閑話

第82話 後日談


 首都に帰ってきて2ヶ月ほどが過ぎた。季節はもう冬だ。


 北西山脈への旅は、私自身にも他の人々にも大きな影響を落とした。

 私はこれまで、前世も今生もごく平和に生きてきた。武力や暴力で暮らしが脅かされたことなんてなかった。

 何の根拠もなくそれがずっと続くと思っていたけれど、そうではない。

 これからも素材や資料探しで各地に赴くことになれば、当然危険はあるだろう。

 最低限、自分の身を守る程度の力は必要だった。


 それともう一つ。狼を何匹も殺したのが、思ったよりも心にダメージが来ている。

 あの時は無我夢中だったけど、今でもよく悪夢に見るんだ。

 あの戦いの時、白犬のプラムが助けてくれたと感じている。その反面で、プラムの親戚みたいな狼をたくさん殺してしまった。

 たかが――という言い方はしたくないけど――狼でこれだ。もしこの先人間の野盗やらに襲われても、私に殺人は無理かもしれない。

 かといって大人しく死ぬわけにもいかない。

 だったら殺さずに追い払えるくらいの、強い力が要ると思った。最低限じゃ足りない、もっと強い力だ。







 で、最近は攻撃魔法の研究をしている。

 攻撃魔法は前世のゲームやラノベが参考になるので、アイディアは山ほどある。

 科学知識を呪文に盛り込めば、私以外は発動できない。だからこの国に大きな影響を及ぼすこともない。

 いずれ科学が発展すればそういった魔法を使える人も出てくるだろうが、そこまでは私の預かり知るところではないから。


 研究内容が漏れないよう、日本語でノートを書いた。漢字をけっこう忘れてしまっていて焦った。

 他人にバレないのをいいことに、行き詰まったときに中二病なポエムも書き散らしてしまった。「満ちたる月よ、その丸い輝きはいずこの世界を照らす?」みたいな。深い意味どころか浅い意味すらないよ!


 とりあえず、落雷の魔法と爆発の魔法は完成した。

 爆発については、ユピテルじゃ「爆発」という概念がそもそもないのだ。そういや自然界で爆発現象はあまりない気がする。火山噴火くらいだろうか? でも噴火は爆発じゃなくて、あくまで噴火だからなぁ。

 けれど魔法語にはそれっぽい単語があった。文字の意味も読みも分かるのに、単語として不明だったわけだ。

 新発見だが、この喜びを分かち合えるシリウスが不在なのがちょっぴり寂しい。


 次に落雷。

 これね、前世のRPGオタクとしては某有名シリーズの「天光満つる処に我は在り……」ってやりたかったんだけど、この世界の呪文のルールがあるから無理だった!あの詠唱超かっこいい。しっかり暗記してゲームのセリフと一緒に口に出したりしたぞ。あれの使用者としては、第二作目の喋る剣が出るやつで、メガネっ娘とおじいちゃん剣の組み合わせが好きだった。私がプレイしたのはリメイク版だったけど、姉がオリジナル持ってたな。ハードが違って遊べなかったんだよね。あと歌がキーワードのやつでネクロマンサーのメガネおじさ……お兄さんも気に入ってた。あれ、私メガネ属性なんだろうか。いやそんなことはない、銀髪姉弟の天才弟や金髪二号弟くんも好きだったもん。じゃあショタと眼鏡属性か。マジカヨここで自分の性癖再発見してしまった。うそー。


 ――やばい、早口ならぬ早思考でオタクの思い出をダダ漏れさせてしまった。

 もう前世はだいぶ前なのに、こういうのはきっちり覚えている辺りオタクの根深さを感じる。漢字は忘れてたくせにね!


 話を落雷に戻そう。これも前世の科学知識を織り込んでいけた。ソースはテレビ番組の「教えて先生! 夏休みこども科学教室」みたいなやつだ。

 私は文系人間だが、この手の科学番組は好きでよく見ていた。おかげで助かっているけれど、所詮素人なのでどっかで弊害が出ないか心配ではある。まあいいや、問題が出たら対策しよう。


 爆発も落雷も一人でこっそり郊外に出かけて実験し、発動に成功した。正直、最初の時はどちらも威力が高すぎてビビった。

 爆発は大きめの岩が爆散した。雷はけっこうな大きさの木が炭化して真っ黒になった。こえーよ。

 熊みたいな大物ならともかく、対人や狼程度のサイズの相手にはオーバーキルだと思う。

 もうちょっとこう、死なない程度に無力化できる方法はないか。


 そう考えて、強制睡眠や幻覚の魔法を今は研究している。

 だが、意外に難航している。肉体に影響する治癒魔法はちゃんと発動するのに、精神……いや、脳かな。脳に影響する魔法はどうにも難易度が高かった。

 脳は魔力の起点だからかもしれない。あるいは、私の脳に対する理解が低いせいか。脳の仕組みは前世でもまだまだブラックボックスだったもの。

 なんにせよ、もっと呪文をブラッシュアップする必要があった。







 あとは、武術を習い始めた。ティベリウスさんの奥様のリウィアさんと、ドルシスさんの2人が師匠だ。

 リウィアさんは個人としての武芸、ドルシスさんは集団戦闘を前提とした戦い方を教えてくれた。

 私は前世では運動神経が壊滅していたが、今生ではまあまあ良い。訓練するとだんだん思った通りに動けるのが面白くて、積極的に教わっている。

 前世じゃいくら練習したってダメダメのクソダメで、スポーツなんぞ何が面白くてやるんだと思っていたが。普通の人はこういう楽しさがあったんだね。


 私の得物はショートソードだ。本当の短剣よりもう少し刃渡りの長い、女性でも扱いやすい武器である。

 ちなみにユピテル軍団兵の正規武器はグラディウスといって、刃渡り50センチほどの剣。ショートソードより少し大きいが、剣闘士なんかのロングソードよりは小ぶりな造りだった。


 古代の軍はもっとゴツい武器を使っているイメージだったのだが、実物は案外コンパクトで驚いた。

 ドルシスさんいわく、集団戦闘時に取り回しやすく、かつ、対人の殺傷力は十分な大きさなのだそうだ。

 ずっと昔は長剣を使っていたが、かつての南の大国ソルティアとの戦争の折に改良され、今の形になったと。

 武器が小型化したおかげで機動力も上がり、より柔軟な陣形変更が可能になったとのこと。

 騎兵の突撃力と機動力、歩兵の練度の高い柔軟さの組み合わせでユピテル軍は連戦連勝、この一帯の覇者になったのである。


 グラディウスと長方形の盾、それに鎧兜と投げ槍がユピテル軍団兵の武装である。全部入れると50キログラム以上になる。

 これらをフル装備で時速6キロメートルを1日10時間とか移動するから、兵隊さんは体力勝負だわ。







 アレクとラスの2人は貴族学校で武術を習っているが、私と一緒の訓練も始めた。アレクは筋がいいと褒められていた。

 ラスはアレクのような才能はあまりないが、上手く行かなくても諦めずに練習を重ねていた。

 彼らは北西山脈の旅以来、なんだか急に大人びてしまった。

 成長を喜ぶべきなんだろうけど、どうにも寂しさが残っている。もう少し子供でいてもいいと思ってたのにな。







 以上が最近の私の取り組みだ。

 魔力石の採掘は大事業になるので、まだ採掘は始まっていない。技師が測量に手を付けたところだ。

 ティベリウスさんに環境保全の重要さをしつこく訴えた。監督役の肩書をもぎ取ったから、採掘事業が開始したら見学に行こうと思っている。


 こんなところかな?

 旅の時とは打って変わって、今は日常を満喫しているよ。いつも通りとは素晴らしいことだね。


 ……おっと。そろそろ、魔法学院の講義に行く時間だ。それじゃ、またね。


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