第53話 私のためにw争わないでww

 シンボルマークの決定から数日が経過した。

 看板はまだ出来上がってこないけど、大小の焼き印が出来たので見せてもらった。なかなかいい具合である。

 木製の食器や樽にはこれを使って、陶器や銅の食器はマークを入れて作り直すんだって。

 早速、マークをつけた木製のカップを手に取って、マルクスが喜んでたよ。今回の功労者だもんね。







 アレクは夜、寝る前になるとこっそり私の部屋にやって来る。

 ラスにもティトにも内緒だ。もっとも、ティトにはバレてる感じだけど。

 一緒に寝台に入って、寝る前におしゃべりするのが日課になってる。

 おじいちゃん先生の授業が始まって、ラスと一緒に勉強していると話してくれた。


「ラスは頭がいいんだ。俺が読めない難しい文も、すらすら読んじゃう」


 アレクはちょっと悔しそうだった。


「ラスは前から勉強を始めてるからね。アレクは始めるのが遅かったから、これから追いつくといいよ」


「ほんとに追いつける? 俺、勉強苦手だよ。じっと椅子に座ってるの、つまんない」


 今まで田舎で走り回っていた生活から、急に勉強の時間が増えたものね。


「気持ちは分かるよ。私も故郷の村で、駆け回ってるの好きだったもん。でも、ちょっとずつ勉強にも慣れていこう。色んなことを学ぶのも、楽しいよ」


「そうかなぁ」


 アレクが口を尖らせるので、つまんでやった。アヒルみたいな顔になってる。


「そうそう。で、勉強の時間が終わったら、ラスと私とティトで遊ぼう。なにしようか?」


「じゃあ、追いかけっこ! クルミ投げもやりたい。マルクスも来てくれるかな?」


「仕事の時間以外なら、来てくれると思うよ。誘ってみよう」


「うん!」


 寝る前にこうやって話す時間を取るのも、なかなかいいと思う。

 やがてアレクが規則的な寝息を立て始めたのを聞きながら、私もぐっすりと眠った。







 その翌日のことである。

 約束通り、おじいちゃん先生の授業を終えたアレクたちと一緒に、中庭で追いかけっこをした。お昼前だったので、マルクスもいる。

 するとフェリクスの使用人さんに声をかけられた。


「ゼニス様、お客様がいらしています」


「え、私に? 誰だろう」


「ゼニス様の同僚で、シリウス様と名乗る少年ですが。金髪で青い目のお方です。こちらにお通ししてよろしいですか?」


 シリウス? なんでわざわざここまで来たんだろ。


「はい、確かにそいつ、じゃなかったその人は魔法学院の同僚なので、通して下さい」


「かしこまりました」


 やって来たシリウスは、とても不機嫌な顔をしていた。


「ゼニス、里帰りから戻ったのに、どうして学院に来ないんだ」


 いきなりの詰問口調である。子供たちがいるんだから、やめて欲しい。


「魔力循環の講義は、まだ先だもん。別に用事がないから行かなかっただけ」


「用事ならあるだろう。僕の研究室を片付けたのに、なんで見に来てくれない」


 おっと、そういやそうだった。正直忘れてた。

 首都に戻ってきたその日に結婚式の話を聞いて、すぐシンボルマークを作ったりして忙しかったから。

 そう言おうと口を開きかけたら。


「帰ってきたら、すぐ来てくれる約束だったのに! 僕はずっと待ってたんたぞ!」


 怒ってる、というか拗ねてる?

 9歳女児に拗ねて文句を言う15歳男子の図。いやまあ、9歳の中身は40代だからいいっちゃいいんだけどさ。

 シリウスを知っているティトはともかく、アレクやラス、マルクスもいるのによくやるなあ。周囲がまるで見えていない。こいつのプライドは高いのか低いのか分からんな。


 とはいえ、けろっと忘れていた私も悪かった。


「ごめん、そうだったね。明日にでも行くから――」


「明日じゃだめだ! 今すぐ来い」


 ぐいっと腕を掴まれた。視界の端でマルクスとティトが動くのが見えたので、何でもないと首を振って見せる。

 だが、意外な人物が割って入ってきた。


「やめなさい! ゼニス姉さまを困らせる人は、僕が許しません!」


 ラスだった。


「なんだお前は。チビに用はない、ひっこんでろ」


 シリウスのセリフがチンピラみたいである。


「ひっこみません! 手を離しなさいっ!」


「うるさいぞ、邪魔するな!」


「姉さまは僕が守るんです!」


 ラス……! いつの間にか強くなっちゃって!

 病弱だった頃の彼を思うと、しみじみと感慨深かった。小さくて弱々しいと思っていたのに、いつの間にか成長していたんだなあ。

 ヨハネさんにも見せてあげたかった。あの人、今日はたまたま不在なんだ。後で教えなきゃ。


「アレク、手伝って下さい!」


「うん、そいつ、悪いやつだな! リスみたいに退治してやる!」


 アレクが走ってきて、シリウスに後ろから体当たりをした。体格差はあれど、運動神経ゼロのシリウスは思いっきりよろめいて私の手を離す。

 その手をラスが取って引っ張り、ティトの所まで来て離した。


「アレク、助太刀します!」


「よし、二人で悪いリス退治だ!ブドウのマルクスの、リス退治!」


 いつぞやの桃太郎ご当地アレンジバージョンを持ち出して、2人でシリウスに体当りしたり、キックしたりしている。

 シリウスはトロくさいせいで、翻弄されっぱなしだ。

 助太刀とか妙な言葉を使うなぁと思ったら、桃太郎の影響だったか。

 隣ではマルクスが、「え、俺のリス退治?」と首をかしげている。いやいや、マルクス違いね。


「というか、ゼニスお嬢様。止めなくていいんですか?」


 ティトが呆れたように言った。


「なんか、割と平和な感じだからほっといてもよくない?」


「駄目でしょう。シリウスが転んでケガでもしたら、またうるさいですよ」


「あぁ、それもそうだね。――はいみんな、そこまで! 休憩して、おやつにしよう」


 ちょうどシリウスが、正面からアレクの頭突きを受けて尻もちをついたところだった。


「ぜ、ゼニス。助けてくれ!」


「はいはい。さあラスとアレク、この悪いリスは反省したみたいだから、許してあげてね」


 私が言うと、シリウスはホッとした顔をして。


「ちぇ、仕方ない。もう姉ちゃんをいじめるんじゃないぞ!」


 と、アレクが言い、


「ゼニス姉さまは優しすぎます! もっとしっかり、こらしめないと駄目です!」


 ラスは息巻いた。

 うんうん、ラスが逞しくなって私は感慨ひとしおだよ。

 興奮しているラスをなだめているうちに、ティトがシリウスに手を貸して起き上がらせていた。


「ゼニスお嬢様よぉ、モテモテじゃん」


 マルクスがニヤニヤしてる。

 これはあれかな? 私のために争わないで、という乙女憧れのシチュエーション。

 でも1人は実の弟で、もう1人は弟同然の子で、そして最後の1人はクソコミュ障だよ。トドメに私自身が40代おばさま。モテてる実感ないわ。


「お茶とおやつの準備してきますね」


 ティトが厨房の方へ行き、マルクスは「やべ、そろそろ時間だ。じゃあな」と走っていった。


「……なんで僕がこんな目にあわないといけないんだ……」


 シリウスがしょげまくっている。髪はぼさぼさ、服も乱れてとても残念な雰囲気だ。

 彼としては、約束を破った私に文句を言いに来たという感覚なのだろうが。


「人の手を強引に引っ張ったり、あるいは痛くなくても叩いたりすると、悪いリス認定されてこうなるよ。以後気をつけてね」


「ハイ……」


 素直でよろしい。


 しばらく後、ティトがお茶セットを持ってきてくれたので、みんなでおやつタイムにする。

 お互い自己紹介をした。ラスが睨む度にシリウスがびくっとするのが、なんか笑えた。


 シリウスの片付けの成果を確かめるのは、明日ということで話がついた。

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