第46話 アルヴァルディの血筋

 秋も深まる中、私はまあまあ順調に日々を暮らしている。


 魔力回路と魔力循環の講義は回数を重ねるごとに、学生たちも少しずつ理解を深めてくれた。

 今ではおぼつかないながらも、魔力を体一周分、動かせる人も出てきた。

 それによって魔力循環の認知度も上がり、学生だけでなく卒業済の魔法使いにも乞われて教えたりしている。


 魔力石の採集も軌道に乗り、定期的に納品されるようになって白魔粘土の量もだいぶ増えた。これだけあれば、来年の夏は屋台やお店を増やせると思う。

 ただ、白魔粘土の制作は一定以上の魔力量がないとうまくできない。

 私の他はオクタヴィー師匠と、夏に雇った5人の魔法使いの中で1人だけが成功した。

 師匠はその手の労働をやる気が最初からないので、私ともう1人でせっせと作っている状況だ。

 もう少し人手を増やしたいが、魔力量が多くて優秀な魔法使いほど軍隊に行ってしまっている。魔法学院の学生を青田買いして育てた方が早いかもしれない。


 コミュ障ことシリウスは、あれからもちょいちょい私の研究室にやって来ている。

 だいたい、早口で自分の研究内容を喋って帰って行く。たまにお悩み相談もやる。

 彼の研究は主に魔法語の文字について。文字の分類や意味の読み解きを行っているようだ。

 毎回、私のところへ来てはお茶を飲んでいくので、たまには手土産を持ってこいと言ったら、お菓子をくれた。以後毎度くれるようになった。

 ティトは「毎回でなくていいのに。相変わらず加減の出来ない人ですね」と呆れていた。


 他にも悩みの相談は何度か乗っている。だいたい、解決のヒントを提示すれば自分で答えにたどり着く。基本、頭のいい人なんだと思う。

 問題人物だけど、注意したら素直に聞くんだよね。なんだか憎めなくなってきた。







「僕も魔力循環をやってみたい」


 冬の初めのある日、シリウスが言った。いつも通り、私の研究室に遊びに来たときのことである。


「前から気になっていた。魔法語文字の分類も、一区切り付いたから」


「うん、いいよ」


 断る理由もない。私はうなずいた。

 一通りの説明をする。特に頭部の起点では、何かが生まれるような、沸き起こるようなイメージをするよう伝えた。


「じゃあ、白魔粘土くっつけるね」


「頼む」


 もう冬なので、厚着になっている。とりあえず額にだけ白魔粘土を貼り付けた。

 シリウスが軽く目を閉じて10数秒後、額に白っぽい光が灯った。けっこう強い光だ。よく見れば純白ではなく、淡い金色だった。

 私は「すごい!」と声を上げかけて、飲み込んだ。せっかく集中しているのに、邪魔しては悪い。


 淡金の光は一層強く輝いて、やがてすうっと薄まる。でもシリウスは集中を続けている。どうやら魔力の移動をしているようだ。


「……っは、ここまでか」


 数分後、目を開いた彼が大きく息を吐いた。


「すごい! 額に強い魔力が生まれていたし、移動もできたでしょ」


「ああ。心臓と下腹部を通したら、明らかに魔力が増えた。ゼニスのこの理論は、すごいよ」


 面と向かって褒められると、ちょっと照れる。


「シリウスもすごいよ。初めてでここまで出来た人、他にいないもの」


「ふふん。もっと褒めていいぞ。僕はアルヴァルディの一族だ、魔法文字だけじゃない、何をやったって優秀なんだ」


 おや? そういえば彼のファミリーネームは、ユピテルでは見ないタイプの綴りと響きなんだよね。


「アルヴァルディ? 魔法使いの一族なの?」


 私の言葉に、シリウスは鼻を鳴らした。


「なんだ、知らないのか。ゼニスは聡明で博識なくせに、妙なところで常識がないな」


 褒められてるのかけなされてるのか、よく分からん。


「シリウスにだけは常識がないと言われたくないね」


「ふん、常識だっていずれ身につけてやるさ」


 自分に常識がないと理解するようになったのは、けっこうな進歩だと思う。前は僕は絶対正しいマンだったから……。


「アルヴァルディは、ノルドの古い血筋だ。魔法使いを多く輩出している。この魔法学院を作ったのもアルヴァルディ。僕のひいおじいさまにあたる」


「え!?」


 なんか聞き覚えがあると思ったら、そうか、この学院の創立者だった! 何十年か前の高名な魔法使いだ。


「あれ? ということは、時々話に出てくるシリウスの伯父さんって……」


「学院長だ」


 あちゃー。全然気づかなかった。我ながら迂闊だわ。てかシリウスも言ってくれればいいのに。

 気まずかったので、少し話題を変えてみる。


「ノルド――北方民族は、魔法使いが多いの? 確か魔法の発祥の地も、北の方だよね」


「ユピテル人よりは多い。あちらでは稀に魔法文字が刻まれた遺跡が見つかるんだ。今ある魔法文字も、その多くをアルヴァルディに連なる者が発見して解読した」


「おおお……」


 魔法の秘密が眠る古代遺跡とか、浪漫のかたまりではないか。ぜひ一度訪れたい。


「とはいえ遺跡も発見され尽くして、ここ何十年かは新しいのが見つかっていないようだが。僕のひいおじいさまもそんな状況を見て、新天地を求めてユピテルに来たと聞いている」


「いい話を聞いたわあ。たとえ新しい遺跡が見つからなくても、いつか現地に行ってみたいな。シリウスのご先祖様の土地」


「そ、そうか……?」


 なんかシリウスが顔を赤らめているが、また意味不明なことをやってるな。まあいいや。

 それにしても、彼は出自からして魔法文字の専門家だったわけか。いつもの早口な研究内容は割と聞き流してきたが、こうなると興味が出てくる。


「ねえねえ、シリウス。今やってる研究、見せてもらうのはできる? きりがついたと言ってたよね」


「構わんぞ。魔力回路と魔力循環を教えてもらった対価に、僕の研究も披露しよう」


 彼の研究室はすぐそばだ。

 早速、行ってみることにした。

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