第59話 準備完了
アイスクリーム作りは、フェリクスの料理人たちを巻き込んで進行中だ。
山羊ミルクの脂は3日目くらいまで浮かび上がってくるので、都度すくって使っている。
ミルクと生クリームと卵の基本レシピは、思い出せるだけ作ってみた。
濃厚な口溶けは、卵黄のみ、布で丁寧に裏ごしのレシピでかなり再現できた。究極と至高にはまだ届かないけど、けっこう満足。
それらに各種の果物やスパイス、ハーブ類を加えてみる。
私はユピテルの食材に詳しくないので、料理人たちに指導をお願いした。
料理人たちはさすがに精通していて、色々教えてくれた。ユピテルは美食の国だけあって、スパイスやハーブだけでも膨大にある。
そして、隠し味として蜂蜜を入れるのがユピテル料理のコツなんだそうだ。みりんや砂糖を使う日本料理に通じるものがある。
「ゼニス様、こちらを召し上がってみて下さい」
料理人の一人がクラッカーみたいな小さいパンにチーズを乗せて差し出してくれた。
ぱくっと食べると、ほんのりニンニクの風味が効いていておいしい。クラッカーもパリパリだ。
「おいしい!」
「まだ終わりではありませんよ。次はこの白ワインを」
ユピテルでは子供の飲酒もさほど制限されていないので、大目に見てもらおう。
きりりと冷えた白ワインを一口だけ含んだ。
するとワインの風味でニンニクの香りが流されていって、後にはチーズのクリーミーさとほのかな甘味が残った。蜂蜜の甘さだ。
「どうです。こういった味のハーモニーこそが、我々フェリクスの料理人の得意とするところなのです」
「ゼニス様の白魔粘土のおかげで、ワインを冷やすのも簡単になりました。ちょうど良いタイミングで料理と一緒に出せて、助かっております」
「アイスクリームも、斬新で興味深い。どういう味で作りましょうか」
料理人たちは誇らしげだ。
ううむ、こりゃあ古代レベルだからって軽く見てられないな。
味付けに関しては私が下手に手を出すより、料理人たちに教えを請うた方が良さそうだ。
では、私はディスプレイとデコレーションの案を練ってみよう。
学院長から聞いた北国の話をヒントに、アイスクリームとアイスキャンディで一枚の絵を描くような、楽しい風景を作りたい。
アイスをいろんな形に作るのは、金型を用意してそれにアイス液を入れて凍らせればいいと思う。
氷像として他のものを作るのもいいな。
頭の中で描いた光景に翼を生やして飛ばすように、イメージを膨らませていった。
ティベリウスさんやオクタヴィー師匠、結婚式の準備を取り仕切っている家令さん、マルクスやティトたちにも意見を聞いたり力を借りながら、アイスクリームアートの原案が出来上がった。
イメージするのは、ユピテル全土の縮図。
中央に首都のある半島を置いて、北西山脈、北部森林から東のエルシャダイ王国、内海を挟んで南の大陸まで。
そしてそれらを繋ぐ、ユピテルの大動脈である街道。
大きな台の上に氷の板を置いて、その上に氷とアイスで作った造形物を配置した。
陸地は茶色や緑の色を付けたかき氷を薄く敷き詰めた。
北西山脈はかき氷を高く積んで、山に見立てる。青や白で本物っぽく色付けしたよ。
各地方にはそれぞれの名産品やランドマークをアイスで型どって作り、置く。
長く伸びる街道の上には、ミニチュアの荷馬車だ。氷細工の馬に、荷馬車には一粒サイズのアイスを乗せる。
海の上には小さい船もあるよ。
首都ユピテルの位置には、色とりどりのアイスキャンディを立てて。これは、ユピテルの代表的な建築物である列柱回廊を模したものだ。
その真ん中に氷の碑を置いて、フェリクスの氷のシンボルマークを添える。
新しく始める冷蔵運輸をアピールしつつ、各地の名産品の形をしたアイスも食べられちゃうという、楽しい仕上がりになった。
名産品は実際に冷蔵運輸で扱う品を中心に、ティベリウスさんに教えてもらって作った。
マルクスにイメージイラストを描いてもらって、みんなで確認した。
「ゼニスの発想はいつも素晴らしいね。こうして立体の地図を見れば、我が国の領土と特産品がよく分かる」
ティベリウスさんが褒めてくれた。
「料理の最後を締めくくるのにふさわしい。ぜひ、これを作ってくれ」
「はい!」
一度、氷とアイスで試作品を作ることになった。
量を増やしてアイスを作り始めると、なんと例の野菜水切り器が役に立った。
すくい取った山羊ミルクの脂肪分をこれに入れて回転させれば、水分が飛んでさらに濃いクリームになる。
ミルクそのものを入れてもちゃんとクリームが取れて、時短になった。作っておいてよかった!
自然に脂が浮かんでくるのを待つと、何日もかかっていた。おやつに食べるくらいならそれでいいけど、まとまった量が必要だもの。
試作品作りの日、中庭に大きな大理石の台を用意して、その下にドライアイスを仕込んだ。
その上に氷の海、かき氷の陸地を作る。氷を削るのは大変だから、今回は私が粉雪の魔法を使って降らせた。
本番は色付けした氷を削ってもらう予定だ。魔法で出した氷じゃなく、果汁やハーブを混ぜた水を白魔粘土の冷凍庫で凍らせた氷ね。
あとは型抜きしたアイスを配置して、仮の完成!
みんなで色んな方向から確認して、アイスの配置を見直したり飾りを追加したりした。
海の部分が寂しいということで、波に見立てた白い花びらを散らしてみた。陸地の部分もところどころに、生花を置いた。華やかになったよ。
そうしてさらに完成度をアップさせると、誰ともなく拍手が起きた。うん、感慨深い……。
でもまだ、終わりじゃないのだ。
そのまま中庭に置いて、溶け具合をチェックした。
6月初旬の式の時期と比べると今はまだ涼しいけれど、それを差し引いてもさほど溶けないで保ちそうだった。これなら大丈夫。
全ての確認が終わった後は、使用人たちを含めたみんなでおいしくいただいた。
アレクとラスは羊の形のアイスを取った。羊肉と羊毛で有名な土地に置いていたやつ。
オクタヴィー師匠は栗が入ったアイスが気に入ったみたいで、つまんでは口に放り込んでいたよ。
試作を繰り返すのに時間がかかって、もう5月に入っている。結婚式まであと1ヶ月。
ユピテルではそろそろ夏の気配が近づいてくる季節だ。
時間ができた私は、首都の隣の港町へ駆り出されて魚の冷凍実験をやったりしていた。今のところドライアイスの魔法を使えるのは私だけなので、冷凍する時は呼び出される。
他の魔法使いにも二酸化炭素や分子の概念を教えている。でもユピテルの常識からかけ離れた内容なので、どうも理解してもらえない。私の教え方が下手くそだってのもあるだろう。
私だけのユニークスキルと言えば聞こえはいいが、実際は使い回しのできない不便さが目立つ。
ドライアイスなしで冷凍するには、塩や硝石など氷の寒剤を使うしかない。アイスクリーム程度ならともかく、量のある魚介類はこれでは無理だ。
当分の間、運輸事業は冷蔵だけになりそうである。
冷凍は特別に貴重な品とか、そういう限定的な運用になるだろう。
そして時間は流れて、6月になり。
ついに結婚式の日がやって来た。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます