第50話 2つの仕事

 故郷で年末年始を過ごし、私たちは首都に戻ってきた。今回はアレクも一緒だ。

 アレクは初めての旅に大興奮で、ずっとはしゃいでいた。

 元気なのはいいことだけど、あまりにはしゃくので不安の裏返しかなと思ったりもした。まだ6歳だからねえ。気を配ってあげないと。


 フェリクスのお屋敷に到着したら、アレクをティベリウスさんとオクタヴィー師匠に紹介した。


「はじめまして。アレク・エル・フェリクスです。これからよろしくお願いします」


 アレクは事前に練習した挨拶を、ちゃんと言えたよ。

 ティベリウスさんが微笑む。


「ようこそ、アレク。歓迎するよ。慣れるまで大変かもしれないが、何か困り事があったら、俺にでもゼニスでも、遠慮なく言うといい」


「はい!」


 アレクはにっこり笑って、元気よく返事をした。物怖じしない子だ。

 なお師匠は「はいどうも」みたいな極めて適当な態度であった。まだ子供苦手なのかい。仕方のない人である。

 一通り終わって、執務室を退出しようとしたらリウスさんに呼び止められた。


「ゼニス、それからティトも。少し話があるから残ってくれ」


「はい、何でしょう」


 アレクはフェリクスの使用人の人に任せて、私たちは再び部屋の主に向き直る。


「結婚することになった。式は6月の初めに予定している」


「へ?」


 前置きなしの話に、私は目を丸くした。


「結婚? 誰がするんですか」


「俺だよ」


 ティベリウスさんが苦笑する。師匠は隣ですごい変な顔してる。あれは吹き出すのをこらえている顔だ。

 いやだって、急すぎる。年末まで特に何もなかったじゃないか。

 リウスさんは今年で27歳だったか。ユピテル人としては晩婚だ。


「ティベリウス様、おめでとうございます」


 ティトがそつなく言ったので、慌てて私も真似をした。リウスさんは鷹揚にうなずく。


「お相手はどちらの方ですか?」


「新進気鋭の騎士階級の家のお嬢さんだよ。名はリウィア、年は21歳だ」


「騎士階級!」


 騎士階級は平民と貴族の間に位置する身分である。大貴族フェリクスの次期当主の相手としては、かなり身分的に下になる。

 ちなみに、騎士といっても中世みたいな騎馬の鎧の戦士ではない。どちらかというと経済界の大物って感じだ。


 なんで騎士と呼ぶのかというと、ユピテルの昔の軍隊制度に由来する。

 ユピテルの黎明期では、軍隊は全て市民兵だった。職業軍人は存在せず、有事に市民から徴兵する形だ。

 市民兵は武装もその他の必要物資も全部自腹。中でも馬は高価な上に乗馬は高度なスキルなので、相応以上に裕福な家でなければ騎馬兵は出せなかった。

 それで騎兵、つまり騎士を出せる家はかなり裕福な家となり、その名残で成功した商人などが騎士階級と呼ばれる。


 平民と騎士階級は身分としてかなり流動的。そして、騎士階級になれば有力貴族の家門下に入ることで貴族にもなれる。

 貴族になれば元老院に議席を持てる可能性があり、国政に参加できる。

 ユピテルは周辺諸国を併合するのと同時に身分制度を流動化して、新しい血を常に取り込みながら発展してきた。


「運送ギルドに強い影響力を持つ家なのよ」


 師匠が言い、リウスさんが続ける。


「冷蔵と冷凍の力は去年、しっかり見せてもらったからね。それらを使った運輸に手を付けようと考えた次第だ」


 それは……以前、私が氷の商売をプレゼンした時に伝えた運輸革命のことか。

 大貴族と騎士階級の身分差婚も、それだけこの事業に賭ける意気込みが垣間見える。

 こんなに早い時期に実現に向かって動くなんて。予想外だった。


「俺は氷の可能性を信じて疑っていないが、他の元老院議員たちはまだ納得しないだろう。そこでリウィアの――婚約者の家と組んで、試験的に生鮮食品の運輸を開始するつもりだ」


「手始めに港町から首都へ魚介類を運ぼうと考えてるわ。首都は一大消費地ですもの。裕福な貴族や市民の中には、新鮮な魚介類食べたさに海辺に別荘を持っている人もいるくらいだし」


 ユピテルは半島の国だが、首都は海に接していない。一番近い港町は、徒歩で1日程度の距離だ。すぐに傷んでしまうお魚や貝類は、たった1日でも鮮度が問題になる。


「ゼニスに頼みたいことは、2つ」


 リウスさんが指を2本立てる。


「一つは夏の試験運輸稼働までに、できるだけ多くの白魔粘土を用意すること。あれは魔力量が必要だから、短期間に大量に用意するのは難しいのだろう?」


「はい。今は私ともう1人だけで制作しています。あまり捗っていませんね……」


 私はフル稼働すれば1日に樽4つ分くらいの量を作れる。もう1人の魔法使いは、1つ分がやっとというところ。

 ただフル稼働するとかなり疲れてしまうので、毎日は難しいと思う。魔法学院の講義もあるし。

 複数人で魔力を注ぐのもやってみたが、違う人の魔力が混じるとうまくできなかった。


「魔法使いの雇用を増やしたくても、そもそも人材がいないもの。倒れない程度に頑張ってもらうしかないわね」


 と、師匠。師匠も魔力量をクリアしてるんだから、ちょっとは手伝って欲しいものだ!?


「もう1つ」


 ティベリウスさんが人差し指を立てた。


「俺の結婚式で、氷の魔法のアピールをしたい。内容は任せるが、少なくとも氷を使った一品の料理を用意して欲しい」


 なるほど。運送ギルドに影響力を持つ騎士階級の家と婚姻関係を結んだ上で、式でも氷を売り込むのか。

 フェリクス次期当主の結婚式ともなれば、元老院やその他各界の重鎮が招かれるだろう。そこでしっかり氷の可能性を見せつける。一石二鳥の作戦だ。


「予算に糸目はつけない。他の料理との兼ね合いはあるが、料理人や設備も好きに使ってくれ。ゼニスの斬新な発想に期待しているよ」


「は、はい」


 なんか、いきなり責任重大になってしまった!

 軽く胃の痛みを覚えながら師匠を見たら、力強くうなずかれた。

 ううむ、こうなったらやるしかない。前世の知識も引き出して、あっと驚くようなものを作る。……作る……。大丈夫かな……。

 決意したのも束の間、すぐに迷いと不安に襲われてしまった。血圧が急に上下しすぎだ。


「ゼニス、百面相しないで。面白くて笑っちゃうから」


 師匠ひどい! さっきのうなずきは何だったのさ。

 それともあれか、緊張をほぐそうとして冗談を言ってくれたのか。……いや、師匠のことだから素で言っただけに違いない。




 こうして新年とともに、私の新しい仕事が始まった。

 

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