第39話 準備中

 白魔粘土は断熱材、保冷剤として最強なのが分かった。

 今までは樽にドライアイスを入れて、その上に水やワインの瓶を重ねるようにして置いていた。これを工夫してみよう。


 いつも通りマルクスの屋台に同行した後、早めに帰ってきて実験スタートだ。 


 まず、樽の内側を白魔粘土で覆うように貼り付けてみる。白魔粘土に防水性、耐水性があるのは確認済みだ。

 それから魔法で氷を入れた。

 水瓶も樽の中に入れる。

 ドライアイスであれば、水を足して白いスモークが発生するため、そんなに量を入れる必要はない。

 でも氷はそんなことはないので、水瓶と樽の隙間を埋めるように上の方まで氷を足してみた。


 冷気を閉じ込めるのに蓋をしたいところだが、実際の売り場ではひっきりなしに売れて蓋をする暇がない。

 せめて、ということで、ひさしをつけることにした。これで直射日光を遮ることができる。


 白魔粘土は量に限りがあるから、他の素材も活用することにした。

 羊毛とコルクを、それぞれ断熱材として外側に巻き付けてみる。

 ちなみに石綿はコップの氷で試してみたら、断熱性能はそこまでではなかった。

 健康被害も心配だし、それなら羊毛とコルクでいいやとなったのである。


 コルクは給湯管の断熱に使うのと同じ、ちゃんとした大きさのあるやつを購入した。……フェリクスのお金で。

 羊毛は、私は加工前のモフモフのでいいと思っていたのだが。毛織物の職人と相談した結果、フェルトを使うことになった。

 グリア(おじいちゃん先生の故郷だ)周辺の民族帽子にフェルトを使ったものがあり、その布地がいいのではと提案されたのだ。やはり素材は、その道の詳しい人に聞くのが一番だね。

 ちょいとお値段は張るものの、使い回しができるから。良いものを仕入れようと、ティベリウスさんも同意してくれた。


 最後に、断熱材は何も使わない樽だけのものにも氷と水瓶をセットした。

 何もしなければどのくらいのスピードで溶けるのか、ティトに見ていてもらう。


 一通り、実験の仕込みを終えた。あとは時間経過を待って結果を見よう。

 待ち時間の間に、オクタヴィー師匠の様子を見に行くことにした。彼女は今、新しく雇い入れた魔法使いたちに氷の魔法を仕込んでいる。

 お屋敷を出て魔法学院まで行く。


「こんにちは! 調子はどうですか?」


 師匠の研究室では、5人ほどの魔法使いが呪文の練習をしていた。4人が男性で1人だけ女性だ。


「すっかり腕がなまっていたので、鍛え直している最中です」


 男性の1人が苦笑交じりに言う。彼は学院卒業後、実家に戻って特に魔法と関係のない家業を手伝っていたそうだ。

 他の面々も似たようなものだった。

 というか、魔法使いの大半は軍に入隊してしまうから、フリーの人材はあまりいない。本当に魔法使いの技を生かして暮らしている人は、それはそれで身元が不確かだったりして信用に欠ける。

 よってフェリクスの縁を頼って集めた彼らは、人間的に信頼はできる反面、実力はちょいと劣るのだ。


『小さき氷の精霊よ、その息吹を欠片として、我が手に贈り給え』


 女性の魔法使いが呪文を唱えると、手のひらサイズの氷が一つ生み出された。


「今のところ、このサイズの氷を1日に10個作るのがせいぜいです」


 皆がうなずく。

 うーん。1人10個だと、樽を1つ埋めるのにも足りない。途中で継ぎ足すのを考えると、もう少し頑張って欲しいところだ。


「師匠、彼らの指導はどういう内容でやってるんですか?」


「魔法学院の講義と同じよ。手に魔力を集中させて、イメージを明確にした上で呪文を唱える」


「基本のやり方ですね。あの、せっかくですから、一つ試してみませんか?」


 私は残りの白魔粘土を入れた壺を取り出した。ほとんど使ってしまったせいで、前よりもずっと小さい壺に入れ替えたのだ。


「体の中で魔力を循環させて、増幅するやり方です」


「きみの卒業課題のレポートで書いていたやつね。あれ、そんなに効果があるの?」


「私には効果大でした。試してみる価値はありますよ」


「そうね、じゃあお願い」


 許可が出たので、私は白魔粘土を小さくちぎって体に貼り付けた。額、首元、心臓の上、下腹部、それに右腕の何箇所か。

 いくら子供でも他人の前で素っ裸になるわけにはいかないので、服を着たままだ。夏だから薄着だし、頑張って魔力をたくさん流せば服越しでも光って見えるだろう。


「魔力の起点は脳……ええと、額の奥の方を意識します。それから首を通って心臓へ。下腹部を通って腕へ。実演してみますね」


 軽く目を閉じて脳に意識を集中させる。

 魔力の熱が灯ったのを感じたら、血流に乗せるようにして心臓へ。脈打つように魔力が濃くなり、それを下腹部へ。

 体の中を進ませるごとに強まる魔力を感じながら利き腕、右手にそれを集める。

 卒業課題で気付いて以来、時間がある時に訓練してきた。そのおかげで前よりずっとスムーズに魔力を回せる。


『小さき氷の精霊よ、その息吹を十の欠片として、我が手に贈り給え』


 先程の基本的な呪文に数指定を入れた。ひやりと生まれる冷気に、ずしりと重い感触。

 目を開けると、手のひらからこぼれてしまった氷がいくつか床を転がっていた。

 このくらいなら、1日に10回使っても余裕がある。


「すごい!」

「さすがオクタヴィー様の弟子」


 いっせいに称賛を浴びて、ちょっと怯む。


「えっと、魔力の流れに応じて白魔粘土が光ってるの、分かりましたか?」

「はい。額から始まってどんどん強くなってしました」

「僕はあそこまで魔力が強くないから、無理そうです」


 おい、最後の人。そういう意味で実演したんじゃないんだよ。個人の魔力がそこまででもなくても、より効率よく引き出せる方法をやってみせたの!

 ……という思いをそのまま言うわけにはいかないので、頑張ってオブラートに包んで伝えた。頑張りすぎて一部噛んだ。

 なんとか分かってくれたようで、それぞれ魔力の循環を練習し始める。


 けれど初めてのことで、皆さんなかなかうまくいかなかった。


「あまり効果ないわね」


 と、オクタヴィー師匠。

 おかしいな、私の時は最初からけっこうな効果が出ていたんだけど。


「血液の流れを意識して下さい。脳、心臓、下腹部はそれぞれ大きな動脈で繋がっていますから」


「大きな動脈?」


 人体模型図を思い浮かべながら言ったが、誰もピンとこないらしい。

 あああ、そっか、ユピテルの医学はそこまで発展していないんだ。前世なら子供でも知っているような体の構図も、ここでは医者ですら正確に把握していない。人体は割とブラックボックス扱いされている。

 家畜の解体は日常的にされているので、もっとこの辺りが発達していてもいいと思うのに。人間の解剖は敬遠されてるのかなぁ。


「あー、えーと、頭と心臓、下腹部は太い血管で繋がっています。ですので、血の流れを意識して魔力を流せば上手くいくはずです」


 明確なイメージがない以上、地道に練習するしかなさそうだ。

 やって損することではないので、魔法の練習カリキュラムに組み込んでもらった。

 もう少しばかり魔力効率が上がれば、屋台の方は任せられるのではないかと思う。


 しかし、卒業課題のレポートを提出した時、師匠や学院の人たちの反応が鈍かったのはこういうことだったのか。

 全体的に人体への理解度が低いから、色々言われてもピンとこなかったんだ。うっかりしてたなぁ。







 それからしばらく魔力循環の指導と手伝いをして、私はお屋敷に戻った。

 魔法使いたちも少しだけコツを掴みつつあるようだったので、今後に期待である。


 中庭に並べておいた樽を確認する。

 経過時間は3、4時間程度。気温は今日も30度超えで、お日様もよく照っている。

 予想通り白魔粘土を内側に巡らせた樽は、冷凍庫に入れてたのかってくらい氷が保たれていた。日光が当たった最上部が多少溶けている程度だ。

 もちろん水瓶の水はよく冷えている。


 コルクと羊毛の樽もまずまずの結果だった。

 上の方はだいぶ溶けて水になっているが、水瓶を引き上げると底の方に氷がけっこう残っている。(なお、自力で水瓶を引っ張り上げようとして尻餅をついたので、力自慢の奴隷の人に手伝ってもらった。)

 水瓶はちゃんと冷えていた。

 なおコルクと羊毛でそれほど差はなかった。コップで実験した時は、コルクで隙間があいてしまったのが良くなかったようだ。


 樽だけの方は、見事に氷が全部溶けていた。水瓶の中身もぬるくなり始めている。


「樽だけの氷は、ものの30分程度で上の方が溶け始めて、1時間もするとずいぶん溶けていました。コルクと羊毛も上の方が溶け始めるのは早かったですが、それ以降は粘っていましたね」


 観察係を任せていたティトが教えてくれた。

 便宜上『分』とか『時間』とか言ってるが、ユピテルには独自の単位がある。時間の長さは水時計で計る。が、その辺は私が脳内で前世の単位に変換しているということで。


 聞き取った経過と、今の結果を紙にまとめていく。後でティベリウスさんに提出しよう。


 本当の本音を言うと、せっかく氷をたくさん出したので、時間経過で消えてしまう魔法の生成物の観察もしたかったんだけど。

 そういうのをやり始めると、夢中になってしまいそうだから自重した。私、えらい。


「それにしても、白ぷよ……白魔粘土の性能がダントツですごいね」


「ええ。溶け具合を見ていても、違いすぎて驚きました」


 そんなことを話しながら紙に記入した。きちんときれいに書けたので、さて、ティベリウスさんのところへ持っていこうか。

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