閑話

第62話 ゼニスのお料理教室・極


 ティベリウスさんの結婚式が終わって、1ヶ月ほど。そろそろ夏も真っ盛りである。


 今年の夏もお店でかき氷を出している。

 マルクスが工夫して、ドライアイスを使わずともかき氷を作れるようにしてくれたので、私はすっかりお役御免となった。

 ちょこちょこ手伝うくらいで、去年に比べるととても楽をしている。

 魔法使いの雇入れも徐々に増やしている。今後は魔法学院を卒業したばかりの新人も確保する予定だ。







 さて、時間に余裕がある以上、やらねばならないことがある。


 究極にして至高のアイスの追求だ!


 披露宴のアイスクリームアートは、味付けを料理人たちに頼った。あの時はそれで正解だったと思う。

 しかし、どうせなら自分でやりたいではないか。

 料理人にいろいろ教わったおかげで、私だって食材とスパイスに詳しくなったのだ。今なら絶対、いいものが作れるはずだ。


「というわけで、アイス作りに再チャレンジしようと思うの。完成したら試食をお願いね」


 試食メンバーはティト、アレク、ラスである。マルクスは夏が繁忙期なので、時間が取れなかった。

 ヨハネさんやオクタヴィー師匠も誘ったのだが、気を使わず子供だけで楽しくやりなさいと断られてしまった。

 まあいいや、自信作ができたら彼らにも持っていこう。


「またアイス食べられる! やったね!」


「結婚式が終わったら、試食できなくて残念だったんです」


 アレクとラスのちびっこ組が喜んでいる。ティトも機嫌がよさそうだ。

 一時期はおやつが毎日アイスだったけど、みんな飽きずに食べていた。試作品だったから、毎回味が違ったのが良かったのかも。


「よしよし、期待していなさい。ティト、手伝ってね」


 張り切って厨房に行く。こうして私のアイスクリーム道が再開した。







「アイスクリーム、おいしくなぁれ♪」


 私は上機嫌で自作の歌いながら、基本のアイスを作っていく。


「山羊のミルクはおいしいミルク

 めぇめぇ山羊さんありがとう

 ふわふわホイップ生クリーム

 卵も入れて魔法を一つ

 これでアイスの素になる♪」


 なお、魔法とは殺菌消毒こと微生物滅殺魔法のことである。

 衛生問題もあるので、アイスクリームのレシピは今のところ秘伝扱い。外部流出はない。

 卵を加熱するレシピなら、販売向けに公開してもいいかもね。


 次に種々のスパイスの箱を取り出す。試作用に料理人たちが小分けにしてくれたのだ。


「何入れよう、何入れよう♪

 まずはさらっとサフランを

 鮮やかイエロー、東の香り♪」


 サフランを入れて混ぜると、きれいな黄色が出てくる。エキゾチックな香り。


「次に、次に何入れよう♪

 クミン、クミン、みんなのクミン

 はくしょん、胡椒

 それから秘密の蜂蜜を♪」


 ラップ調の即興歌詞も絶好調。

 蜂蜜と胡椒の組み合わせはユピテルでは定番。甘辛いおつまみによく使われる。


「それから、それから何入れよう♪

 くんくん臭いよ、ニンニクくん

 俺がいるぜ、オレガノだ

 聖人君子の、セージさま♪」


「ゼニスお嬢様、種類が多過ぎじゃないですか?」


 色々と入れていたら、ティトが不安そうに言った。


「大丈夫、大丈夫! いっぱい入れた方がおいしいよ。味はハーモニーだからね」


 私は自信たっぷりに答えた。複雑な味が絡まり合ってこそ、究極と至高に届こうというもの。

 本当はチョコも入れたかった。隠し味と言えばチョコではないか。

 カカオ豆、どっかに自生してないかな。コーヒーや紅茶の木も見つかると嬉しいんだけどなあ。


「まぜまぜ、練るねる~♪」


 黒砂糖も入っているせいで、色がちと黒っぽいな。

 もうちょいサフラン入れるか。


「あっ」


 サフランをひとつまみ入れようとしたら、手が滑ってざばっと山盛り入った。……まあいいか!

 おっとそうだ、クルミとヘーゼルナッツを忘れるとこだった。砕いて入れよう。


「それから、ウニも入れちゃう!」


「ウニ!?」


 冷蔵運輸のおかげで、隣の港町の魚介類が新鮮なまま運ばれてくる。ユピテル人はウニも好物だ。こういうところ案外、日本に似ている。


「どうしてウニを!」


 ティトが叫ぶように言った。

 前世でそういうアイスがあったんだよ。北海道でカニとウニのアイスがあるの。

 私は食べたことないけど、普通に売ってるくらいだからおいしいと思う。

 前世の話は説明できないのが残念だ。


「ガルムも垂らしておこう。ウニにぴったり」


 ガルムは魚醤だ。大豆のお醤油とは風味が違うが、塩味でユピテル料理には欠かせない。ちょいとクセのある香りで、海産物とよく合う。

 おや、また色が黒っぽくなってしまった。えーと、食用バラの白い花びらを入れてアレンジしよう。香り付けにもなっていい感じ。


「よし、完成!」


「…………」


 私が意気揚々と言ったのに、ティトは黙ったままだった。


「あとはかき混ぜながら凍らせる、と。ラスたちと遊びながら待っていよう」


 最近のあの子たちは、お馬ごっこがブームらしい。

 棒の片方にもう一本棒を結んで馬の頭に見立て、またがって走り回るのだ。

 頭の部分に藁を結わえて本物っぽくしたら、大好評だった。

 彼らは今、7歳。もう少し大きくなったら、本当の乗馬を習う予定である。


 そして数時間後、究極を目指すアイスクリームが完成した。

 容器からお皿に盛ると、茶色かったり黒かったり妙な色合いである。おかしいな、きれいな色になるように調節したのに。まあいいか。


 お皿の上に盛られた見慣れない色のアイスに、アレクとラスは固まっている。

 おや、今、アレクがティトを見た。彼女は首を振っている。


「姉ちゃん、俺さ、宿題があるからもう行かなきゃなんだ。な、ラス?」


「えっ? そ、そうですね」


「じゃあ食べてから宿題やりなよ。すぐ食べられる量でしょ」


「…………」


「………………」


 妙な沈黙が漂う。なんでや。

 しばし後、決意を込めた顔でラスがスプーンを握った。アレクが焦ったように止める。


「やめろ、無理すんな。死んじゃうよ!」


「いいえ、ゼニス姉さまがせっかく作って下さったんです。食べないとシャダイ男子の名誉に関わります」


「ラス、お前、そこまで……っ!」


 なにそのやりとり……。

 ラスが緊張みなぎる眼差しでアイスをすくう。するとそのスプーンをティトが取り上げた。


「ラス殿下、失礼します。ゼニスお嬢様。まずはご自分で食べてみて下さい」


 差し出されたスプーンを受け取る。ティトの圧がすごい。

 仕方なく一口、ぱくっと口に入れて。







 その時の私の心象風景は。

 火山噴火もかくやという大爆発が巻き起こり、私はそれに巻き込まれて宙を舞っていた。意識が吹き飛びそうになり、魂が半分幽体離脱したような気分になった。

 そのくらいすごかった。


 すごく……マズ……かった……。


「姉ちゃん!」


「お嬢様!?」


「ゼニス姉さま!!」


 耐えきれず、床に崩れ落ちた私は皆をたいそう心配させ。

 その後、半永続的な料理禁止を言い渡されたのだった。


 ティトいわく、「結婚式のアイスの味付け、料理人に任せて正解でしたね。お嬢様がやっていたら大惨事でした」。


 基本のアイスはあくまで基本に忠実に、アレンジしないで作ってたから、こんなことにはならなかったのだ……。




 食材を無駄にしてしまって、とても申し訳ない。


 究極にして至高のアイスクリームは、来世までおあずけのようだ。


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