第57話 アイスクリーム試作
今日はわくわく、アイス作りの日!
とりあえず試作してみて、細かい造形や色付けなどは後から調整するつもりである。
材料はシンプルに、ミルクと卵と蜂蜜のみ。
生クリームというものはなかった。それにお砂糖も東方からの輸入品で黒砂糖が少々あるだけで、数量の確保が見通せなかったため蜂蜜を使うことにした。
あと、バニラエッセンスはもちろんバニラビーンズもない。この辺は入手できるスパイスを後々工夫してみようと思っている。
ついでに言うと、ミルクは牛乳ではなく山羊ミルクだ。
ユピテルでは牛は主に農耕用や儀式用の家畜で、ミルクといえば山羊なのである。次に羊が来るが、一番メジャーな山羊で問題はない。
さて、いよいよアイス作りタイムの始まりだ。
午前中のうちから厨房を借りて、私、ティト、マルクス、アレク、ラスが集まった。他にはフェリクスの料理人が何人かついてくれている。
「新しい氷のお菓子だって? かき氷以外にも商品が増えるのか?」
マルクスが興味津々に言う。
「かき氷より高級路線だから、売り場は調節しないといけないけど。いずれ販売も考えてるよ」
「かき氷も最初よりコストダウンしただろ。それもいけるんじゃないの?」
「さあ、それはやってみないとね」
そんなことを言い合う。
アレクとラスは初めて入った厨房を探検するのに忙しい。その辺の食器や料理の材料をひっくり返されないかと、料理人たちがおろおろと見守っていた。
まず、手鍋に山羊ミルクを注ぐ。
かまどは既に調整済みだったので、すぐに火にかけられた。料理人さんありがとう。
ミルクをかき混ぜながら蜂蜜を溶かした。
次に鍋はティトに任せ、私はボウルと卵を取り出す。ここで呪文を一つ。
『公正なる死の精霊よ、此れに宿る、人の目に映らぬほど微細なる生命たちを、全て死に至らしめ給え』
殺菌消毒の魔法だ。
アイスクリームは何時間か凍らせるとはいえ、生卵を使う。サルモネラ菌とか心配だったので、魔法を作ってみた。
卵を加熱するレシピもあるから、その時は魔法を省略すればいいだろう。
余談だが対象を『生命』にしたから、ウイルスに効くかどうかは疑問が残る。あれは厳密には生命ではないらしいので。そのうち検証してみたい。
卵を割って卵白と卵黄を分ける。まずは卵白を泡立ててメレンゲ作りだ。
泡だて器はもともとはなかったのだが、金物職人に頼んで作ってもらった。
頑張って泡立てたのだが、砂糖を入れていないせいできれいなメレンゲにならない。
そうなるかもと予想してたけど、思ったよりも砂糖がないのがつらい。生クリームもないせいで、あんまりコシが出ないぞ。
まあいい、今回は試作だ。
できるだけ混ぜ混ぜしてメレンゲを作り、卵黄を加えてさらに混ぜ、蜂蜜を溶かしたミルクを入れた。今度はヘラで混ぜる。
出来上がったものを、冷凍庫もどきに入れる。
箱の内側を白魔粘土で覆って、ドライアイスを詰めたものだ。しっかり蓋も閉まるように作ってもらった。
これで3時間くらい冷やしつつ、途中で何度かかき混ぜればアイスが完成する。……はず。
「意外に簡単ですね。新しいお菓子というから、もっと複雑だと思っていました」
と、ティト。私はうなずいた。
「うん。基本の作り方はこんなとこだよ」
今回は卵白をメレンゲにして使ったが、卵黄だけを使うレシピもある。
アイスの基本レシピは案外数が多くて、アレンジを入れるととてもバリエーション豊かだ。
「姉ちゃんが料理できるなんて、知らなかった」
厨房の探検を終えて、アレクが言う。
できるよ? 前世はブラック労働のせいで時間なくてほぼ外食だったけど、たまに自炊もしてたもの。
学生の頃はお菓子作りも時々やってた。ただ、私の手作り品はなぜかあんまり評判が良くなかったが。
「出来上がるのが楽しみです」
ラスがにっこり笑う。私も笑みを返した。
「今から冷やせば、お昼ごはんのデザートに間に合うと思う。楽しみにしてて」
「わーい!」
「はーい!」
そうしてお昼時になり、冷凍庫もどきからアイスのボウルを取り出した。
木べらでかき混ぜてみる。
う、うーん?
これは、アイスというかシャーベットだな……。
なめらかさがあまりなくて、シャリシャリしてる。ミルクシャーベットだ。
みんな、おいしいおいしいと食べてくれたけど、思ってたのと違う。
やはり砂糖と生クリームがないのが痛い。
アイスクリーム独特の、空気を含んでふんわりとした食感には程遠い。
これではいかんのだ!
アイスはもっと、ふわっとトロリとして口に含んだら淡雪のごとくほどけるくらいじゃないと!!
生まれ変わってこの方、ユピテルの食生活に馴染んで不満を感じていなかった。
でも、理想とかけ離れているとはいえ前世のお菓子に似たものを食べて、私の日本人としての魂に火がついた。
深夜のコンビニで疲れた心と身体を癒すには、こんなシャーベットじゃ駄目だ。
ユピテルにコンビニはない、それならば公衆浴場でどうだ!
一日の疲れを癒やす温浴、湯浴み。そして温まった体で一口頬張る、至高のアイスクリーム。
もっと、濃厚クリーム感を!
もっと、とろけるような口溶けを!!
「ゼニス姉さま、『アイス』は冷たくってとってもおいしいですね! 僕、こんなお菓子は初めて食べました」
「ありがとう、ラス。でもね、アイスのポテンシャルはこんなもんじゃないのよ。試作とはいえこんなのしか作れなくて、私は私に絶望した。でも見ていなさい。私は必ず、ハー○ンダッツもびっくりの理想のアイスクリームを作ってみせるから!」
「は、はい……?」
ラスがドン引きしているのは分かっていたが、私はもはや自分を止められなかった。
光り輝く究極のアイスクリームを幻視しながら、再び厨房へ向かった。
厨房に立って、私は腕組みした。
生クリームは絶対に欲しい。
砂糖は黒砂糖で構わないから使ってみよう。本当は上白糖が良かったけど、存在していない。今からサトウキビやらビートやらを探してきて栽培するわけにはいかないからな。
生クリームの作り方は、よく分からない。
しかしあれは、極めて濃い乳脂肪分だろう。ミルクに含まれる脂肪分を取り出せばいい。バターと同じ原理だ。
バターの作り方であれば分かる。小学校の修学旅行で牧場を訪れた時、一人一本の牛乳入り瓶を渡されて振りまくった。するとそのうちバターが分離してくるのだ。
この時の牛乳は市販されている成分調整牛乳ではなく、牛から絞ったそのままの生乳とのことであった。
好都合だ。ユピテルのミルクは全部生乳だもの。
瓶を振るというのは、つまり遠心分離機にかけて分離させるようなもの。
手で振るだけでは労力がかかりすぎる気がする。
ユピテルでは機械なんぞがない分、なんでも人力でやる。
奴隷の人を借りれば力技で解決するかもしれないが、遠心分離機はちょっと心当たりがある。
簡単な遠心分離機として、野菜の水切り器が流用できないだろうか。
水切り器は、ザルの中に洗ってカットした野菜を入れ、容器にセットして蓋を閉めてハンドルを回すと、中のザルがぐるぐる回って遠心力で水滴が飛ぶという、キッチンの便利グッズだ。ミニサイズからバケツサイズまであった。
遠心力は回転速度と回転半径が大きいほど強く働くはず。であれば、大きめのを作ればけっこうイケるのでは?
よし、方向性が決まった。
1、砂糖(黒砂糖)の入手。
2、生クリームの入手。
3、2のために遠心分離機を作る。
以上である!
「よっしゃあ! やってやるぜ!!」
思わず叫んだら、隣でティトがびくっとしていた。
後で聞いたところによると、私のイカレポンチ病が再発したかと思って気が気じゃなかったんだそうだ。
うん。ごめんなさい。反省はしてるけど、アイスに関してはこのまま突っ走る次第である。
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