第60話 披露宴1

 今日はティベリウスさんの結婚式。とうとうこの日がやって来た。

 数日前からお屋敷はバタバタと忙しい空気に包まれて、皆がそわそわとしていた。


 結婚式の手筈は、こうだ。

 まず新郎であるティベリウスさんが新婦の家に迎えに行き、それから小高い丘の上の大神殿で儀式を行う。

 牛とかの動物を生贄に捧げたりすると聞いている。

 私はお屋敷で準備があるので神殿に行けないが、グロ耐性が低いから行かなくて良かったかもしれない。花婿と花嫁の晴れ姿は見たかったけどね。


 一通りの儀式が終わったら、参列者と一緒にお屋敷に戻ってきて披露宴だ。いつもの宴席より人数が多いので、中庭を使ってガーデンパーティーをする。

 午後、玄関のほうがにわかに騒がしくなった。新郎新婦一行が到着したようだ。


「到着されたぞ、準備はいいか?」


「料理、テーブル、食器に席。全てぬかりありません」


「よし! 楽団は演奏を始めなさい」


 そんな声が飛び交っている。

 今日はお屋敷全体も飾り立てられていて、とても華やかな雰囲気だ。

 玄関から中庭へ続く廊下にはバラの花びらが撒かれ、いい匂いがする。

 入り口近くの貯水槽も花で飾られて、柱の間はきれいな色の布が渡され優雅なドレープを作っていた。天窓から差し込む陽光が水面にちらちら揺れ、布にかげろうのような光を投げかけている。

 中庭は特に念入りに飾られて、真っ白い布が掛けられたテーブルには豪華な生け花、銀の食器もセットされている。

 普段は廊下に立っているブロンズ立像も持って来て、花輪を首にかけられていた。


 中庭のすぐ横では楽士たちが、各々の楽器で演奏を始めた。結婚式の日にふさわしい祝賀的な音楽だ。

 何種類もの金管楽器や、タンバリンみたいのもある。


 アイスクリームを出すのは、料理の最後だ。まだ間がある。

 金型から抜いたアイスとかき氷は準備済み。溶けてしまわないようタイミングを見計らって設置しよう。


 私が手順を再確認していると、中庭の方からにぎやかな歓声が上がった。

 覗いてみたら、正装に身を包んだティベリウスさんと花嫁さんの姿が見える。

 リウスさんはトーガと呼ばれるユピテル男性の正装。結婚式らしく、白いユリの花を胸に飾っている。

 花嫁さんは白を基調にした豪奢なドレス。薄い衣が何枚も重ねられていて、それぞれうっすらと透けて見える。あれはきっと絹だ。東方の輸入品で、ハンカチ1枚で平民のお給料が吹っ飛ぶ高級品である。


「皆様方、この佳き日に新たな縁を結んだこと、改めて報告申し上げる」


 ティベリウスさんのよく通る声が響いた。


「この婚姻を以て、我がフェリクスと妻リウィアの生家、プルケルは確固たる絆で繋がれた。皆様方の中には、両者の身分が不釣り合いであるとの見方をする方も、おられるだろう。

 しかし私は敢えて言おう。この婚姻は、名だたる貴族家とのそれに匹敵、あるいはそれ以上の価値があると」


 賓客たちが軽くざわついた。夫婦の身分差は明らかだったが、ティベリウスさんがそこまで言う理由を訝しんでいる。


「その黄金のごとき価値の一端は、この宴で示されるだろう。皆様方においては、饗宴を存分に楽しみつつも、黄金の煌めきを見逃されぬよう、よく目を開いてご注視願いたい」


 最後の言葉は堅苦しさを少し崩して、悪戯っぽい口調と笑みで言われた。緊張感が薄れて、お客さんたちがほっとしたように息をつく。


「では、これより大いに食べ、飲んで、我らの新しい門出を祝っていただきたい。――乾杯!」


「乾杯!」


「乾杯!」


 配られていたグラスを、皆が打ち合わせる。ガラス同士がぶつかる澄んだ音があちこちで響いて、宴席が始まった。







「ゼニス、こんなところにいたの。ちょっと来なさい」


 私がアイスクリームアートの最終確認をしていると、オクタヴィー師匠がやって来て手を引っ張られた。


「なんですか? 私、デザートの準備で気が気じゃないんですけど」


「きみね、仮にも貴族なんだから、使用人の真似事ばかりじゃだめでしょう。両親が来てるから、挨拶しなさい」


「師匠のご両親?」


「そうよ。他に誰の親だと言うのよ」


 なんと。師匠のご両親、つまりフェリクス現当主だ。私が首都に来て以来、ずっと地方属州にいるという話だった。


「父は荘園視察の後、属州総督に任命されてね。父も母も首都より地方の生活が気に入ってるみたいで、ぜんぜん戻ってこないのよ」


 総督になった話は、そういえば前に聞いていた気がする。


「いい機会だから、しっかり自分をアピールなさい。服装は……まあ、ギリギリ合格。行くわよ」


 私も一応は披露宴の出席者なので、フォーマルな装いをしていた。少し丈の長めの上着に、上等な布地のショールだ。

 なお師匠はストラと呼ばれる足首まである丈の長い服。胸のすぐ下とウエストを飾り付きの紐で締めていて、スタイルの良さを強調している。その上で赤く染めた絹のショールを羽織っていた。

 髪飾りやネックレス、腕輪指輪なんかのアクセサリーも盛りまくりである。本人がゴージャス系美女だから似合ってる。


 師匠は赤毛に緑の目、その色に合わせた装いだ。

 私の髪は褐色、目は赤茶だから、真似しようとしたら茶色ばっかりになっちゃうよ。


「頑張って服装、整えたんですよ。それで『ギリギリ』ですか?」


「そのショール、刺繍も地味だし、もっと派手なの着なさいよ」


「このくらいが気に入ってるんです。師匠みたいな派手派手は私には無理ですー」


 とか言い合いながらお客さんの間を進む。

 途中でお客の何人かに挨拶されたので、こちらも返した。


「オクタヴィー殿、久しいな。相変わらずお美しい」


「お久しぶりでございます、ルフス前執政官プロコンスル。ご機嫌いかが」


「今日の宴は素晴らしい。さすがフェリクス」


「あら、セラヌス財務官クァエストル。本日はご足労いただき、ありがとうございます。お父上はお元気?」


 なんか、役職聞いてるだけで大物感がすごいな。元老院議員の貴族たちだ。

 そしてそんな人々を前にしても、師匠は言葉遣いこそ丁寧だが割と態度がでかい。堂々としている。ある意味さすがである。

 人の波をかきわけて、ご当主の前にやって来た。新郎新婦の次くらいに人が集まっている。


「おお、その子がゼニスか。可愛らしいお嬢さんだ」


 ご当主が人好きのする笑みを浮かべて迎えてくれた。50歳前後の恰幅のいいおじさまだった。

 私は右手を左胸に当てる、ユピテル式の礼を取る。


「ゼニス・エル・フェリクスです。ティベリウス様とオクタヴィー様には、いつもお世話になっています」


「あなたのことは、オクタヴィーからよく聞いていますよ。才能豊かな魔法使いと」


 奥様はたおやかな雰囲気の貴婦人だ。

 それから一通りの雑談をしてこの場を離れようとしたら、ご当主が言う。


「ティベリウスの晴れ姿を見て、私は今度こそ思い残すことはないよ。属州総督の任期が終わり次第、フェリクス当主の座を譲るつもりだ」


 今度こそって変な言い方だなと思った直後の発言に、周囲も少しざわざわした。

 とはいえ、順当といえば順当なんだろう。そこまでの驚きはない。


「余生は夫婦でのんびり過ごしたいと思っておりますの。2人とも、地方の暮らしが性に合っています」


「余生だなんて、そんな。まだお若いでしょう」


 客の一人が言うが、50歳はユピテルでは老年期に近い。平均寿命が60歳ちょっとだから、前世の50代とは比べられないだろう。

 そのまま話が総督をしている属州の土地紹介に移っていったので、私は軽く礼をしてその場を辞した。


 はー、緊張した。ただでさえアイスの件で胃が痛いのに、こういう突発案件をねじ込まれるのは苦手だよ。


 バックヤードに戻る前に、その辺の様子を見て回る。

 料理は相変わらず豪華てんこ盛り状態で、しかもユピテル全土の特産品を集めているらしい。

 冷蔵パワーで新鮮なまま運んできた遠方のお肉や、長持ちさせた季節外れの果物などもある。どれも本来なら手に入らない品物ばかりだ。


 メニュー管理係の使用人が、新しい料理を運んでくる度に料理名と食材を読み上げている。

 それを聞いたお客たちは、通常であればありえない品揃えにひどく驚いている。

 ティベリウスさんの目論見は成功しているね。


 そういえば、披露宴開始時の彼のスピーチ。見事に100パーセント政略結婚で、新婚さんの甘さはちっともなかったなぁ。

 誰も疑問に思っていないようだし、貴族の結婚はそんなものなのだろうか。

 私は前世以来喪女で結婚に夢を見る趣味はないが、お嫁さんはどう思っているんだろう。同じように割り切ってる人ならいいけど。







 賑わう人々の間を縫うようにして、だいたい一通り見て回った。


 さて、そろそろ戻ろうか。

 そう思って中庭の端の方に行くと、ワイン壺がたくさん並べられていた。アンフォラと呼ばれる首が長い陶器の入れ物で、両側に取手がついている。表面には鮮やかな色彩の絵が描かれていて、ワインの産地が添えられていた。


 ……あ! 実家のワインもある!

 実家のワインの壺は、魔法使いと兵士と犬がリス退治をしている絵が描かれていた。犬はちゃんと2匹いる、プラムとフィグだ。よく描けてるなぁ。

 今日の披露宴の様子、後で手紙に書いてお父さんとお母さんに教えてあげようっと。うちのワインも出てたよって。


 リス退治の絵のおかげで緊張がほぐれて、気分が楽になった。

 アイスの出番は近づいてきている。最終チェックをして、本番に臨もう。

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