第74話 ペナルティ

「2人とも、どういうこと!? ちゃんと留守番するって約束したよね?」


 馬車を止めてもらい、アレクとラスを立たせて叱った。

 ラスは小さく縮こまっているけれど、アレクは不満そうに口を尖らせている。


「ティトやお屋敷の人たち、きっと心配してるよ。みんなに心配かけていいわけないでしょう!」


「平気だよ。ちゃんと手紙を書いて、部屋に置いてきたもん」


「そういう意味じゃない!」


 アレクはぶすっとした顔で、反省の色が薄い。


「だいたい、どうやって馬車に潜り込んだわけ? 馬車は御者さんが見張ってたのに」


 叱りながら疑問を聞くと、こんな答えだった。


「倉庫地区の馬車置き場で、近くにいた子供にお菓子あげて頼んだんだ。あの御者の注意を引いておいてくれって。うまくやってくれたから、そのスキに荷馬車に乗って荷物の後ろに隠れた」


 反省どころか、アレクはちょっと得意げですらある。こいつめ!!


「出発前のあの時の、物乞いのガキか……」


 御者が苦い顔をしている。

 そういえばそんなこともあったな。私たちを見て逃げていった子だ。


 これ、どうしたものか。

 首都から既に丸1日以上の距離にある。いくら街道があるとはいえ、10歳の子供だけで帰すわけにもいかない。

 かといってこちらの人数も余裕があるわけじゃない。ただでさえ魔力石が足りないのに、採集隊の人手をさいて送り届けるのは申し訳が立たない。

 兵士が2人いるから、送ってもらうとしたらこの人たちだろうけど。そうなると護衛がドルシスさんと兵士1人きりになってしまう。私自身の身の安全はもとより、ドルシスさんの安全確保的にもそれはまずいのでは。


 どうすりゃいいのよ。判断がつかず頭がぐるぐるし始めたところで、アレクが言ってきた。


「姉ちゃんはずるいんだよ! 自分はもっと小さい頃から自由にいろんなことしてるのに、俺とラスはいつまでも子供扱い。俺らだってもう大きいんだ! 好きにやっていいじゃんか!」


「アレク、言い過ぎです」


 ラスが小声で言っているけど、アレクは引っ込まない。


「だから――」


「黙れ!!」


 さらに言い募ろうとしたアレクを、厳しい声が阻んだ。

 ドルシスさんだ。師匠そっくりの赤い短髪が、怒気を帯びて逆立っているようだ。

 大人の男性の低くてお腹に響く声に、アレクとラスはびくっとして黙った。


「先程から聞いていれば、ゼニスの真っ当な叱責に耳を貸さず、勝手なことばかり言いおって。

 お前たちは決まりを破った。家で留守番すると約束していたはずが、あっさり反故にしたな。

 軍団兵であれば、規則を破れば厳しい罰を受ける。お前たちは兵士ではないが、それ相応の罰を受ければならない」


「だ、だって、俺たちも遠出をしてみたくて――」


「黙れ、お前たちに発言権はない!

 遠出をしてみたいのなら、そう頼めば良かったのだ。今回は難しくとも、ゼニスであればお前たちの希望を無下にしなかっただろう。違うか?」


 ドルシスさんが私を見たので、うなずいた。


「アレクとラスがそんなに旅をしてみたかったなんて、知らなかったよ。もし知ってたら、近いうちに時間を作って計画立てたと思う」


 これは本心だ。あの子たちの願いは、できれば叶えてあげたい。


「そういうことだ。お前たちがするべきは、盗賊のようにこそこそと立ち回るのではなく、正面から言葉で訴えることだった。

 正しい行いを怠り、誤った行動を実行に移した。これがお前たちのそもそもの間違いだ」


 ドルシスさんの言に反論できず、アレクもラスもうなだれている。


「お前たちのもう一つの過ちは、我々の仕事を妨害した点だ。お前たちを家まで送り届けるには、人手が足りぬ。魔力石の採集は、今やフェリクスの重要な任務だからな。それをお前たちが邪魔をしたのだ」


「…………」


 二人は落ち込んで顔色を悪くしている。ちょっと気の毒になるくらいだ。


「今からお前たちを家に送ることはできん。ゆえに、連れていく」


 そう言われて、アレクがそっと上目遣いでドルシスさんを見た。


「だが、勘違いするなよ。お前たちはあくまで規則を破った処罰対象だ。本来ならば受けられる、貴族や王族としての待遇はないと思え。

 移動は徒歩。馬車を使うのは許さん。旅の最中、身の回りの支度は全て自分でするように。

 仕事も割り当てる。お客様気分ではいられないと叩き込んでやるから、覚悟しろ。……返事は?」


「はい!」


「はいっ!」


 アレクとラスは、直立不動で叫ぶように返事をした。その表情は罪悪感と緊張にまみれて強張っている。


「よろしい。では、すぐに出発する。遅れた分を取り戻さねばならん」


 ドルシスさんが言って片手を上げると、採集隊と兵士たちは所定の位置に戻る。御者も御者台に戻ってきて、手綱を取った。


「アレクとラスは馬車の後ろを歩くように。俺はお前たちがサボらないよう、その後ろから見張ってやる。……返事!」


「は、はい!」


「はいっっ!」


 こうして、新たな同行者を加えた旅が再び始まった。







 馬車の後ろをアレクとラスが歩いている。速度はそんなに早くないが、なにせ長距離だ。

 きちんとついて来られるか心配で、何度か後ろを覗いてみるが、その度に最後尾のドルシスさんがこちらを見るなとジェスチャーしてくる。


「ちょっと厳しすぎるんじゃないですか?」


 小休憩の時、私はこっそりドルシスさんに言ってみた。


「あの子たちはまだ10歳です。体力も大人より少ないでしょう。あまり無理をさせて、具合が悪くなったら……」


「心配するな」


 しかし、彼は私の言葉を遮って言った。


「そのために俺が最後尾についている。いよいよ足が痛くなったとか、体力が限界になったなどであれば、ちゃんと休ませるさ。

 大事なのは毅然とした態度だよ。甘ったれて許してもらえるなんて考えを捨てさせるためのな」


 むう、そうか。確かに私は甘いと思う。でもなぁ。


「何、さっきはあの悪ガキ共を脅かすために、あえて厳しくしてみせたんだ。実の所を言うと、俺はああいう思い切ったことをする奴は嫌いじゃない。ただ、ここであっさり許してしまうと後々良くないからな。内緒にしておいてくれ」


 そう言って、ウインク1つ。

 先程の厳しい軍人の面影がきれいさっぱり消えて、チャーミングなお兄さんになっている。

 私は思わず微笑んでしまった。


「……分かりました。ご迷惑をおかけします」


「ゼニスが謝ることじゃない。まあ、任せておけ。いい機会だから、自立の一歩と行こうじゃないか」


 自立、そっか。まだまだ子供と思ってたけど、ユピテルじゃ自立が始まる年頃だ。

 平民なら、13~14歳くらいで親元を離れて働きに出る子も珍しくないし。

 私も考えを改めないとなぁ……。


「俺は軍で新兵の訓練も担当していた。ちょいと年齢は違うが、悪ガキの扱いは慣れてるよ。気を配っておくから、安心してくれ」


「はい。ありがとうございます」


 アレクはともかく、ラスは悪ガキカテゴリに入れるのは違う気もするが、こう言ってくれている以上は任せよう。

 ドルシスさんは私の頭をぽんと叩くと、大声を張り上げた。


「――さあ、悪ガキ共!休憩は終わりだ。次の街まで休み無しで行くぞ!!」


「はいっ」


「は、はい!」


 こんな調子で、旅は続いていく。







 余談だが、軍人モードのドルシスさんを見たシリウスが、


「なんだあれ……非常に怖いんだが……」


 と怯えていた。お前さんがビビってどうするね。

 彼の取扱説明書に「意外にビビりです」って書くの忘れちゃったな。まあいいか!

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