第五章 ちびっこ先生
第41話 学院買収
忙しかった夏が終わり、季節は秋へと変わっていった。
氷の商売のお陰で、銅貨とはいえそれなりの金額をゲットできた。ティトに臨時ボーナスを出したり、実家にいくばくか仕送りしたり、ラスにお菓子を買ってあげたりしても、まだ残っている。
氷の商売は夏より規模を縮小したけれど、屋台の代わりに公衆浴場へ出店も始めた。こちらも売れ行きは上々で、売上に応じて私に分配が来るのも継続中。とても助かる。
余裕のできた私は、魔法学院で研究室を借りることにした。
今まで名ばかり研究員で自前の研究室も持てず、図書室の隅でレポート書いてたりしてたのだ。これでやっと一人前だぜ!
フェリクスのお屋敷は居候だから、自分の城が持ててとても嬉しい。
ユピテルの成人は17歳。それまでにもっと実績を積んで、独り立ちできるようになりたいね。
そんなこんなで夏よりはのんびりと日々を過ごしていた。
忙しい間は封印していた、魔法の生成物や白魔粘土の実験観察も始めた。
調べれば調べるほど興味深くて、ついのめり込みそうになってはティトに注意されているよ。
魔法の生成物は、一定時間で消える。短くて数時間、長くても丸一日を超えるものはない。
理由は分からない。
そして、魔法で灯した火を薪などに移すと、その火は時間が経っても消えない。魔法の水を飲んでも、突然脱水状態になることはない。
これらのことから推測するに、元々が魔法の生成物であっても、この世界のものと交わると魔法の性質を失うのではないかと思った。
火は分かりやすい。火の魔法はあくまで着火源で、熱が可燃物に結びつけば燃焼になる。
水はどうだろう。飲んで体内で消化されれば……というところか?
気になるので調べてみる。
水桶に水の魔法の水と、普通の水を混ぜて様子を見た。
結果、魔法の水は所定の時間で消えた。その分だけ桶から水かさが減っている。単純に混ぜるだけでは駄目らしい。
次に油に魔法の水を入れ、卵を加えてかき混ぜる。すると卵のタンパク質が界面活性剤になって、水と油が混ざる。乳化ってやつだね。
そうしたら、水は消えなかった。
うーん? つまり、粒子レベルで変化があれば魔法の生成物ではなくなるってとこ?
どういう判定なのか不明が多いが、とりあえずのラインは分かった。
ついでに乳化を使えば色んな物が作れる。代表例はマヨネーズだ。
でもマヨネーズに使う卵は、日本のものと違って雑菌だらけ。私は消毒の魔法を使えばいいが、そうでなければ食中毒になってしまう。
少なくとも一般化はできないなー。残念。
忙しい間は手を付けられなかった魔法の実験や研究が出来て、充実した時間だった。
そんなある日、ティベリウスさんから呼び出しがあった。
ティトと一緒に執務室へ行くとオクタヴィー師匠も既に来ていて、私たちを待っていた。
「今日は2つ、ゼニスに伝えたい件がある」
ティベリウスさんがそう口火を切る。
なんだろ?
緊張する私に、リウスさんは優しく笑いかけた。
「悪い話ではないから、気を楽にして。では、軽い話からしようか。
きみの弟のアレクを、この屋敷で預かることになった。ランティブロス殿下の学友としてだ」
ランティブロスはラスの本名だ。
「ゼニスも学友の立場だが、やはり性別が違うと不便な上、きみ自身も忙しくなったからね。アレクと殿下は同年齢で、しかも仲がいいんだろう? もともと、学友役の男の子を分家筋から探すつもりだった。ちょうどいいと思ってね」
去年の里帰り以来、ラスとアレクはすっかり仲良しになった。時々手紙のやり取りをしているみたい。
アレクは最初は読み書きができなかったのに、ラスと文通するのに頑張って字を覚えた。今では私宛にも、子供らしい下手くそな字の手紙をくれる。
ユピテル貴族の標準的な教育課程は、10歳くらいまでは家庭教師をつけて基礎教養の習得。
それ以降は貴族向けの学校に通う。そこで14、15歳程度まで学んで、以降は専門の教師に師事したりする。
私の実家みたいな田舎貴族でも跡取り息子は数年、首都に留学させるケースが多い。だからアレクの本家預かりも、悪い話じゃないと思う。
「ゼニスの両親にも手紙で打診した。秋は繁忙期だろうから、冬になってから受け入れるつもりだ」
「分かりました。私、今年も年末に里帰りをしようと思っていたのですが、入れ違いになってしまうでしょうか」
「では、ゼニスの里帰りが終わって首都に戻る時、アレクも一緒に連れてきてもらおうか」
「はい」
アレクは今、6歳。姉の私と一緒の方が道中も安心だろう。
あの子もこのお屋敷で暮らすことになるのか。思ってもみなかったことだが、楽しみだ。
手紙を読む限り、わんぱくというか野生児っぷりがレベルアップしてるみたいだけど、上手に馴染めるかな?
ティトの方を振り返ったら、ちょっと苦笑してるような目線とぶつかった。同じことを考えていたみたい。
「次の件だが」
ティベリウスさんが続けて、私は彼に向き直った。
「これは、オクタヴィーから話してもらおう」
「ええ。魔法学院の話よ」
師匠が一歩、前に出る。
「結論から言うと、魔法学院はフェリクスで運営することになったわ」
「へ?」
過程をすっ飛ばした結論に、思わず間抜けな声が出る。
そんな私に軽くため息をついて、師匠は教えてくれた。
「もともと魔法学院は、60年くらい前に当時の高名な魔法使いが私塾として始めたの。その後、貴族や裕福な平民たちが弟子入りして、寄付金で規模が大きくなって、今の形になったわ。
で、少し前まではフェリクスともう一つの大貴族家が半々くらいの割合で出資していたのだけど。うちが出資の割合を大幅に増やして、経営権を取った。もう一つの大貴族とも穏便に話がついたわ。魔法使いの可能性にまだ気づいていないようで、ご愁傷さまって感じ」
「じゃあ、師匠が学院長になるんですか?」
今の学院長は、40代の頭髪がちょっと寂しいおじさまだ。正直影が薄い人で、師匠のほうがよっぽど偉そうにしている。
「いいえ。女の私が前に出ても、あまりいいことがないもの。学院長はそのまま続投。彼は中立派だったから、うちに抱き込む形になるわね」
「そうですか……」
ユピテルは男性優位の社会だ。家父長制だし、元老院議員は基本的に男性しかなれない。
ただここ何十年かで女性の地位も上がってきた。以前は女性に相続権がなかったけど、ある事件をきっかけに認められるようになったし。
事件とは、50年ほど前の貴族同士の争い。小規模な内乱に発展して、敗北した貴族たちは財産を没収されてしまった。その時、没収の抜け道として女性に財産を持たせておくという手が出てきた。女性は嫁入りしたりで追跡困難だったのを逆手に取った感じ。
で、それがそのまま法律として成立し、正式に認められるようになった。
財産を持てるようになった女たちは、社会的な地位や発言権を向上させたのだった。
師匠はニヤリと笑って言った。
「でも、私が実質上の学院長よ」
「影の番長ってやつですね」
「なによ、番長って。とにかく、今後は魔法使いの育成や確保もフェリクス主体でやっていくことになるわ。ゼニスも教師として働いてもらうわよ」
「え、私9歳ですけど、いいんですか」
「今さらでしょ。きみの受け持ちは、例の魔力循環ね。二年次の基礎魔法の習得と並行して、あのやり方を教えて頂戴」
「はい!」
魔力循環は、氷の商売で雇い入れた魔法使いたちで一定の成果が見られた。
魔法学院の教科に採用されるくらい、きちんと認めてもらえた。正直嬉しい!
教えるのは下手くそだけど、頑張ってみよう。教師なんて前世の教育実習以来だなあ。
それから、魔法学院の経営について詳しい話を聞いたり、私の受け持つ授業をいつ始めるか、話し合ったりした。
夏とはまた違った忙しさになりそうだね!
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