第42話 シロップ水は子供の飲み物
本日は記念すべき(?)私の講義初日である。
この日のために資料なども作り、準備をしてきた。
資料は簡易的な人体図の絵。魔力循環をやる以上、血管を始めとした自分の体をきちんと把握していた方が効果的だからだ。
前世では生物の授業や人体テーマのテレビが好きだった。そりゃあ専門的な精密さには欠けるが、素人にしてはよく覚えている方だと思う。
なお私に絵心はない。小さい仕事なので絵画の職人に頼むのも頼みにくくて困っていたら、なんとマルクスが描いてくれた。意外な才能だ。
「絵を描くのは得意だぜ。外国人で言葉が通じないお客相手でも、身振り手振りと絵で話ができるからさ」
と言って笑っていた。
屋台と公衆浴場の商売を掛け持ちしている中で忙しいだろうに、描いてくれた。ありがたいね。
そして、いよいよ二年次の教室に入る。緊張するなあ……。
しかし、教師がビビり腰ではいかんのだ。そんなことをしたら生徒に舐められる。前世の教育実習で学んだ教訓である。
私はオクタヴィー師匠の偉そうな態度を真似しながら、教壇に立った。
教室には10人程度の学生がいる。13歳から17歳くらいの少年少女たちだ。
おや、よく見ると私が一年生として学院に通っていた頃の、見知った顔も2人くらいいる。そうか、本来の進級スピードなら二年次の後半にいてもいい人たちだ。
知っている人がいてちょっぴり安心した。
「皆さん、こんにちは。魔力循環の講義を受け持つことになった、ゼニス・エル・フェリクスです。よろしくお願いします」
挨拶をすると好意的な反応が返ってきた。良かった、こんな子供が教師役でも拒絶反応は起きないみたい。
師匠あたりが根回しで威圧しておいてくれたのかもしれない。フェリクスの子をいじめると後でひどいわよ、って。ほら、影の番長だから。
「今日はまず、人の体の仕組みを学びます。血管や内臓の位置を把握しておくと、体の中で魔力を移動させる時に、より明確にイメージができるからです。
体の中の魔力の通り道は、魔力回路と呼んでいます」
言いながら、マルクス作の絵を広げた。大きなパピルス紙に描いてもらったので、教壇の壁に貼ろうと思ったのだが、私の身長が低いせいで微妙な位置になってしまった。
見かねた学生たちが手伝ってくれて、皆が見やすい高い位置に貼り直せた。
おおう、申し訳ない。ありがとう!
「人の体の構造は、だいたいこんな感じになっています。あ、この絵はあくまで簡易的なものですので、あしからず」
学生たちは不思議そうに絵を見ている。後ろの方の席の人は、立ち上がって近寄ってきたりもした。
「本当にこの絵のとおりになっているんですか?」
質問が来たので、答える。
「はい。中央の少し左胸に心臓がありますね。そこから太い血管が出ていて、全身に繋がっています」
「頭部は、これが脳ですか」
「ええ。脳はこんなふうに、表面にシワが寄っています。魔力の起点になる重要な場所です」
思考や記憶を司るとか、本当はその辺も言いたかったが、ユピテルの常識と大きく異る点は混乱のもとだ。最初は控えめにするつもりである。
なお、下腹部は男女それぞれ描いてもらった。マルクスがふざけて、でっかいおちん○んを描こうとしたので、慌てて阻止したという裏話がある。
「皆さんの中で、家畜や野の獣を解体した事がある人はいませんか? 内蔵の位置などは、おおむね獣と同じはずです」
「俺の実家は田舎なので、ウサギをよく狩りました。確かに似ています」
「料理人が豚をさばいている所を見たことがあります」
そんな話をして、だいたいの学生は納得したようだった。
次に白魔粘土を私の体にいくつか貼り付け、光る様子を見てもらった。
「では、皆さんもやってみましょう。頭、額の裏側辺りに意識を集中して魔力を作ってみて下さい」
各々の席の横に立った学生たちが、軽く目を閉じたり深呼吸をしたりしながら挑戦を始める。
彼らは指先に魔力を集める課題を既にクリアした学生たちだ。だから魔力操作も多少はできるはずだが、皆、苦戦しているようだった。
しばらくしてもあまり手応えがないようだったので、一度休憩にする。
「先生、頭に魔力を作る時、何かイメージをしていますか?」
「電気……ええと、雷のような火花が弾ける様子を思い浮かべていますね」
脳は電気信号で神経細胞同士のやり取りをしている。だから電気のイメージだったのだが、ユピテルに電気の概念はまだない。そのため説明が『雷のような火花』になってしまった。
「魔力循環はまだ新しい試みなんです。魔法を使う時のように、起点のイメージも個人で違うかもしれないですね。お手伝いしますから、色々やってみましょう」
「はい」
その後も学生と意見を交換して、起点のイメージは湧き上がるようなものがいいのではないかとなった。着火、湧き水、種の芽吹きなど。各人に馴染みが深く、イメージしやすいもので試してみようということになる。
「あ、そうだ。頭部に魔力が生まれたかどうかの確認に、これを」
白魔粘土を少しずつちぎって、みんなの額にぺちっと貼った。魔力が生まれれば光って見えるだろう。
もう一度、試してみる。
学生たちが静かに集中すること数分、1人の額の白魔粘土がごく淡く光った。薄い水色のきれいな光だった。
次いでもう1人。琥珀色の弱い光が灯っている。
「そこまで! あなたとあなた、ちゃんと魔力が生まれていました。お見事です」
しばらくして、彼らの集中力が切れ始めたのでそこで終わりにした。
魔力が生まれた2人の学生は顔を見合わせて、嬉しそうにしている。他の人は悔しそうだ。
それから何度か休憩と集中を繰り返して、時間になったので終了とした。
魔力を作れたのは、最終的に4人。まだ魔力の移動はできないが、初日の成果としてはまずまずではないかと思う。
「お疲れ様でした。最初だったのに、皆さんよく頑張ったと思います。ではまた、次の講義で練習しましょう」
白魔粘土を回収し、壁に貼った人体図も剥がしてもらって、解散。学生たちはガヤガヤとお喋りをしながら教室を出ていった。
こうして、私の講義初日は無事に終わ……ん?
学生たちがいなくなった教室の、一番うしろの席に誰かいる。14、5歳の男子だ。
なんだろ? 質問かな?
そう思った私が、トコトコとそちらに歩いていくと。
「ふん。下らん!」
吐き捨てるような言葉と、睨み上げる瞳にぶつかった。
「魔法学院を最年少で卒業した天才が講義をするからと、見に来れば。実に下らん、エセ理論ではないか!」
彼はガタンと椅子を鳴らして立ち上がると、ずかずかと近づいてきた。
「子供は大人しく、家でシロップ水でも飲んでいろ! 帰れ、帰れ!!」
右手に持ったパピルスを丸めたやつで、私の頭をぽかすか叩く。
いきなりなにすんだ、こいつ!
おいやめろ、痛くはないがムカつくわ。やめろっての!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます