いのは否定できないが、寝耳に水だ! ていうか浮気だって!?

 ミリィの非難の視線に、マルクスは慌てて両手を前に出す。


「俺なにもしてねえぞ? なんだよ浮気って!」


「ごまかそうとしてもそうは行かないわ。見てたんだからね。さっき、お花屋さんできれいな女の人と仲良くしてたでしょう。花まで買ってあげちゃってさ!」


「は? 女? ピナのことか? あいつは……」


 マルクスが言いかけた所で、店の奥からその彼女が出てきた。手には先ほどの花が輪に編まれている。


「マルクス、花輪が出来たわよ。あら、その人たちは?」


「ピナ! 助けてくれ、こいつら俺がお前と浮気したって言うんだ」


「はぁ?」


 ピナは目を丸くした。


「あのさ、状況が見えないんだけど。ちゃんと説明してくれる?」


 私が言ってマルクスが激しくうなずき、ミリィはまだ目を三角にしていて、ピナはぽかーんとしている。

 カオスだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る