第71話 ドルシス


「魔力石の在庫が枯渇しそう、ですか?」


 シリウスとブリタニカの話をして、数日後。

 ティベリウスさんの執務室に呼び出された私は、話を聞いて驚いた。


「冷蔵運輸事業が予想以上に好調で、白魔粘土の需要は非常に高い。それに近々、軍の食料輸送にも冷蔵が使われる予定だ。元老院の正式な決定はまだだが、時間の問題だよ」


 リウスさんが言って、オクタヴィー師匠が言葉を引き継ぐ。


「それなのに魔力石の採集量が減っているの。あの石は北西山脈の河原に落ちているのだけど、既存の場所は取り尽くしてしまったみたいでね。採集範囲を広げているものの、需要に追いつかないのよ」


 そうだったのか。

 白魔粘土製作は、携わる魔法使いの数が増えたおかげで足りている。それなのに今度は原料が足りないとは。


「ゼニス、きみは各地の素材を集めて記述式呪文の実験をしていたわね。白魔粘土の代替品になるようなもの、ないかしら?」


「ないです。他の素材は魔力反応が弱すぎて、とても白魔粘土の代わりになりません」


「そう……。残念だわ」


 私が首を振ると、師匠は落胆したように息を吐いた。


「ただ、可能性はあるんだ」


 リウスさんが言う。


「河原に転がっている分だけではなく、山脈のどこかに鉱脈が存在する可能性だ」


「そうか! 河原にあるってことは、どこからか流れてきたことになりますね!」


 砂金が採れる川の上流は、金鉱脈が眠っていることもある。それと同じ理屈で北西山脈のどこかに魔力石の鉱脈があって、河原の小石はそこから流れてきたのでは。


「とはいえ、少し前から鉱脈の調査もしているが、雲をつかむような話でね。いつになれば成果が出るか、見通しは全く立っていない」


 それは、そうか。前世でも鉱脈探しは山師などと言われて、半ばギャンブルだった。当たれば大きいけど空振りも多い。


「ゼニスが集めていた素材で、代替品はないかと思って呼んだのだが。これはいよいよ逼迫してきたな」


「いっそ北西山脈の向こう側に採集隊を派遣したいくらいよ。ノルド人と小競り合いが続いてるから、無理だけど」


 白魔粘土の性能が良すぎるせいで、思わぬ落とし穴にはまってしまった。

 何かしら手を打たないと、せっかく成功している冷蔵事業が停滞してしまう。


「次の採集隊に、私も同行していいですか」


 少し考えてから、私は言った。


「今まで集めた素材は、人に頼んで持ってきてもらったものでした。私が自分で行って魔力の反応を確かめてみれば、新しい素材が見つかるかもしれません」


 可能性としてはさして高くないが、何もしないでいるよりいいだろう。ちょうど研究も区切りがついている。

 ティベリウスさんがうなずく。


「そうだね、行ってきてくれ。山麓の採集地であれば危険もさほどない。護衛をつければ問題ないだろう」


「はい!」


「護衛の人選は……」


 リウスさんが言いかけたところで、ドアの向こうが何やらがやがやと騒がしくなった。

 なんだろ?

 振り返った私の視線の先で、ドアがばーんと勢いよく開いた。


「兄上、オクタヴィー、ただいま! ドルシス、ただ今帰宅しました!」


 師匠にそっくりな赤髪の男性が、屈託のない笑みを浮かべて立っていた。







 ドルシスと名乗った若い男性は、ずかずかと遠慮なく執務室に入ってきた。

 目を丸くしている私に途中で気づいて、二カッと歯を見せて笑う。


「初めましてだね、お嬢さん。褐色の髪に赤茶の目、もしかしてゼニスかい?」


「はい、そうです。ゼニス・エル・フェリクスです。よろしくお願いいたします」


「こちらこそ! 俺はドルシス・フェリクス、フェリクス家の次男だ」


 軍務でずっと遠方にいた弟さんか。

 私が挨拶すると、彼はわしゃわしゃと頭を撫でてきた。いやあの、私もう13歳だから頭を撫でられるような年じゃないんだが。

 なお中身は40代半ばである。もう少しでアラフィフだよ。


「相変わらずだね、ドルシス」


 ティベリウスさんが苦笑してる。

 ドルシスさんは兄に向き直ると、右手で左胸を二回叩いた。軍隊式の礼だ。


「兄上、遅ればせながらご結婚おめでとうございます。長男の誕生も実に喜ばしい」


「うん、ありがとう」


 言い忘れていたが、リウスさんの奥方リウィアさんは去年の末に男の子を出産した。母子ともに健康で、赤ちゃんはすくすく育っている。


「オクタヴィーは、まだ嫁に行かないのか? お前みたいな性格の悪い女は、貰い手がないか」


「失礼ね! 私は別に結婚しなくてもいいと思ってるのよ」


 言葉だけ取ればお互いにきついけど、二人とも和やかな雰囲気である。冗談言ってじゃれ合ってるみたい。


「この男と私は双子なの。軍務でいなくなってせいせいしてたのに、帰ってくるなりうるさくて嫌になるわ」


 と、師匠。双子だったのか、どうりで面影がよく似ている。


「任務地が首都近くになったからな。これからはちょくちょく帰ってくるよ」


 ドルシスさんは気にした様子もない。


 貴族、特に元老院に議席を持つ有力貴族の子弟が入隊すると、大隊長クラスの役職に就任する。それでキャリアを重ねて、首都に戻って元老院議員になったり、家業の補佐をするのが一般的だ。


「ドルシスさんは、軍務を続けるんですか?」


「ああ、元老院入りの条件は25歳以上だからな。俺はあと数年ある。それまで軍で経験を積むつもりだ。

 で、軍団長就任の条件を満たしたら、また軍に戻るよ。俺は小難しい議員より、軍人が性に合っているから」


 ユピテルの軍は最高責任者が執政官、つまり元老院の最上級官職が務める決まりになっている。

 執政官は任期制だ。短期で変わる執政官は名目上の責任者で、実際の戦闘指揮は軍団長クラスが行う。前世の日本の総理大臣が、自衛隊の最高指揮権を持ってるのに似てるね。

 軍団長も元老院議員出身者で構成される。確か議員を5年以上務めるとかが条件だったと思う。


「今回は昇進に伴って任地が変わったんだ。ついでにしばらく長期休暇も出てるから、何かあったら呼んでくれ。手伝うぞ」


「じゃあ、早速頼むよ」


 リウスさんが言って、ドルシスさんはそちらを向いた。


「なんだい、兄上?」


「ゼニスを連れて北西山脈の麓まで行ってきてくれ。素材の採集だ。採集隊も同行させる」


「へえ、北西山脈? あぁ例の白魔粘土か。よし、いいぞ。出発はいつだ?」


「ゼニスはいつなら行けそうかな?」


 少し考えるが、急いで片付けなければならない予定はない。


「私はいつでも大丈夫です」


「では、6日後。今出ている採集隊がもうすぐ戻ってくるから、彼らの再出発と一緒に行ってくれ」


「分かりました!」




 こうして、私の北西山脈行きが決まった。

 転生して初めての長距離移動になる。

 白魔粘土の件は気にかかるけど、遠出が純粋に楽しみでもあった。


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