第61話 披露宴2
披露宴は進み、とうとう料理はデザートを残すのみとなった。
かき氷もアイスたちも、全て配置は終わっている。
完成したアイスクリームアートには、大きな布がかけられた。
ドライアイスを仕込んだ大理石の台を荷車に乗せて、中庭へ引き出されていく。責任者である私も横についていった。
「本日最後の料理は、かき氷とアイスクリームの絵画です。名付けて『ユピテルの恵み』!」
メニュー係の使用人が声を張り上げる。
すると、中庭の招待客たちはざわめいた。
「アイスクリームとは? 聞いたことのない料理だ」
「今日はこれだけのものが出てきたのに、まだ隠し玉があるのか」
今までの料理は冷蔵運輸の力を見せつけるものだった。
期待と好奇心、見極めようとする目が入り交じるような、何とも言えない熱気が中庭に渦巻いている。
やがて荷車は、中庭の真ん中に据えられた。
そして両側に立った奴隷が、勢いよく覆いの布を取り外すと。
「これは……!」
「なんと、素晴らしい」
一斉に感嘆の声が上がった。
氷の海は日差しを反射し、きらきらと輝いている。波に見立てた白い花びらが揺れて、ミニチュアの船の舳先に触れる。
かき氷の陸地は土の茶色、草原の緑。ところところに本物の花の花畑が咲いている。
街道で結ばれた先は、各地の特産品の形のアイスクリーム。羊や豚といった家畜から、麦やブドウなどの農産品。レンガや木材まである。
街道にあるミニチュアの荷馬車の荷は、かわいらしい小粒のアイス。色とりどりだ。
そして全ての街道が収束する先には、首都ユピテルがある。
ぐるりと首都を取り囲むようにアイスキャンディーの列柱回廊があって、中央には結婚を祝う言葉とユピテルの繁栄を祈る語句が刻まれた、氷の碑。車輪と氷を組み合わせたシンボルマークも添えられていた。
「これが全部、氷? なんと贅沢な」
「ユピテルの地図だわ。まあ、この場所にこんな特産品があるのね」
「見るだけで興味深いのに、食べられるのか?」
興奮した人々が荷車の前に詰めかけている。熱気がすごくて、荷車の隣の私は内心ビビリである。
彼らを制しながら、ティベリウスさんが前に出た。
「皆様方、落ち着かれよ。これなるは氷とアイスクリームの絵画、ユピテルの恵みを表している。
無論、食べることも可能だ。目で楽しんだ後は、舌と胃とを満足させていただきたい。
かき氷は説明するまでもないが、このアイスクリームなるものは――」
リウスさんは私を見た。おう、なんじゃいな。
「我がフェリクスの小さな魔法使い、幼き天才ゼニス・エル・フェリクスの発明品である」
彼はそう言って、私を客たちの前に引き出した。
ちょ、ちょっと待って! そんなの打ち合わせにない!
私は単に、氷が溶けないように横で見てればいいって言ってたのに!?
人々の視線が私に集中し、めちゃくちゃ怯んだ。
目立つのは苦手だってのに!
体格のいい奴隷の人が素早くやって来て、私を抱き上げた。肩に座るように高く持ち上げられて、パニックになる。
いやいやなんだよこのアドリブ! 聞いてないよー!
「去年の夏、平民たちの間で冷たい飲み物と氷菓が流行したこと、ご存知の方も多いだろう。あれはこのゼニスが考案し、私が後押しした。
斬新かつ画期的な魔法で、氷の世界に変革をもたらした。小さき氷の魔女である!」
なんか変なあだ名を付けられた!
私がうろたえまくっていると、楽団の楽士さんたちが『しゃらら~ん』みたいな涼し気な音楽を奏でた。
なんだそれは。私のテーマ曲か? キャラソンなのか?
「これから始まる我がフェリクスの運輸事業も、彼女の功績によるところが大きい。
魔法使いは長らく低俗な職とされてきたが、その認識を改める必要がある。
我らがユピテルは建国以来、様々な困難と変化を乗り越えてきた。時には古い常識を打ち破り、新たな人々、新たな知識と技術を受け入れもした。
そうしてユピテルは、長きに渡る繁栄を築いてきたのだ。
今はまさに変革の時。偉大なる父祖にならい、我らもまた新たな時代を迎え入れようではないか!」
満場の拍手と歓声が起こった。
ティベリウスさんは満足そうにそれを浴びて、しばらく後、片手を上げる。ぴたりと声が止んだ。
「皆様方の心意気に感謝する。今日は存分に、未来の可能性を感じていただけたことだろう。是非帰宅後に、本日見て味わった光景を思い出し、新しい時代の到来を家族や友人と共有して欲しい。
――さて、堅苦しい口上はここまでにして。ゼニスの渾身の作でもあるこの氷の絵画を、どうぞ召し上がれ」
使用人と奴隷たちがお皿を配って歩いている。
食器を受け取ったお客たちは荷車に押し寄せて、あれこれ物色を始めた。
「どれを食べようかしら……。とてもきれいだから、崩すのがもったいないわ」
「まずは、あのかき氷の北西山脈を一口もらおう。次はどうしようか」
「この地方のレンガは、我が家も工房に出資していましてね。頑丈で長持ちすると評判ですよ。一つ食べてみよう」
「この街は祖母の実家がありまして。上等な毛織物が有名です。この地図にも羊がいますね」
みんな口々にお喋りしながら、自分にゆかりのある場所の説明をしたり、アイスを食べたりしている。
「濃厚な口溶けですな。冷たくて、今まで味わったことのない菓子だ」
「甘くておいしいこと。蜂蜜の甘さとはまた違うようですわ。レシピを教えていただきたいわ」
「かき氷は、氷自体に味と色がついているのか。暑い時期にぴったりだな」
味の方も好評だ。料理人たちがアイス仕様に工夫を凝らしてくれたからね。
そして、アイスを楽しんだ人たちが私の方にやって来た。
「ゼニスさんと言いましたね。まだ小さいのに魔法を使うのですか」
「きみの氷の魔法はどんなものだい? 見せて欲しいな」
「え、あの、その……」
まだテンパっていた私は、抱っこしてくれた奴隷の人の頭にしがみついた。だって肩に座るのって、案外不安定で怖いんだよ。
私ももう10歳になった。そこまで小さいわけじゃない。おかげで肩からはみだしそうなのである。
「おやおや、かわいらしい。話を聞かせてくれないか? 氷の魔女さん」
やめてくれ、今喋ったらデュフフwウボァwって言いそうなんだよ!
氷の魔女もやめれ! 雪だるま作ってありのままにとか歌わなきゃならんだろ!
心の中で叫んでいると、ディベリウスさんが助け舟を出してくれた。
「ゼニスはまだ、あまり人馴れしていなくてね。お披露目も済んだし、先に下がっていなさい」
助け舟と言ったが、そもそもこの状況を作ったのはリウスさんじゃないか。解せぬ。
後で小一時間問い詰めてやらなければ。
奴隷の人は主人の言葉を受けて、私を抱き上げたままさっさと中庭から出ていった。しぬかとおもった。
これで披露宴はお開き……ではなくて、その後はお酒を飲みながら音楽を聞いたり、踊り子さんの舞を見たりする第二部となった。
宴席は夜のけっこういい時間まで続く。問い詰めるタイミングがなかった。
後片付けを手伝おうとしたが、使用人たちに断られてしまった。
私の今日の服装はフォーマルだし、汚れる仕事はちょっと無理か。
オクタヴィー師匠に断りを入れて、自室に戻ることにした。
師匠の姿を探すと、見目麗しいイケメンと歓談中であった。あれかな、前世でもよくあった結婚式を利用した合コンみたいなやつ。私には無縁のイベントである。
声をかけるのをためらっていると、向こうから気づいてくれた。
「ゼニス、どうしたの?」
師匠はお酒が入っているようで、上機嫌だ。
「私、そろそろ部屋に戻りますね」
「ああ、そうね。ここからは大人の時間だから」
イケメンに流し目してる。相手もまんざらでもなさそうだ。
「今日はご苦労さま。ゆっくり休みなさい」
「ほんと、ご苦労ですよ。変なあだ名つけられたり、お客様の前に引っ張り出されたり」
思わず文句を言うと、師匠は身をかがめて小声で言った。
「きみに前もって知らせると、そつなく対応するでしょ。今回は、こんな小さい子供が偉業を成し遂げたというギャップで注目を集めたかったの。思った通り、子供っぽく振る舞ってくれたわね」
えええ? じゃあアドリブはわざとだったの?
私が突発事件に弱いのを悪利用された。ていうか性格見抜かれてる……。
わざわざ奴隷に抱っこさせたのも子供演出か。なんだよもう。
「オクタヴィー、氷の魔女との内緒話は終わったかい?」
イケメンの人が口を挟んできた。
「師弟で仲がいいのは美しいけれど、その美しさにすら、僕は嫉妬してしまうよ」
おおう、クソキザ野郎だ。あと氷の魔女やめろ。雪だるま作って投げつけるぞ?
「ええ、もう終わりよ。それじゃあね、ゼニス」
ぽんと肩を叩いて追い出された。師匠はあんなクソキザがいいのか。喪女にはわからん世界である。
結婚式を利用した冷蔵運輸のお披露目は、まずは成功だろう。
冷蔵の力を目の当たりにした招待客たちは、ティベリウスさんの言葉通り家族や友人に口コミする。
そうして認知度を上げて、本格稼働に備える予定だ。
冷蔵運輸が軌道に乗れば、大げさじゃなくユピテルの物流や交易に革命が起きると思う。
中庭を出る時、もう一度宴会を振りかえる。
大きな寝椅子に、ティベリウスさんと花嫁さんが寄り添って座っている。
その仲睦まじい様子に、思わず微笑んでしまった。
たとえ政略結婚でも、幸せになれないわけじゃない。
運輸事業も夫婦の行く末も、幸運の女神様のご加護がありますように。
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