第75話 山麓の街
6日間の旅を経て、私たちは北西山脈の麓の街に到着した。
切り開かれた森の中、背後にそびえるように山々が連なる街だった。街の規模もそれなりに大きく、人の往来も多い。
周囲の開拓も進んでいるようで、切り倒された樹木が山積みになっているのが、道すがらで何度も見えた。
ここはもともとノルドとの交易の拠点で、ここ数年は魔力石の採集をする人でも賑わっている。
表通りに立ち並ぶお店では、名産品の毛皮や皮革の製品がたくさん積まれている。コートや帽子などの服飾品から、絨毯とかムートンみたいな家具もある。
その他にも山脈を越える人のために、日持ちする携帯食料やロウを塗って防水加工した布などが売られていた。
アレクとラスは連日の強行軍でかなり疲れた様子だったが、初めて見る街の風景に目を輝かせている。
アレクが獣の牙や骨を加工した製品を扱うお店の前で足を止めて、ドルシスさんに頭をはたかれていた。
途中のお店で、私と子供2人の革のブーツを買った。鹿の皮でできた、しっかりした作りの一足だ。
今までは普段と同じ革のサンダルだったが、これからは森や茂みに分け入って進む。サンダルでは足が傷ついてしまうからと、新調したのだ。
アレクもラスも足にマメを作っている。いくつかは潰れてしまって、包帯が巻いてあった。ドルシスさんが手当てしてくれたのだ。
ドルシスさんは相変わらず厳しいけど、理不尽なことは言わないと2人も理解したらしい。怯えるだけじゃなく、素直に言うことを聞くようになった。
手当てと言えば、実は以前、回復魔法の開発を済ませていた。今回はドルシスさんが対応してくれたけど、もしまたマメが潰れそうだったら魔法をかけてあげよう。
回復魔法の実験時、効果を確かめるのに自分の手のひらをナイフで切ったら、思った以上に血が出て卒倒しそうになったのはいい思い出である。傷はちゃんと治ったぞ。
この街で一泊後、シリウスとはお別れになる。
私たちは山麓の採集地へ、彼は登山して山脈を越えてノルドへ。
最後に一緒に晩ごはんを食べながら、色々と話した。
「安全第一で、気をつけて行ってきてね」
「分かってる。まあ見ていろ、記述式呪文の新発見を土産に持って帰ってやるから」
案内人さんも「任せて下さい」と言ってくれた。
「ただ、ユピテルに帰るのはいつになるか分からんな。とりあえず一年を目安に考えているが……」
もしブリタニカで大発見があったら、それだけ帰りは遅くなるだろうね。
「手紙は出すつもりだ」
「ちゃんと届くかな?」
「分からん。手紙を出した時期によっては、僕が帰ってくる方が早いかもな」
ブリタニカのある北ノルド地方とユピテルでは、国も違うし難所の北西山脈を挟む。郵便配達人なんていないので、行商人や旅人に頼むことになるだろう。
「ブリタニカの奴らに白魔粘土を見せて、驚かせてやるよ。ユピテルも魔法が発展してるんだってな。ついでに氷の魔女ゼニスの名前も広めといてやる。そしたら、いつかお前があちらに行った時、役に立つだろ」
「えぇー。ただのゼニスでいいよ。氷のなんちゃらはいらない」
「なんでだよ。かっこいいだろ。僕も二つ名が欲しいんだ」
なんてことを話しながら過ごした。
シリウスはいつもよりお喋りで、きっと不安なんだろうなと思った。でも決意は揺らがないようで、やっぱり行きたくないとか不安だとかは一言も言わなかった。
翌朝、採集地に行く私たちは、シリウスと別れた。彼らはこの街でもう少し旅の物資を整えて、山脈越えに向かうとのことだった。
高山に近いこの街は、まだ秋の初めだというのにひんやりとした空気に包まれている。
お互いに手を振って、街の雑踏に消えていくシリウスと案内人を見送った。
無事に戻ってきますようにと、私も心の中で幸運の女神様に祈ったよ。
気持ちを切り替えて、私たちも出発の準備をする。
「食料は各自、1日分は自分で持つようにして下さい。万が一遭難した時に、生存率が違います。本来は水もだが、川沿いに進みますし、魔法使いがいるので大丈夫でしょう」
と、採集隊のリーダーが言った。
私たちは非常用食料として固く焼いた平パンと干し肉、それに干しぶどうをもらった。布に包んでリュックに入れておく。
アレクとラスもしっかり自分で準備をしている。首都のお屋敷にいる時はティトや他の使用人たちに手伝ってもらっていたのに、もうずいぶん慣れた様子でテキパキやってる。ドルシスさんのスパルタ教育の成果が出ているなぁ。
そうして準備ができたので、出発となった。
先頭に採集隊の人が2人、次に私と子供たち、ドルシスさん、兵士、馬車、最後に残りの採集隊メンバー。こんな並びで進んだ。
先に進むと道が舗装されておらず、馬車がかなり揺れるとのことで、私も歩くことにした。
街を出てしばらくは山に向かう道を歩く。ここは幅広で舗装もきちんとされている道だった。
この辺りも木々が伐採されており、何度か材木を積んだ荷馬車とすれ違った。
「切った木は建物や船の建材になったり、ユピテルまで運んで薪にしたりするんですよ」
と、採集隊の人が教えてくれた。
こんな遠いところから木を運んでくるんだ。確かに首都は人がいっぱいで、住居も薪も不足がちだものなあ。
特に薪は煮炊きもお風呂のお湯を沸かすのも、暖を取るのも、とにかくたくさん使う。前世の石油みたいなものだ。
古代世界ではあるが、ユピテルは大量消費文明の先駆けになってるな……。
前世の環境破壊を知る私としては、複雑な気分である。
そんなことを考えていると、一行は道を横に逸れた。今までとは違う、踏み固められただけの道。森の中、木々の間を縫うように伸びる細い道で、起伏があるのでちょっと歩きにくい。
朝露を含んだ下草が山からの冷たい風に揺れて、私たちの靴や服の裾を濡らす。
さっそくブーツが活躍したね。
しばらく歩くと、やがて視界が開けて川のほとりに出た。
ざあざあと勢いよく流れる水の音が聞こえる。
石の転がる河原の向こうで、岩がちな川が小さな水しぶきを上げながら流れているのが見えた。
「最初の頃は、この辺りでも十分な量の魔力石が採れたんだけどねえ」
採集隊の1人がやれやれと首を振る。
「今じゃ、もっと上流に行かないとさっぱりです。……進みましょうか」
川岸の道を歩いて行く。大きな石はよけられて道になっているが、小石はそこらに転がっている。
後ろで馬車の車輪が小石を噛んで、ガタン、ガタンと音を立てていた。
「アレク、ラスも。足のマメは大丈夫? 痛くない?」
歩きながら、私は聞いてみた。
「大丈夫です。包帯を巻く時、ドルシスさんが薬草の軟膏をつけてくれましたから」
「あれ、効くよなー。ドルシスさんは強いし物知りだし、すげーよ」
おや、すっかり尊敬してるな。
彼らの足取りはしっかりしていて、昨日までの疲れも残っていないようだ。
この調子なら心配はなさそう。というか、私自身が足手まといにならないようにしないとね。
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