第69話 ふしぎなおどり

 この石版で『実行』が装飾しているのは、『話す』の部分だ。動詞である。

 シリウスと二人で動詞を中心に魔法文字を書き出し、実行で囲んで魔力を流す。

 しかしどうにも上手くいかない。

 何種類も何度も試して、いつの間にか夜になっていた。


 ティトが様子を見に来たが、集中していた私は「今日は根を詰めるから! ここに泊まる!」と有無を言わせず宣言した。

 研究室で寝泊まりするのも初めてではないので、ティトは了解してくれた。


「あとで食事を持ってきますね」


 と言ってくれたので、ありがたく受けた。


 夕食もティトを加えた3人でそのまま研究室で食べる。

 さらに夜中まで作業を続け、明け方になってもまだ成果が出なかった。

 ティトは部屋の隅で毛布にくるまって眠っている。付き合わせてしまって申し訳ない。


「ああくそ、また駄目だ」


「諦めないよ。諦めたらそこで試合終了だもん」


「お前、それ、時々言うよな。何かの格言か?」


「その通り、名言です! 左手は添えるだけと並んでバスケ漫画に輝く言葉!」


 徹夜でだいぶテンションがおかしくなっている。だがそれがいいッ!


「あああ、もう空が明るくなってきてるよ。太陽がまぶしく光ってる」


「あー、もう朝か」


「そうだ! 『光る』を試してみよう」


「さっきやっただろ」


「そうだっけ? まあいいや、もう一度」


 紙に書くが、やはり何も起こらない。


「なんでじゃー! 光れよ! 光る、光ると言えば白魔粘土。あれに書いたらどうだろう」


「あんなぷよぷよしたのに書けるか?」


「鉄筆で刻めばいいんじゃない?」


「なるほど、やってみよう」


 研究用に確保していた白魔粘土を持ってきて小さくちぎり、コインくらいの大きさに伸ばす。

 弾力のある表面に、鉄筆で刻み込むように『光』と『実行』を書いた。


「そ~ら、魔力を喰らえ」


 どうせ駄目だろうと思い、私は変な踊りを踊りながら魔力循環をした。ナチュラルハイ。

 シリウスが引いた顔をしている。


「なんだ、その怪しい動きは」


「魔力が大幅アップするふしぎなおどりです」


「なんだと!? おいゼニス、最初からしっかり教えろ!」


「……ごめん嘘。真に受けないで」


「…………」


 シリウスは何でも真に受けがちなんだよなあ。素直でいいっちゃいいんだけど、そのうちご利益のある壺とか絵とかを高額で売りつけられないか心配である。

 それはともかく、しっかりと魔力循環をして質量を増した魔力を白魔粘土に注ぐ。


 すると。


 いつもの魔力に反応して光る輝きよりも、明らかに強い光が白魔粘土から放たれた。私の魔力色の白い光だ。

 私たちは息を呑んでそれを見守る。

 単純に魔力に反応する光なら、せいぜい10数秒で消える。

 でも光はその時間を過ぎても消えなかった。


 心の中で数を数える。1分、2分、3分……。光はまだ消えない。

 結局光は、20分を超えた辺りで少し光量が落ち、その5分後に消えた。

(念のため言っておくが、秒とか分とかは私の脳内の前世単位だ。ユピテルにも一応時間の単位があるけれど、めんどくさいので前世のに変換している)


「……すごいな」


 光が消えてしばらく後、シリウスが呆然として言った。


「うん。ついにやったね」


「ああ、これは魔法史に残る発見だ!」


「おおう! すごい、私たちすごい! 天才!!」


「ふふん、当然だな。僕にかかればこんなものさ」


「シリウスだけじゃないでしょ、私もー!」


「分かった、分かった。ゼニスの功績も認める。感謝しろ」


 徹夜テンションと大発見の興奮のおかげで、2人とも頭がくるくるぱーである。


「光以外も試してみないと。何からやろうかな!?」


「そうだな、熱なんかどうだ!」


「いいね、熱の次は冷でいこう。さあどんどんやっちゃうよ~! ……へぶっ」


「おいどうした、大丈夫か」


 急に体の脱力を覚えて、私は床にへたり込んだ。

 え、なんで? と思ったのも束の間、今度はガンガンと激しい頭痛が襲ってくる。

 しまった。変なテンションで失念していたが、夜通し魔力を注いでいたのでかなり消耗している。

 一度体の不調を自覚すると、怒涛のようにめまいと吐き気がやってきた。必死でこらえる。


 チカチカと明滅する視界でシリウスを見上げると、彼もかなり顔色が悪い。ストッパーがいないせいで二人とも無茶をしてしまった。


「魔力の使いすぎ、みたい……。ティト、ティトを起こして……」


 喋ると吐きそうになる。

 シリウスはおろおろしながらうなずき、部屋の隅で眠っていたティトを起こす。

 うずくまっている私を見た彼女は、すぐに状況を察した。


「何やってるんですか、2人とも! 子供じゃないんだから!」


 文句を言いながらもティトはテキパキと動いて、私を長椅子に寝かせ、毛布をかけてくれた。


「シリウスも座って休んで下さい。ひどい顔色ですよ」


 そう言って椅子に座らせ、足早に部屋を出ていく。すぐに戻ってきた彼女の手には、手桶とタオルが何枚か。

 タオルをぎゅっと絞って額に乗せてくれた。ひんやりしていて気持ちがいい。

 ティトはもう一枚のタオルをシリウスに投げつけた。運動神経ゼロの彼は、キャッチに失敗して顔でべちっと受け止める羽目になった。


「ゼニスお嬢様、吐くならここへ」


 部屋にあった金ダライを出してくれる。


「ん……。なんとか、大丈夫そう」


 頭を冷やしたのが良かったのだろう、頭痛はいくらかマシになっている。

 そのまましばらく休んで、だいぶおさまって来たので起き上がった。

 ティトが水差しからコップに水を注いで、差し出してくれる。一口飲んだらほっとした。


「なるほど。魔力の使いすぎの頭痛は、冷やすと良くなるのか」


 濡れタオルを額に当てながら、シリウスが感心している。


「氷で冷やせばもっといいんじゃないか? 『小さき氷の精霊よ――』」


「あっ、バカ」


 ただでさえ魔力を消耗していたシリウスは、自爆で最後の駄目押しをしてひっくり返った。







 という茶番はあったものの、大発見は揺るがない。

 はやる気持ちを抑えて次の日、改めて実験をした。


 結果、白魔粘土に動詞と『実行』を刻むと上手くいった。

 紙では駄目だったのに白魔粘土ならいけるとは、やはり素材も魔力との親和性が高いものが必要なのだろうか。


 ただ、このやり方で効果が出るのは単純な動詞だけだ。発動場所や持続時間の指定もできない。

 例えば『動く』と書くと、10分くらいぶるぶるしていた。動き方も時間も変えられなかった。

 たぶん、動詞以外の指定は別に対応したルール、記述方法があるのだと思う。


 それから、動詞によって反応の違いも出た。『熱する』『冷やす』はしっかり効果が出たが、『切る』などは反応がなかった。

『実行』の文字に制限があるのか、白魔粘土が適さないのか、その辺りはまだ分からない。


 他の詳細な記述ルールを探したいところだが、あいにく参考資料が小さな石版一つしかない。

 石版に書かれている他の記号も片っ端から試したが、作動しなかった。組み合わせが必要なのかも?


 魔法陣と呼ぶには極めて限定的な効果しかない。

 それでも工夫次第で、色んな用途がありそうだ。何をどういうふうに使ってやろうか、これからが楽しみである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る