第83話 ガールズトーク

 目の前にはお菓子とお茶が並べられたテーブル。お菓子はユピテルの伝統的なものから、アイスクリームを使ったものまでよりどりみどりだ。

 テーブルの周りにいるのは、オクタヴィー師匠、ティト、ミリィ、そして私。

 なにがどうなってこのメンバーが集ったのか知らないが、女子会なるものをするのである。

 本当はリウィアさんも呼びたかったけど、息子くんが風邪気味で目が離せないそうな。


「お酒はないの? 甘いものも悪くないけど、お酒が飲みたいわ」


 師匠が早速わがままを言いだした。


「申し訳ありません、オクタヴィー様。昼間ですし未成年が多いので、お茶とお菓子でお許しください」


 これはティトだ。

 ティトは17歳になった。ユピテルの成人年齢である。

 ミリィは14歳。私は13歳だ。確かに半数が未成年だね。


「まあ、いいけど。……で? 何を話そうというわけ?」


「オクタヴィー様の美しさの秘訣を教えてください!」


 ミリィが身を乗り出した。美容とかそういうのが気になるお年頃であるらしい。何気なさを装っているが、ティトも興味津々という顔をしている。

 師匠はまんざらでもなさそうに、前髪を指で弾いた。


「それはお化粧のセンスが大事よね。それと普段からのお肌のお手入れ。きみたちはまだ若いからいいけど、年を取れば取るほどお手入れは大事になるの」


「オクタヴィー様は若いじゃないですか」


「きみたちみたいな若さじゃないわ。さすがにね」


 師匠は肩をすくめている。


 ところで、ユピテルの化粧の話だが。なんていうか、怖い内容が多いのである。

 師匠は眉を優美なラインで描くのが好きだ。で、眉墨を使うのだけど、それがなんと炙った蟻であった。黒焦げになった蟻をすりつぶして、練り物にして眉を描くの。最初見た時「ひょえぇ」って言っちゃったよ。

 あと、美容パックも正直こわい。雌牛の胎盤とか使う。前世でも牛や豚、馬の胎盤はプラセンタといってサプリや美容液に入ってたけど、どこの世界の女性も美にかける情熱は凄まじいわ。


「おしろいは鉛の粉を使うのが一番良かったのに、ゼニスが絶対駄目だと反対するから。仕方なく違うのを使ってるわ」


「鉛ダメなの?」


 ミリィがこちらを向いたので、答える。


「駄目だよ。鉛は長く使うと中毒症を起こすの。肌にあざができたり、胃腸が悪くなったり。慢性的な頭痛が起きたり、最悪神経が侵されて正気を失ったりもするんだから」


「えーっ、こわいね」


 私が言うと、ミリィは目を丸くした。

 ファンデーションの鉛白以外にも、口紅に辰砂しんしゃ使ってたりするのよ。辰砂は水銀の原料でかなりの毒性がある。いくらきれいな紅色が出るからって、正気の沙汰じゃないわ。


「じゃあ、鉛以外でおしろい使うには、何がいいの?」


「手軽なものなら、小麦粉や片栗粉を精製したやつとか。あとは酸化鉄――赤い鉄や黄色い鉄ね。それに加えて雲母を細かく粉にすればいいと思う」


 前世の上の姉が手作り化粧品にハマっていたので、私もちょっぴり詳しい。

 片栗粉は前世ではじゃがいもやコーンのでんぷんだったが、ユピテルではユリの根っこを使っている。


 雲母はマイカといって、粉にすると光沢が出る。

 前世だとファンデ用の白色顔料はチタンの加工物がよく使われていた。でも、天然のチタン鉱石から白色を取り出す方法は私には分からん。硫酸とチタン鉱石を反応させて云々、てのはうっすら覚えているものの、硫酸もないし。

 硫酸があれば他にも色んなものを作れるかな? とは思う。とはいえ私が研究したいのは魔法であって、錬金術ではない。そんなに頑張りたくないや。


「ま、いくら鉛が肌ノリがいいといっても、健康に害が出るようじゃ話にならないわよね。今は私独自のレシピでおしろいを作ってるわ。評判いいのよ」


 師匠は得意げだ。

 その後も師匠自慢の美容レシピの話が続く。髪の手入れにローズオイルを使っていい匂いを出すとか、髪の一部に色の違うつけ毛をして変化を楽しむとか、前世でも通用しそうな話をしている。

 私も美容に興味がないわけじゃないが、そこに傾ける情熱があるくらいなら魔法の研究に打ち込みたい。


「いい話が聞けたわ! 媚薬効果のある草で香水を作って、ガイウスお兄ちゃんを誘惑しちゃう」


 ミリィが目を輝かせている。


「ガイウスが里帰りするのって、来年だっけ?」


「うん、そうよ。軍は女っ気がないから、きっと温もりに飢えてると思う。そこで美しく成長した幼なじみの魅力が心に染み込むわけ」


「あ、うん……」


 一途でけなげと言いたいところだけど、ミリィは肉食系の雰囲気がすごくて感想に困るんだよなあ。


「オクタヴィー様は、いい人はいないんですか?」


 ミリィが切り込んで、私はちょっとヒヤリとする。師匠は23歳、ユピテル貴族の基準から言えばそろそろ行き遅れだ。デリケートな話題である。


「いるけど、1人に決められなくて、ね」


 師匠は気だるげに足を組み直した。ついでに蜂蜜菓子を1つつまむ。


「私は結婚にこだわるつもりはないの。フェリクスの跡継ぎは兄様の子がいるし、自由にやっても問題ないもの。下手に嫁入りして相手の家に縛られるより、私は私のできることをやって行きたいのよ」


「ほへー」


 ミリィが間抜けな声で感心している。どちらかというと貧しい平民だった彼女は、女が一人だけで生きていけるのが信じられないのかもしれない。確かにこの国は男性社会で、女性が自活していくのはなかなか大変なのだ。

 ただ、師匠に関してはフェリクスが強大になりすぎたってのもありそう。今やフェリクス家門はユピテルで一番の貴族家だから、直系の娘である師匠の結婚は及ぼす影響がとても大きい。


「私、子供嫌いだから。家庭に入って子を生んでこそ女の幸せっていう価値観、どうにも馴染まないのよ」


 まあ、それも嘘ではないのだろうけど。


「……オクタヴィー様が熟考の上、決断されたのは存じています。ならばそれで良いかと」


 ティトが答えた。


「やあね、そんな真面目くさって言うようなものじゃないわよ!」


 師匠はさも可笑しそうにけらけら笑った。


「ティトは真面目よねぇ。そういうきみはどうなの? もう成人したんだから、好いてる男はいないわけ?」


「い、いません! あたしはゼニスお嬢様のお世話をずっと続けるんです!」


「いやそれもどうかと」


 真っ赤になっているティトに、思わずつっこんでしまった。そんな生涯を捧げるような仕事じゃないぞ。

 ミリィが続ける。


「ティトさん、マルクスさんはどうなの? 仲いいよね」


「マルクス!?」


 ティトは勢いよくミリィを見た。

 彼女とマルクスは確かに息ぴったりだけど、ケンカ友達とかそんなんじゃないのかな。好きとか恋とか言ったらまた毒を吐きそう……。

 と、思ったのだが。


「マ、マルクスとは何もありません! ありませんから!」


 ティトはますます顔を赤くして、必死で言い募った。


「あやしい~。そこまでムキになるなんて、実は付き合ってるとか?」


「えっそうなの!? ティト、ほんと?」


「あら、何よ。手近なところに男がいたのね」


 皆で口々に言う。ティトは少しだけ涙まで浮かべて、反論してきた。


「ないですからっ! それよりゼニスお嬢様、あなたはどうなんです!?」


「私? どうも何も、何かあるわけないじゃん」


 自慢じゃないが、前世からの筋金入り喪女だぜ! 年齢イコール彼氏いない歴だぜ! 前世今生を通算すれば四捨五入で50年である。そこらのファッション喪女とは年季が違うのだよ、年季が。

 ティトは顔を強張らせ、さらに言ってきた。


「じゃあ、好きな人のタイプは? どういう人ならお嬢様の目にかなうんですか」


「あ、それあたしも知りたい」


「ゼニスもあと何年かしたら適齢期だもの。名高い氷の魔女を射止めようと、あちこちからお見合いの釣書が来るでしょうね」


 げげっ、矛先がこっちにきた。なんてこった。

 好みと言われても……。メガネ属性とショタっ子はあくまで二次元の趣味だし。


「別にないかな……」


「またそんなことを言って」


「きっとゼニスは、好きになった男がタイプになる人間よ。『私のタイプは恋人のこの人なの!』ってね。時々いるでしょ、そういう人」


「あ、わかる! ゼニスってそんな感じ」


 好き勝手言ってやがる。

 その後もいろいろ追求されて疲れてきた頃に、ティトが言った。


「年下はありですか?」


「うーん? まあ年齢差にもよるけど。2、3歳くらいまでなら?」


 もう嫌になっていた私は、テキトーに答えた。


「ゼニスお嬢様が男性に一番求めるものは、何です?」


「えええ、まだ続くの……じゃあ、私の駄目なところも受け止めてくれる人」


 かなりやっつけな回答だが、もういいじゃろ。

 その辺りで話題がなんとなく変わり、オクタヴィー師匠のオトナな男性遍歴に入っていった。ティトとミリィはきゃあきゃあ言いながら盛り上がり、私は割とドン引きしていた。

 ユピテル人は色恋沙汰の夜の部分もオープンなので、本当に困る!







+++







 女子会が終わってしばし後。


「ラス殿下。聞いてきましたよ」

「ありがとう、ティト。どうでした?」

「年下はアリだそうです」

「本当ですか! やった!」

「それから男性に一番求めるのは、欠点を含めてありのままのお嬢様を受け止めてくれる人だそうですよ」

「ゼニスに欠点なんてないから、全部受け止めます。問題ありません」

「それは夢を見すぎだと思いますが」


 などという会話が交されていたのを、本人はまったく知らないのだった。


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