第55話 天才
シリウスの言葉に嘘はなく、彼の魔力量はとても多かった。試しに魔力石に魔力を流してもらったら、眩しいくらいに輝いている。これは、私より一段上だ。
「で、白魔粘土とやらを作れば、お金をくれるのか」
「うん。この壺1つにつき、これくらいでどうかな?」
提示した金額をシリウスは喜んで受け入れた。壺1つはだいたい、樽1つ分の断熱材、保冷剤の量になる。
念のために言うけど、買い叩いてないよ。妥当な額だよ!
それで一度、試しに作ってみようということになった。
魔法学院の備品庫に保管してあった、魔力石を砕いたものとでんぷんのりを取ってきて、シリウスの研究室で広げた。
作り方を説明する。
「でんぷんのりに魔力石を混ぜて、それに魔力を注ぐ。それから水の魔法を1回。次に間を開けず、熱風の魔法を1回。それで完成」
「熱風というと、インクを乾かすあれか?」
「系統は同じだけど、もっと出力が高いやつ。お風呂上がりの髪を乾かす魔法だよ」
「そんな無駄なことに魔法を使っているのか? これだから女は」
まったく、こいつは懲りないな。
「自分が理解できないからって、すぐ悪口言うのやめなさい。シリウスだって他人から理解してもらえなくて、嫌な思いをたくさんしてきたでしょ」
「……むう。分かった。取り消す」
シリウスは口を尖らせたが、残念ながらアレクみたいな可愛さはない。やめとけ。
気を取り直して、高出力の熱風魔法――ドライヤーの魔法の呪文を教えた。インクを乾かす魔法が使えるなら、特に問題はないはずだ。
「じゃあ始めるぞ」
水盆に広げた魔力石inでんぷんのりに、シリウスが腕まくりした両手をつける。軽く目を閉じて集中を始めた。
すぐに手元が輝き始めた。真冬の太陽みたいな、僅かに金を帯びた白い光。かなり強い光だった。
「どうだ、見たか。冊子を作る間に魔力循環の練習もしたんだ。だいぶ上達したぞ」
「うん、すごいよ。強くてきれいな光。冬のお日様みたい」
「…………」
本心から褒めたのに、シリウスはむすっと黙り込んだ。微妙に頬が赤い。
なんだ、今ので照れたのか。変なところシャイだな。
『清らかなる水の精霊よ、その恵みを我が手に注ぎ給え』
魔力の輝きが十分に行き渡った後、シリウスは呪文を唱えた。
オクタヴィー師匠の歌うような詠唱とはまた違う、書物を朗読するような響き。
彼の手から水が湧き出て、水盆の中に満ちる。
『自由なる風の精霊よ、火の精霊とともに踊り、その交わりの熱き風を我が手より放ち給え』
次いで熱風の魔法。あくまで淡々と、あまり抑揚をつけずに唱えられた呪文の最後の発音が終わると、ぶわっと熱い空気が巻き起こった。
魔力をたっぷり注いでいるせいか、本来の効果よりも出力が高い。隣に立っている私の髪まで風に揺れて、たなびいた。
水盆に溜まっていた水が一気に蒸発する。と同時に、淡い金の煌めきが水蒸気と一緒にきらきらと宙に散って、その光の欠片がゆるやかに霧散し消えた後――水盆の中には、ぷるぷるとした弾力性のある白魔粘土が生まれていた。
「ほほう、これが白魔粘土か。こんな方法で出来上がるとは、驚きだな」
シリウスは指先でちょいちょいと白魔粘土をつついている。それほど疲労した様子はない。
これを作るには、一定以上の魔力量が要る。去年雇った5人の魔法使いのうち、成功したのは1人だけだった。
その人は平均よりもそれなりに多い魔力量の持ち主だが、それでも1日に1樽分を作るのが精一杯。作った後はぐったりしている。
私は思い切り頑張れば、樽4つ分いける。でも4つ分作ると頭痛が起きて、その日はそれ以上魔法を使うのが難しくなる。
さて、シリウスはどうだろう。
「うん、初めてなのに上出来だね。じゃあ次は、限界に挑戦してみようか」
「え?」
きょとんとするシリウスに、私は鬼コーチの気分で命令を下した。
結論から言うと、シリウスは樽8つ分の白魔粘土を作り上げた。
ただし7つ分の時点でかなりふらふらになっており、それでも無理してもう1回チャレンジしたところ、8つ分の完成と同時にぶっ倒れてしまった。
こんなところでも加減が下手くそというか、なんというか。
倒れた彼を抱き起こそうにも、私の力では難しい。
15歳のシリウスの体格は、もう大人並みだ。痩せ型だけど背が高いので、とても動かせなかった。
誰か男性を呼んで医務室まで運んでもらおうと思ったが、あいにく今は冬休み。学院内に人があまりいない。
ティトと2人で運べないか試したけど、途中で転びそうだったのでやめた。
仕方ないので私の部屋からクッションと毛布を取ってきて、毛布で全身をくるみ、クッションを枕代わりにしてみた。
私は書き物机の椅子に座り、ティトは立ったままでいる。
「足が疲れてきました。このバカの上に座っていいですか」
とティトが言うので、
「やめてあげて」
と答えておいた。私、やさしい。
ティトは私に失礼な態度を取りまくるシリウスを嫌っているんだよねぇ。
それにしても、樽7つ分の時点で止めてやればよかったな。
私もつい、鬼コーチのノリで「やれ、シリウス! お前の魔力はそんなもんか!? 諦めたらそこで試合終了だぞ!」とか煽ってしまった。反省している。
シリウスの1日の作成量は、余裕を見れば樽6つ分。ぎりぎりまで頑張って7つ分てとこか。
私の倍近くある。素直にすごいと思う。
彼は魔法文字に傾倒しているけれど、今後の成長によっては大魔法使いと呼ばれる立場になるかもしれない。それこそ、この学院を作ったシリウスのひいおじいさんのように。
これでここまでのクソコミュ障じゃなければなあ。天は二物を与えずってか。
でもまぁ、コミュ障でも社会への対処法を最低限だけ学んで、後はできる人に任せればいいのだ。
私もコミュ障気味だから、任せられるのは困るけど。
気が利いて理解のある使用人を雇ったり、奴隷を買ったりすればなんとかなると思う。
学院長である伯父さんと相談して、意見を聞いてみよう。
小一時間ほどして、シリウスは意識を取り戻した。
ティトと私が上から覗き込んでいたのを見て、めちゃくちゃびっくりしていた。「うおぁ!?」て言ってた。
起き上がってまだふらついていたので、家まで送っていったよ。魔法学院に近いアパートの4階だった。
ユピテルのアパートは下の階ほどお金持ちで、上に行くほど貧乏人が暮らす。
1階部分はお店になっているケースが多い。
2階には戸建てを持てない程度の、そこそこ裕福な層が暮らしている。3~4階は中流層、それ以上は貧乏人。
多くの建物は1階と2階部分は石造りで、それより上は木造。火事が起きた時、木造はあっという間に燃えてしまうので、貧乏人ほど被害が大きくなる嫌な構造だ。
フェリクスに雇われる前のマルクスは最上階に住んでいて、それはもうひどい環境だった。
屋根裏部屋のような場所に、間仕切りだけの雑居状態。屋根と壁の間に隙間が空いてて、風が吹き込むわ鳩は出入り自由でフンとかしまくるわ、あんなとこにいたらお母さんが病気になるのも当たり前だと思う。実際、お屋敷の使用人部屋に引っ越したら体調が上向いたもの。
アパートの4階は中流層の住居で、住環境はまずまず良い。
部屋の中までは見なかったけど、やっぱり研究室みたいにゴチャゴチャなんだろうか。そこまでは知らんぞ。
「すまんな。世話になった」
と、シリウスにしては真っ当に言う。
「ううん、私もちゃんと止めてあげなくてごめんね。体調が戻ったら、また白魔粘土作りをお願い」
「一晩寝れば魔力は戻る。明日からまたやるぞ。本棚のためだ、お金を稼がないと」
「無理しちゃ駄目だよ」
「それは今日、倒れて思い知った。今後は余裕を持って取り組む」
シリウスは渋い顔である。悪いリスの件といい、痛い目を見ないと実感できないタイプなのかもしれない。
明日も私の方で白魔粘土の材料を用意して、彼の研究室に持っていくことにした。
話がついたので、私とティトはお屋敷に帰る。
あとはオクタヴィー師匠に話を通して、支払う代金の用意をしよう。
シリウスは頑張ってくれそうだし、私も1日2樽分くらいなら負担なく作れる。
魔法学院の学生で、魔力量が高い人にバイトを頼むのもいいな。
白魔粘土の方は見通しが立ってきた。
あとは、ティベリウスさんの結婚式で出す氷の料理を考えよう。
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