第54話 片付け術
久しぶりに魔法学院へとやって来た。シリウスの片付けの成果を見届けるためだ。
まずは自分の研究室に行って、閉め切っていた空気の入れ替えと簡単な掃除をする。ティトが一緒にやってくれたので、手早く終わった。
それから2人でシリウスの部屋に向かう。
ノックをしたら、ノータイムでドアが開いた。待ち構えていたらしい、ちょっと引くわ。
「やっと来たか、ゼニス。遅いぞ」
「昨日の約束した時間通りでしょ」
部屋の中は物がずいぶんと減っていた。がらんとしている。いや、減ったのではなくて箱に入れられていた。
去年の年末に私が用意した、『日常的に使うもの』『使う頻度は低いけど必要なもの』『不要なもの』『判断がつなかくて保留にするもの』と札が付けられた大きな箱である。
不要なものの箱は、ほとんどカラだった。明らかにゴミみたいなものがちょっと入ってるだけだ。
保留の箱は陶器の器だの、変なブロンズ像だの、貝殻とか石ころとか、よく分からないものが半分くらい入っている。
日常の箱は文具とか紙束とか、まあ妥当な感じ。
頻度は低いけど必要なものの箱は、みっちりだった。たぶん全体の7割はここに入ってる。
そして驚いたことに、巻物が全部冊子化されていた。
もともと彼の持ち物は、書物の巻物が一番多かった。天井に届くくらい積まれていた膨大な数の巻物が、B5サイズ程度の大きさの冊子になって、箱にきっちりと収められている。
「どうだ、すごいだろう。巻物を全部切り分けて、冊子にしたんだ」
シリウスが胸を張っている。
確かにすごい。紙を切り分けてとじる手間を考えると、気が遠くなりそうなくらいすごい。よくもまあ、やったものだ……!
「どうしたの、これ」
どうリアクションしていいか分からず、やや呆然としながら言った。ティトもチベットスナギツネの顔で黙ったままだ。
「お前が考えた冊子、便利だったからな。巻物のままより、スペース圧縮にもなった。それにせっかくだから、分類ごとに並べ直したんだ。使いやすくなったぞ」
「え、あ、うん……」
少しばかり漁ってみると、書物はほとんどが魔法に関するもの。魔法文字や呪文体系、精霊や魔獣の図鑑などに分けて並んでいるようだ。
これを年末年始で全部やったのか。小さな図書室を作るようなものじゃないか。
なんか、ちょっとついていけない。
努力して成果を出して、私に知らせてくれているんだから、褒めるべきだと思う。
でも、どこをどう褒めるといいのかよく分からん。
困りながらシリウスを見ると、「褒めて、褒めて」と顔に書いてあった。その分かりやすい表情が、かつての愛犬たちをほうふつとさせる。白犬のプラムも前世の飼い犬も、よくそういう顔してたよ。思わずため息が出た。
「これ、シリウスが1人で全部やったの?」
「当然だ。僕に手伝ってくれる知り合いなどいないからな」
それは自慢するとこじゃないだろ。
「うん、すごいよ。よくこの期間で最後までやり遂げたね」
「そうだろう、そうだろう」
「研究室、すっきりしたじゃない」
「ああ。前のままで構わないと思っていたが、空間が広いと使いやすくて良い」
部屋の中は棚の中身に至るまで空っぽだ。文字通り全部、箱に入れたらしい。
まったく、極端なやつだよ。
「こうなると、ここまでにしておくのはもったいないね」
がらんとした室内を見渡しながら、私は言った。
シリウスが首をかしげる。
「どういう意味だ?」
「せっかく冊子をたくさん作ったから、本棚を作らない? 箱に入れたままだと、使いにくいでしょ」
「そうだな。取り出して、またしまうのが面倒だ」
そして、また元のように散らかし放題になるのが目に見える。
せっかくここまで片付いた状態になったのだ。収納システムを改善して、少ない手間でこの状態を維持できるようにしたい。
まず、巻物を置く棚を見た。これは背板がないせいで、冊子を置くのは不向きだ。
シリウスは全部の冊子を同じ大きさに作ったので、それに合わせて本棚を作れば、規則正しく収納できるだろう。
そういったことを伝えたのだが、どうもピンとこないらしい。
「本棚は後ろ部分に板をつけて、冊子が落ちないようにするの。で、棚ごとに見出しをつけて分類をひと目で分かるようにする」
日常品の箱から紙とペンを取り出し、図解しながら、身振り手振りも混ぜて説明した。私に絵心はないけど、そのくらいなら描ける。
要は部屋の中に小さな図書室や本屋さんを作るイメージだ。
するとシリウスも理解したようで、うなずき始めた。
「うん、いいな。巻物は引っ張り出すと元の位置に戻すのが面倒で、いつも散らかっていた。本棚なら出し入れが楽そうだ」
「だよね。ただ、そういう本棚は売ってないと思う。特注で作らないとだけど、お金ある?」
「ない……」
ですよねー!
彼は魔法学院所属の研究者だけど、この前の魔法文字辞書以前は特に実績もなかったみたいだし。人付き合いが悪すぎて、追い出される寸前だったし。
「学院長、伯父さんに借金とかは……?」
「たぶん、無理だ。生活費も時々借りていて、返せていないから」
思ったより深刻だった。
「じゃあ残念だけど、今回はあきらめ……」
「嫌だ! 本棚、欲しい! せっかく冊子にしたんだ、本棚に並べたい。もう僕の頭の中では、本棚ときれいに並べた冊子が完成してるんだ!」
シリウスはがばっと私の両肩をつかんできて、すぐに慌てて離した。
悪いリスとして懲らしめられた経験が生きている。ティトが睨んでくれたせいもあるかもしれない。
「ゼニス、頼む! お金を貸してくれ。本棚、どうしても欲しい!」
「私も貸せるほどのお金は持ってないよ」
「そこをなんとか!」
そう言われても、無い袖は振れない。
――いや、待てよ。
「シリウス、魔力量は多いよね?」
「なんだ、急に。ああ多いぞ。今まで僕より多い人間を見たことがないくらいだ」
そりゃすごい。おあつらえ向きだ。
「いい仕事があるの。やってくれるよね?」
「やる!」
二つ返事で頷いたシリウスに、私はにんまりと笑みを返したのだった。
やったね、白魔粘土の作り手をゲットしたよ!
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