第73話 出発の日

 出発の日がやって来た。

 早朝、早起きをして身支度を整え、玄関へと行くと、ドルシスさんと採集隊の人たちはもう集まっていた。

 シリウスと見送りの学院長の姿も見える。


「おはようございます」


「おはよう」


 採集隊のメンバーは4人。3人が男性で1人だけ女性だ。その女性は男性メンバーの1人と夫婦とのことだった。

 その他に兵士が2人いる。フェリクスの私兵で、ドルシスさんの部下になるそうだ。


「じゃあ、そろそろ行ってくる!」


 お屋敷の見送りの人たちに向けて、ドルシスさんが大きな声で言う。


「ゼニスお嬢様、くれぐれも気をつけて」


 これはティトだ。彼女はアレクの世話があるので、留守番になる。昨日も忘れ物はないか、服装は大丈夫かとえらく気をもんでいた。

 考えてみれば、ティトと長期で離れるのは初めてだ。不安そうな顔をしている彼女に向かって、笑いかける。


「大丈夫だよ。何も危険はないし、ドルシスさんも他の人もいる。お土産買ってくるから、楽しみにしてて」


「はい……」


 ティトは落ち着かない様子ながらも、頷いてくれた。


「マルクス、ティトのことお願いね」


「任せとけ。お嬢様がいなくて寂しくて泣いてたら、ちゃあんと慰めてやる」


 マルクスが冗談めかして言うと、ティトは鼻にしわを寄せた。


「あんたに慰めてもらうくらいなら、アレク坊ちゃまに頼むから。馬鹿は休み休み言って」


「それでこそティトだ! あははっ」


 この2人は相変わらずだね。


「ゼニス姉さま、いってらっしゃいませ」


「俺たち学校があるから、もう行くよ」


 ラスとアレクが言う。貴族学校は朝が早いので、彼らは一足先に走っていった。もっと寂しがると思ったら、あっさりしたものだ。


 一通りお別れを言って、私たちは歩き始めた。

 首都では混雑防止のため、日中の馬車の乗り入れが禁止されている。馬車が許可されている倉庫街まで徒歩で行って、そこで馬車に乗る予定だ。

 馬車には昨日のうちに必要な荷物が積んである。

 小一時間ほど街路を歩く。まだ早朝の時間だけれど人出は増え始めていて、通りに面したお店も戸を開けている人々がいた。


 やがて馬車禁止区画を過ぎた。倉庫街の近くで馬車が待っている。

 御者は採集隊の人だが、御者台から降りて何やらしている。


「どうした?」


 ドルシスさんが声をかけると、彼は振り返った。体の影に隠れていて見えなかったが、彼の近くに子供がいる。


「このガキが物乞いをしてくるんで、追っ払おうとしてたんです」


 質素な身なりをしたその子は、私たちを見ると脱兎の勢いで逃げていった。あらら。

 首都は人口が多いせいで貧しい人も多い。子供の物乞いも珍しくなかった。


「ちっ、やっと行きやがった。……あぁすみません。何でもないです」


 そこで馬車に乗り込む。馬車に乗ったのは御者以外では、私とシリウスだけ。他の人は徒歩で行くようだ。

 大きな袋がいくつも積んである荷台に、スペースを作って座った。


「出発します!」


 ガラガラと車輪の音を立てて、馬車が進み始めた。







 首都ユピテルは城壁を持たない都市だ。壁を作って防備を固めるよりも、そもそも首都を攻められない体制を作って、開かれた街作りをしている。今となっては古い時代の城壁が、一部残っているのみである。

 そのため街を出たかどうかは、建物がまばらになって行くのを見ながら判断をした。


「首都を出たら、6日ほどで北西山脈に到着します。途中は宿場町に泊まります」


 採集隊の1人が言う。


「あまり急がず行きます。今日も日没までに次の街に着くので、楽にしていて下さい」

「はい、分かりました」


 ユピテルの街道は石畳でしっかりと舗装されている。馬車も徒歩に合わせたゆっくりなので、思ったほど揺れない。


 これらの街道の第一目的は、軍用道路。平らに舗装された街道は歩きやすく、また可能な限りまっすぐ作られている。山があれば切り開いてトンネルを掘り、川があれば橋をかける。いわば古代の高速道路だ。

 ユピテルはこの街道を全国に張り巡らせることによって、兵士の移動をスムーズに行い、兵力の弾力的な運用をしてきた。


 そして街道は軍事目的以外でも、旅人や商隊の移動を助けている。1日の移動距離にあわせて宿場町も整備されている。

 ユピテルがあれだけ豊かに繁栄しているのは、流通が盛んで各地から豊富な商品が首都に運び込まれているためでもある。

 もちろん、そのおかげでフェリクスの冷蔵運輸も大いに繁盛しているわけだ。


 すべての道はユピテルに通ず。もしくは、すべての道はユピテルより発する。

 この街道こそが、この国の最も大きな特徴だと思う。







「そうだ、シリウス。貴方の取扱説明書を作ったから、見てみて」


 馬車に揺られることしばし、私はシリウスに例の取説を手渡した。案内人の人に見てもらうつもりだが、本人にも確認してもらいたい。


「見せろ。どんなことを書いたんだ」


 小さい冊子を受け取って、シリウスが読み始める。


「なになに……シリウスは会話が得意ではありません。特に、表情や空気を読んだりニュアンスを察したりするのが苦手です。伝えたい事がある時は、言葉ではっきりと言って下さい。

 あいまいな言い方は混乱のもとです。細かいところまで具体的に伝えて下さい。

 また、思ったことをそのまま口に出してしまいますが、悪気はありません。

 集中力がすごく高いので、話しかけても聞こえない時があります。無視しているわけではありません。

 集中を乱されると怒る時があります。自分のペースを乱されるのが、とても苦手なのです。……」


「どうかな? 間違ってるとこがあったら直すから、教えて」


「いや……正しい。ゼニスは僕より僕のことを分かってるんじゃないか」


 ちょっとむすっとした顔をしながらも、シリウスは納得してくれたようだ。

 まあその辺は年の功である。あと前世でコミュ障対策の本やら情報やらが出回っていたから。


「じゃあ、それを案内人の人に渡しておいてね」


「分かった」


 伯父である学院長が紹介してくれた案内人なので、たぶん大丈夫だろう。学院長はシリウスのことを子供の頃からよく知ってるわけだし。







 その後はお昼休憩を取ったくらいで、ずっと進み続けた。

 私は馬車に座っているだけだからいいけど、他の人はよく歩くなあ。これでゆっくりペースなのか。

 そう口に出して言ったら、ドルシスさんが笑った。


「この手の仕事は体が資本だからな。軍団兵だってそうさ。武装一式と食料やその他の備品を担いで、1日10時間の行軍に耐えられるよう鍛えている。今回は軽装、荷物は馬車だから楽なもんだよ」


「うわ、それはやっぱり、体力的に男性にしか務まらないですね」


「そうだな、女は魔法使いだけだからなぁ。魔法使いは一般兵より軽装で待遇も優遇されてるから、何とかなってるぞ」


 軍人志望のミリィは、なかなか厳しい職場が待っていそうだ。でもあの子は根性があるから、きっと大丈夫だろう。


 日没近くになって、次の宿場町に着いた。首都に近いだけあってそれなりに大きい規模の街だ。賑わっている。

 採集隊の人たちがいつも利用している宿に入った。私は採集隊の女性と相部屋になる。


「ゼニス様、すみません。宿の都合で相部屋で」


「いえいえ、平気です」


 地方出身の平民である彼女は恐縮しているが、私は別に構わない。どうせ今後、採集地で野営になった時は雑魚寝だし。

 その日は晩ごはんを食べて、早めに休んだ。






 次の日も朝早くに出発になった。

 シリウスと二人、ゴトゴト馬車に揺られていると。


「……?」


 ふと、荷台の袋が不自然に動いた気がした。


 なんだ? まさかネズミが紛れ込んでるとか? だったら追い払うなりしないと、食料をかじられてしまう。

 私は手近にあった棒を握りしめた。


「ゼニス、どうした?」


 シリウスが棒を振りかざした私を見て、ぎょっとしている。


「あの袋が動いたの。たぶんネズミかなんかがいるんだと思う。棒で威嚇して追い払うから、シリウス、袋をどけてくれる?」


「あ、ああ、分かった」


 ネズミ程度なら他の人の手を煩わせるまでもない。

 せぇの! と声掛けをして、シリウスがバッと袋をよける。


「ネズミ、出てけー!!」


 同時に気合の声を上げて棒を振り上げ、振り下ろす直前。


「ネズ、ミ……!?」


 袋の陰から現れたのは、ネズミではなく。


 身を寄せ合ってすやすやと眠っている、アレクとラスの二人だった。



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