第70話 記述式呪文

 シリウスと私は、学院長とオクタヴィー師匠に魔法文字の件を報告した。

 学院長室に集まって、シリウスと私でそれぞれ説明をする。


「なんですって!? 魔法の発動に、詠唱が必要ない?」


 師匠がひどく驚いている。学院長に至っては、ぽかんと口を開けたままだ。

 さもありなん、今までの魔法の常識を覆す発見だもの!


「今のところ試した範囲では、『光』でロウソクやランプの代わりの明かりになると思います。『熱』で加熱、『冷』で冷却も使えそうです」


「すごいじゃない! きみのドライアイスの魔法がなくても、冷凍ができる?」


「ドライアイスほどの低温ではないですね。冷蔵を効率的にするくらいでしょうか」


 すぐ実践に目が行くあたり、師匠らしい。


「何にせよ、褒めてあげるわ、ゼニス。それにシリウス」


「ふん。やっと僕の優秀さが分かったか」


「こらっ、シリウス!こういう時は「光栄です」とか言うの!」


「シリウス、口を慎みなさい」


 私と学院長のダブルツッコミが入った。

 師匠はいつもは彼の無礼な態度を嫌っているが、今日は大きな成果を目の前にして機嫌がいい。あまり気にしていないようだ。


「魔法文字に関することだから、この研究をシリウスの担当にするわ。ゼニスは副担当でサポートしてあげなさい。予算も付けるわよ」


 フェリクス本家はもともと相当な資産家だが、最近は冷蔵運輸で収入がすごいことになっている。景気が良いね!

 で、私が副担当か。じゃあついでに、前から気になってたことを言ってみよう。


「私がサポートするのはいいんですけど、いつまでもというわけにはいきません。この際、シリウスにマネージャーをつけませんか? 彼、研究に専念した方が能力を活かせますから」


「そうですな。シリウスは魔法以外はからっきしですから、面倒を見る人間が必要です」


 学院長も同意した。


「マネージャーねえ。まあ確かに、ゼニスにシリウスのサポートばかりさせるわけにも行かないわね。ゼニスだって我がフェリクスが誇る氷の魔女なんだから」


 と、師匠。氷の魔女呼びは何年経ってもすたれなくて参っている。


「僕はゼニスがいい! 他の奴はどうせ、僕のことを分かってくれない」


 シリウスが怯えたように言って私の隣に来る。

 私はにっこり微笑んでみせた。


「大丈夫だよ。シリウスの取扱説明書、作るから。それがあれば、他の人だって分かってくれる」


「僕の説明書?」


 彼は首をひねっている。

 取説というか、彼という人の大まかな傾向を書いて注意点をまとめておけば、けっこう何とかなると思う。難儀な奴だが根は素直なので。


「マネージャーも今日明日で見つかるわけじゃないし、おいおいね。それまでは今まで通り、私が手伝うよ」


「そ、そうか……。安心した」


「だから当面は、二人でバリバリ研究しよう!」


「ああ、そのつもりだ!」






 こういう経緯があって、私はここ何ヶ月か、記述式の呪文を研究している。

『実行』と組み合わせて効果を発揮する文字も、だいたいルールが見えてきた。

 文字を刻んだ白魔粘土だけで完結する動作の動詞であれば、発動するようだ。

 例えば『戻る』だとどこに戻るのか? という問題が出るため、効果なし。なかなか限定的だ。

 ただしそれ以外でも、『笑う』とか『泳ぐ』といった白魔粘土で再現不可能な動詞だと駄目である。


 これらのルール確定と並行して、色んな素材に魔法文字を書き込むテストもやってみた。

 鉱物や木材、動物や魚の骨や皮、貝殻、後はレンガやセメントなどの人工物も。

 すると、鉱物は北西山脈産が。木材は北部森林産のものが弱いながらも効果を発揮した。

 白魔粘土の材料、魔力石も北西山脈が産出地。北の方が魔力が強い土地なのだろうか……?


 また、魔力の反応があった素材を粘土化できないか試してみたが、こちらは空振りに終わった。

 こう見ると魔力石と白魔粘土の有効さが際立っている。







「記述式の呪文、参考になるものが少なすぎるのが問題だよね」


 シリウスの研究室で素材の山を前に、私はため息をついた。ここ何ヶ月かでやれることはやったと思う。

 つまり、行き詰まり気味なのだ。


「そうだな……。『実行』に関しては、これ以上の発見はなさそうだ。それ以外の記述ルールが欲しいところだが」


 シリウスが『光』の白魔粘土を仕込んだガラス玉を触りながら言う。

 これは私たちの発明品の一つで、魔法のライトだ。ガラス玉のレンズ効果で光が反射して、より明るくなっている。

 魔力がないと扱えないのがネックだが、松明やろうそくと違って火を使わないので重宝している。臭いも煙も出ないし、安全。必要な魔力もごく少量で、効果時間は長い。魔法使いにとっては、とても便利な品となっている。


 他には、『熱』を使ったカイロ、『冷』の保冷剤も開発した。

 特に『冷』の方は少ない魔力で効率的にものを冷やせるので、冷蔵運輸で役に立っている。

 ちょいと地味ではあるが、画期的な発明品だよ!


 今の季節は夏の終わり。そろそろ陽も短くなってきて、ライトのありがたみが沁みる。


「ブリタニカに行ってみるか……」


 彼はぽつりと言った。

 ブリタニカははるか北西の場所にある、ノルド人たちの土地だ。シリウスや学院長のご先祖様の出身地でもある。


「この『実行』が書かれた石版も、元はブリタニカの発掘品らしい。残りの破片が見つかるかもしれない。そうでなくとも、あちらは遺跡や出土品が多いから、何かの参考になるかも」


「ブリタニカは、遠いよね?」


「ああ。僕はまだ行ったことがないが、伯父さんの話だと片道2ヶ月はかかると。移動だけで往復4ヶ月、滞在も含めたら最低でも半年程度は必要になる」


 ブリタニカに行くには、北西山脈を越えないといけない。隊商や旅人の登山ルートはあるが、厳しい道程だ。さらにノルド地方は広く、各部族の支配地が入り混じっているので通り抜けるのに骨が折れる。

 そして一度旅立ってしまえば、連絡手段もない。前世のように電話やメールでいつでも話せるわけじゃないのだ。

 それに苦労して旅をしても、必ず成果があるとは限らない。何も得られず終わるかもしれない。


「どうするか……」


 シリウスが悩んでいる。私としても判断が難しい。


「仮に行くとしたら僕が行く。ブリタニカ行きは、検討する価値はあると思っている」


「シリウスが自分で?」


 運動クソ音痴なのに大丈夫か? 山越えできるのか?


「向こうには、アルヴァルディの血族がいるから。僕が行けば協力してもらえるはずだ」


 ひいおじいさんのフェイリムは、ブリタニカでも名の通った魔法使いだった。その名声はまだ生きている。

 反対に下手によそ者が行けば排斥されてしまうそうだ。


「もう少し考えてみようよ。北西山脈越えは、決して安全な道じゃないし」


「ああ。ただ、行くとしたら季節を選ばないとな。冬に山脈越えは無茶だから」


 とりあえず、その話はここで終わった。




 ところが、思わぬ所で別の問題が浮かび上がってきたのだ。

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