第51話 ちん○ん祭り

 ティベリウスさんの結婚式まで、あと5ヶ月ほど。

 白魔粘土の制作は人手を増やさないことには、どうにもならない。人材確保やマネジメントに関しては、オクタヴィー師匠の仕事だろう。私は制作を地道に頑張ることにする。


 氷の料理は、どうしたものか。

 実はぱっと思いついたものがある。バニラアイスだ。

 氷と塩の寒剤の実験を昔、前世で小学生だった頃に自由研究でやったおかげで、作り方もそれなりに覚えている。


 ただ、ユピテル人は派手で華美なものが好きなんだよね。

 普段の宴席の料理も凝っているというか、なんかすごいのが多い。

 私が見かけた中で一番印象に残ってるのは、伊勢海老みたいなでっかいエビにキャビアを詰めたもの。これだけでも贅沢だが、それをいくつも大きなガラスの器に盛り付けて、貝殻つきの蒸し牡蠣を周りにぐるっと並べていた。そしてさらにその外側を、ウツボの姿焼きみたいのが取り囲んでいた。ウツボにはきれいな色のソースがかかっていた。

 なんかもう、海の幸てんこ盛りって感じ。浦島太郎が海底宮殿で食べていそうなごちそうだ。

 ユピテル人は鳥や獣の肉も食べるが、魚介類も大好きなのである。


 こんな料理が並ぶ中、シンプルなバニラアイス一つでは、インパクトに欠けるだろう。

 うーむ。何かしらの工夫が必要だ。


 ティトと2人で考えても埒が明かなかったので、他の人の意見も参考にすることにした。

 とりあえず、マルクスに聞いてみる。彼を探すとお屋敷の廊下で見つけたので、話をした。


「氷を使った料理? かき氷以外で? うーん、思いつかねえなー」


 マルクスは腕組みして考えてくれたが、すぐにアイディアは出てこないようだ。まあ、当たり前か。

 まだ時間に余裕はある。今すぐ何かを始めなくてもいいだろう。

 ついでなので、最近の氷の商売について教えてもらう。


「冬で寒いから、店の売上はさすがに落ちてるよ。けど、公衆浴場の方は好調だぜ。魔法使いの兄さん姉さんもだいぶ慣れて余裕が出たから、ちょっと前からかき氷も出してる。粉雪の魔法じゃなくて、でかい氷を出して削ってるぞ」


「そっか、その方が白魔粘土の樽で保存しやすいよね」


「そうそう。氷は余裕のある時に魔法で出してもらって、注文が入ったら削ってるよ」


 白魔粘土の高い保冷性能のおかげで、そんなことも可能になったのか。

 マルクスは言われた通りの仕事だけじゃなく、自分で考えて工夫してるみたい。すごいな。


「でも、困ったことがあってさー」


 彼は首を振る。


「最近、俺らのパクリが出るんだよ」


「ぱくり?」


「魔法使いを使って氷を出して、飲み物を冷やしてるのがいる。もちろんうちの方がキンキンに冷えてるし、あいつらはかき氷なんて作れない。けど、お客はあんまり区別がつかないみたいで。他の店のをこのワイン冷えてないじゃないか! って文句言ってくる奴とかいる」


 後追いが出てきたか。

 別に特許制度があるわけじゃなし、魔法使いがいれば真似自体はできるだろう。魔法使いは人材不足だが、全くいないわけじゃないから。

 とはいえ、質の悪い仕事でこちらの評判まで下げられるのは困る。今年は冷蔵冷凍運輸の試験稼働もあるから、大事な時期なのに。


「そいつら皆、追い出せないわけ?」


 と、ティト。案外過激なことをおっしゃる。


「無理だよ。公衆浴場の店は、許可制だ。ちゃんと許可取ってる奴らを追い出せるわけがない」


 新しいことを始めたら、後追いと劣化コピーが出回るのはどこでも一緒なんだねぇ。

 となると、必要なのはブランド化か。他の同業者と差別化して、それがひと目でわかるような取り組み。


「シンボルマークを作ってみよう」


 私は言った。マルクスとティトがこちらを見る。


「フェリクスの後押しのあるお店だと一発で分かるように、お店の看板や食器にそのマークをつけるの」


 私は前世の某コーヒーショップを思い浮かべた。緑色の線で描かれた、星と人魚のマークの珈琲店だ。あのマークを見れば誰もがそのお店を連想する。呪文みたいな長くて複雑な商品名の、あそこね。

 ああいうのを作りたい。白魔粘土と魔法使いたちの教育のおかげで、私たちの氷の商売は他よりずっと品質がいい。商品の価値は既に確立されている。あとは明確な差別化と知名度があれば、成功すると思う。


 そういった趣旨を説明したら、二人とも目を輝かせた。


「いいな、それ! マークをつけたのだけがうちの商品だから、偽物はすぐ分かる」


「最近のお嬢様は冴えていますね。さっそく取り掛かりましょう」


 マルクスは絵を描くのが得意だ。中庭まで行って、土の部分に棒で案を描いてみようとなった。パピルス紙も多少のお値段するから、試し書きに使うにはもったいないのだ。


「マーク、マークねえ。どんなのがいいかねー」


 棒を持ったマルクスが、地面に丸や四角を描いていく。


「氷を使った商売だから、氷をアピールするのがいいんじゃない?」


 と、ティト。マルクスはうなずいて、丸の中に『氷』と書いた。ユピテル文字なので、アルファベットみたいなやつだ。

 そのままでは味気ないからと、氷の文字を装飾してみる。カリグラフィーのようになった。


「なかなかいいんじゃない? あんた、こういうのホント上手よね」


「わお、毒舌ティトに褒められた!明日は槍が降るぞ!」


 余計なことを言ったマルクスは、ティトにしばかれた。

 私は装飾文字を見ながら考える。マークに盛り込むべきポイントは、氷の他にはフェリクスのお墨付きという点か。

 フェリクス家門は、伝説上は幸運の女神の末裔ということになっている。


「フェリクスの幸運のシンボルも入れよう」


 私が言うと、マルクスとティトはじゃれ合いをやめてこちらを見た。息がぴったりでなんだか可笑しい。


「幸運のシンボル。いくつかありますね」


「有名なのだと、車輪とか?」


 くるくると目まぐるしく回る車輪は、幸運の他に運命も象徴している。

 マルクスは丸と四角の中にそれぞれ、車輪の絵を描いた。

 それから少し考え、ぽんと手を打つ。


「おっ、そうだ!幸運のシンボルといえば、これが外せないだろ!」


 そう言って車輪の隣に描いたのは……なにこれ?


「ちんこ! ペニス! 幸運と子孫繁栄、ついでに邪気払いのシンボル!!」


 おい。


「ああ、悪くないですね。形も分かりやすくて」


 え、ちょっと、ティト?

 真面目なティトまで普通に肯定したので、私は焦った。

 いや待てよ、そうだった、ユピテルじゃコレはごく一般的な幸運と魔除けのお守りだった!

 なんならその辺の小さい神殿とかで、木彫りのコレがお守りとして売ってるレベル。首から下げたり根付にしたりする。


「あっ、姉ちゃん!ティベリウスさんと話、終わったのか?」


 私が1人でわたわたしていると、アレクとラスが中庭にやって来た。

 私はさりげなさを装って動き、二人から地面の絵を隠す。


「うん、終わったよ。アレクは自分の部屋、見せてもらった? 荷物置いてきた?」


「姉ちゃんの部屋の隣だった。ラスの部屋の隣が良かったのに」


 アレクは口では不満を言うが、どこかほっとした様子である。


「その子がゼニスお嬢様の弟かぁ?俺はマルクス、よろしくな!」


 手に持った棒をくるくる回して、マルクスが挨拶してる。


「屋台の兄ちゃんだ! よろしくね!」


「俺のこと知ってんの?」


「うん、姉ちゃんの手紙に書いてあった」


 言いながら、アレクはトコトコとマルクスの方に歩み寄る。あっ、やばい。


「うわ、なにこの絵。ちんこだ! ちんちん!!」


 おのれ、この小学生男子め。連呼やめろや!


「マルクスが描いたの?すげー、上手!」


「おうよ、絵は得意だぜ」


「俺のちんちんの絵も描いて!」


 そう言ってアレクが上着をめくろうとしたので、私は必死に阻止した。


「バカアレク、やめなさい! こんなところで丸出ししたら、風邪引くでしょ!」


 叱る方向性がそれでいいのかと思ったが、ユピテル人の常識としてコレに忌避感がない以上、他に言いようもない。

 アレクを押さえつけながらラスを見ると、彼は顔を赤らめて頬に両手を当てていた。エルシャダイの常識の方が真っ当だった。よかった。ラスまで丸出しすると言い出したら、私はもうどうしていいか分からない所だった!


 その後、おちんちんフェスティバルと化した中庭を鎮めるのに、かなりの労力を使ってしまった。

 疲れた……。

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