第40話 新店舗と駆け抜ける夏
夕食後、ティベリウスさんの帰宅を待って断熱材の報告書を持って行く。
執務室に行くと、オクタヴィー師匠もいた。
「なるほど。白魔粘土の性能が、他を大きく引き離しているね」
リウスさんはうなずいた。
「早速、白魔粘土の増産を……と言いたいところだが。今、オクタヴィーと話していたよ」
「魔力石の在庫があまりないのよ。魔法学院の保存分はもちろん、ツテを当たっても大した量は確保できなかったわ」
なんと。
魔力石は白魔粘土の材料。そういえば、私が魔力石をまとめ買いした時もそんな話を聞いたっけ。
今までこれといった使い道がなかったから、供給量もすごく少ないと。
「魔力石は、どこで採れるんですか?」
これまで産地とか気にしたことがなかったので、聞いてみた。
師匠が答えてくれる。
「北西山脈の河原ね。川岸の石に混じって時折落ちているの。今までは現地の住民や行商人が、本業のついでに拾って来て納品していたわ」
河原に落ちているのか。ついでに拾ってくるとか、魔力石がいかに地味な存在だったか伺える。
なお北西の山脈はユピテルの国境にあたる。山脈の向こうは小さな部族が割拠する土地だ。お互い小競り合いはあるものの、山脈が天然の防壁となって本格的な侵攻が難しい。
「採集隊を組む準備はすでに進めている。数日中に出立できる予定だ」
と、ティベリウスさん。相変わらず手際がいいね。
「確保できた魔力石は、70個強。これでどのくらい白魔粘土が作れるかしら?」
「えーと……」
前に13個使って、樽一つを覆うくらいの量ができた。
「樽の断熱材として、五個か六個分くらいですね」
「やっぱり心もとない量よね。早く次を確保したいわ」
今、屋台で樽は六個使っている。水が三つにワインが二つ、それにかき氷が一つ。
他に店を出すのを考えたら、足りない。
「羊毛やコルクも一定の効果があるようだね。白魔粘土が行き渡るまでは、これらも活用していこう」
ティベリウスさんが言って、師匠と私はうなずいた。
彼は続ける。
「今後のことを話そう。雇い入れた魔法使いの腕はまだまだだが、今後、及第点まで持ってこれたと仮定して。
フェリクスの店舗は一店、すぐにでも開始できるよう準備を整えてある。屋台ももう1つ確保済みだよ。これらは増やそうと思えばすぐに増やせるが、やはり供給能力が問題だ」
「特にかき氷ですね。飲み物を冷やすだけなら、断熱材をつけた樽と氷で何とかなると思います。
でも、かき氷は零度……氷が溶けない温度をキープしないといけないので、ドライアイスじゃないと難しそうです。それとも、都度魔法で粉雪を出すか」
私の言葉を師匠が受ける。
「都度は無理でしょう。粉雪の魔法だって、氷の魔法と魔力の消費はそんなに変わらないわ。そんなことをしていたら、すぐに魔力が尽きてしまう」
「そうですか……」
「ゼニス、きみの魔力量がかなり多いのよ。規格外とまでは言わないけどね。そこをちゃんと分かって頂戴」
私を基準に考えるなってことか。人材運用の基本だなあ。
さらに話し合いは進み、最終的にこんな感じになった。
・今の屋台に加え、店舗を一つ追加する。
・屋台でかき氷は廃止。飲み物だけにする。
・屋台の氷は雇い入れた魔法使いを複数人つけて確保する。
・屋台の樽は白魔粘土を使う。
・店舗では飲み物とかき氷を扱う。
・店舗の担当はゼニス。かき氷を確保する。補佐で他の魔法使いを1人か2人つける。
・店舗の樽は余った白魔粘土と、足りない分は羊毛とコルクで補う。
店舗の方が直射日光が当たらないし、温度管理がしやすいのでこうなった。
念のため、屋台にもドライアイスを準備する。朝、出発する前に白魔粘土の樽に入れることにした。
魔法で生み出したドライアイスは、消滅してしまうまで約16時間。朝6時に出せば夜10時まで存在する。十分だった。
それからドライアイスは危険物ってほどではないが、凍傷や室内でたくさん溶かすと呼吸困難の恐れがある点は伝えた。スモークを吸うのも駄目。
まあ、屋台は屋外だからそんなに心配ないけど。お客さんの子供がいたずらしたりしたら危ないよね。
買い集めた魔力石は魔法学院でまとめて保管しているそうで、明日、白魔粘土を作ることにした。
でんぷんのりも学院にあるそうだ。
魔力石は3分割程度に割っておくようにお願いしておいた。
そうして白魔粘土も作れるだけ作り、断熱材として樽に使うことで、私の魔力消費は相当に減らされた。
氷もドライアイスも途中で継ぎ足すことがほとんどなくなったよ。
雇った魔法使いたちも少しずつ魔力循環ができるようになり、実力が上がってきた。
そろそろ頃合いだ、ということで、冷えた飲み物とかき氷を提供するお店、ついにオープンである。
お店は角地で、大きく開いた入り口がお洒落な外観。表通りに近い立地で立ち寄りやすい。
椅子席は店内の他、お店の前の路面もテラス席として取った。
時に夏は真っ盛り。
事前にお店の開店と屋台でのかき氷販売終了を伝えてきたので、大きな混乱もなく当日を迎えた。
……ごめん、嘘。オープン当日は少なくとも私は大混乱だった。
だって、お客さんが大挙して押し寄せてきたんだもの!
なんか、屋台のときより人数が多い。
よく見ると身なりの良い人、貴族や裕福な商人なども混じっている。貴婦人然とした人もいる。彼ら彼女らも冷たい飲み物やかき氷は気になっていたけど、庶民ばっかりの屋台に並ぶのは、はばかられたらしい。立ち食い、立ち飲みだしね。
椅子席のあるお店だからと、張り切ってやって来たようだ。
私はいつも通りドライアイスとかき氷の粉雪を確保して、あとはちょびっと接客を手伝えばいいと思っていたら、甘かった。
もう大忙し。カウンターもウェイトレスさんもフル回転で、私も駆り出された。
「3番のテーブルに水割りワイン2つとシロップ水1つ。かき氷は2つ!」
「はい!」
「6番はかき氷3つ!!」
「はいぃ」
お店からはみ出た長蛇の列は、どこが最後尾かもよく分からない。
長く待たされてうんざり顔のお客さんもいたが、場を保たせるために飴玉を配って時間を稼いだ。そしてお店に入り、冷たい飲み物を飲むとみんな笑顔になる。
大人から子供まで、平民も貴族も美味しそうにドリンクを飲んで、かき氷を食べている。
当面はドリンクとかき氷のみのメニューにしたのも当たりで、客の回転が速い。列が長い割にはちゃんとさばけている。
中には一日に何度もやって来るお客さんもいて、「冷たいものを飲み食いしすぎるとお腹壊しちゃいますよ」と冗談めかして言ったりもした。
こんな調子で次の日も、その次の日も大繁盛だった!
まだしばらく暑い日は続く。
その間、私たちは毎日大忙し。積み上がっていく売上の銅貨を横目に、一生懸命働いたよ。
やがて空気に秋の気配が混じるようになって、ようやく客足も落ち着いてきた。
かき氷は販売終了、冷たい飲み物は規模を縮小して続けることになり、私はドライアイス係の役目を終えた。
――こうして、忙しかった夏は幕を閉じたのである。
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