第56話 北の地の思い出話
白魔粘土作りに魔力循環の講義。いつもの日課をこなしながら結婚式の氷の料理を模索しているけれど、いい案が出てこない。
もう1月は終わってしまって、2月に入った。
温暖なユピテルでは2月は春の始まりに当たる。陽が長くなって草木が芽吹くのを実感しながら、私は少しばかり焦っていた。
日々増えていく白魔粘土は、次々とどこかに送られていく。
ティベリウスさんに聞いてみると、南の大陸や東のエルシャダイ王国まで、ユピテル全土に運んでいるとのこと。冷蔵冷凍運輸に適した品物を見定め、試験的に運送する準備だと言っていた。
冷たい飲み物やかき氷販売だけなら白魔粘土の必要量もたかが知れているが、こうなるといくらあっても足りないみたい。
2月も半ばになったある日、魔法学院の廊下を歩いていると学院長に出会った。シリウスの伯父さんだ。
「ゼニスさん。シリウスが色々とお世話になっているようで、ありがとうございます」
お父さんよりもずっと年上の人に丁寧に言われて、私は落ち着かない気分になった。
とはいえ、中身40代の私としてはほぼ同年代か。それにしても上司に当たるわけだし、やっぱり落ち着かないや。
「いえいえ。シリウスはちょっと……いや、かなり……問題のある人ですけど、魔法に関する才能は確かですから。白魔粘土の製作では、こちらも助かっています」
「その件も、シリウスにとってありがたい話です。あの子は収入が乏しくて、苦労しておりましたから。わたくしから借金した生活費も、返す目処が立ったと報告しに来ましたよ」
おや、そうか。てっきり本棚目当てだと思ってたが、ちゃんと借金返す気はあったのか。
「あの子はまだ15歳、せめて成人の17歳まではうちに置いてやりたかったのですが、妻が嫌がりましてなあ。妻とシリウスは折り合いが悪く、ケンカばかりしていたのです」
「ははぁ……」
シリウスと折り合いのいい人は稀だと思う。伯父さんは血の繋がりがあるからまだしも、義理の関係の伯母さんは嫌になっちゃったのかな。だいたい、親戚の子を預かって育てるの自体が大変だろうに。
私がそんなことをぼんやり考えていたら、学院長は廊下の窓を見ながら言った。
「ユピテルはすっかり春ですな。わたくしの祖父と父の故郷、北のブリタニカでは二月はまだまだ冬です。積雪も多く、冬になると全てが雪と氷に閉ざされる。
たまに訪れる者にとっては物珍しくとも、現地の人々にとって冬と雪は厄介ごとの象徴のようです」
「学院長のおじいさまは、この魔法学院の創設者でしたね」
「ええ、フェイリム・アルヴァルディです。祖父がユピテルにやって来たのは、壮年期になってからですので、父も少年時代は北国で過ごしました。よく昔話を聞きましたし、わたくしも2度ほどあちらを訪ねたことがありますよ」
ブリタニカはユピテルから見て遠い北西にある地名である。ユピテルの領土ではない。北西山脈の向こう側で、様々な部族に分かれて割拠している民族の一部が暮らす土地だ。
「ブリタニカはどんな土地ですか? やはり、ユピテルとはだいぶ違いますか?」
ちょっと興味が湧いてきたので、聞いてみた。
「違いますなぁ。まず人が違う。あちらの人々は金髪や明るい色の髪、青い目や緑の目が多くて、肌は青白く、背が高い」
私は学院長を見た。そういやこの人も、身長はけっこう高めだ。目は茶色だけど、かなり明るい色合い。髪は……、髪は、残り少なくてよく分かんない……。
「わたくしは母がユピテル人ですから。あちらの特徴はそんなにありませんよ。むしろブリタニカの血は、シリウスに色濃く出ましたな」
学院長は苦笑して、続けた。
「かの地は一年を通して寒い日が多く、特に冬は何もかもが凍りつきます。それに夏は陽が長い分、冬は極端に昼が短くなります」
ふむ、高緯度地帯の特徴だな。この世界はやっぱり惑星で、太陽を中心に自転と公転をしているんだろうか。
「雪が降ると大人たちはうんざりとしますが、子供たちははしゃいで雪遊びをします。雪合戦をしたり、雪だるまを作ったり」
……お? 今、何か記憶に引っかかった。
「雪だるまは単純な形のものが主流ですが、たまに凝ったものを作る子もおります。石や枝で顔の表情を作ったり、個性が出ますな」
そうだ、雪だるま。前世で東京とかに珍しく大雪が降ると、おもしろ雪だるまがSNSにいっぱい投稿されていた。リアルな造形で本物の人間そっくりだったり、アイディア勝負で奇抜なものだったり、アニメやゲームのキャラもあった。
それに北海道の雪まつりでは、大雪像があったね。そこまで大きくなくても、一般市民作の雪像もいろいろあった。氷像もあったっけ。
雪だるま、雪像に氷像、こういう楽しい造形を氷の料理に取り入れられないかな!?
「家の軒先の大きなつららを折って、剣に見立てて打ち合ったりもしたそうです。その後はおやつ代わりに食べたり舐めたりしたそうですよ」
ほほう、天然のアイスキャンディーか。寒そうだけど、おいしそう。
そうだ、果汁なんかで着色して色んな色を並べたら、きっときれいなのでは。
私が浮かび上がってきたアイディアを脳内で吟味していると、学院長ははっとしたように言った。
「おっと、長々と立ち話をすみません。お忙しいのに引き止めてしまいましたかな」
「いえいえ! 面白いお話が聞けて楽しかったです。またブリタニカのお話、聞かせて下さい」
「はい、今度はお茶でも飲みながらお話ししましょう」
学院長はそう言って、また丁寧にお辞儀をしてくれたのだった。
いい話が聞けた、ありがとう学院長!
雪や氷、アイスクリームは形作りが簡単にできるのも良い点だ。色だって果汁やスパイス・ハーブ類でつけられる。
アイスの美味しさは折り紙付き。あとは見た目を工夫すれば、見てよし食べてよしの華やかなデザートになると思う。
さあ、どんなアイスを作っちゃおうかな?
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