第38話 白ぷよ、改め白魔粘土
私の目の前には、テーブルの上のコップが三つ。昼間、氷を入れておいたものだ。
今日の気温は30度くらいだと思う。湿気が少ないから過ごしやすいけど、氷を室温に放置しておいたら確実に溶ける温度だ。
一つ目のコップはコルクで包んだもの。
氷は完全に溶けてしまって、水だけになっていた。水を触ってみるとまだ多少、冷たい。
二つ目は羊毛。
氷は残っていたが、半分以上が溶けてしまっている。
そして三つ目、謎の白ぷよで包んだコップ。
氷はコップに入れた時の形のまま、ほとんど完全に残っていた。
「すごいですね」
白ぷよのぶっちぎり性能っぷりに、ティトも驚いている。
コップに手を伸ばして触ると、ひやりと冷たい。軽く揺らしてやれば、氷がカランと涼しげな音を立てた。
それに、白ぷよ自体も冷えていた。氷ほどではないが、井戸水と同じくらい冷たい。
いや、これ、おかしいよね?
断熱材というのは、文字通り熱を通さない、通しにくい素材のはず。白ぷよそのものがこんなに冷えているということは、熱を通している、熱伝導していることになる。
それがなんでこんなに氷の冷たさを保っているんだ。
なけなしの科学知識をフル活動させたのに、結果がこれとかどうなってるのさ。
白ぷよはもともと、でんぷんのりと魔力石だった。魔力石は人間やその他の魔力に反応して光る石だ。
白ぷよになっても魔力で光る性質は引き継いでいる。何度か実験で使った。
ということは、科学に真っ向から喧嘩を売っているこれも、魔法と魔力のなせる技か。
「……ん?」
腹立ちまぎれに白ぷよをぷにぷにしていて気が付いた。うっすらと光っている、ような気がする。
昼間なら気づかない程度の淡い光が白ぷよから発せられている。
今は夜、明かりはロウソクの頼りない炎だけ。そんな状態でようやく目視できる程度の光り方だ。
「ティト、ロウソク消してみてくれる?」
「はい」
ロウソクが消えて暗闇になると、今度ははっきり分かった。薄い白い光が白ぷよから放たれている。
確認のため壺に入れたままの残りの白ぷよを見ても、こちらは光っていない。
なぜ?
コップの氷は魔法で出したが、白ぷよを触った時は魔力を集めていなかった。
魔法で生んだ氷の魔力に反応した?というか、魔法の生成物は魔力を放っているの?
「ゼニスお嬢様、まだ暗い方がいいですか?もう明かりをつけてもかまいませんか?」
「うん、もういいよ。ロウソクつけて」
ティトがロウソクを灯して、炎のオレンジ色で部屋が再び照らされる。
――炎。一つ思いついて、小火の魔法を唱えた。
『小さき炎の精霊よ、その舞い踊る熱を我が指先に灯し給え』
指先に生まれた小さな火に、壺からちぎって取り出した白ぷよを当てる。
火がついている間は分かりにくかったが、魔法の効果が終わって暗くなると、やはり白く光っているのが見て取れた。
それから、白ぷよはじんわり温まっている。
次にまた新しく白ぷよを取り出して、今度はロウソクの炎に当てた。
魔法の火と同じくらいの時間を当てた後、明かりから離れて確認したが光っていない。温まってもいない。
「これはまた、けっこうな大発見だなぁ……」
きょとんとしているティトの隣で、私はじわじわ沸き起こる興奮を感じていた。
白ぷよの性質をまとめてみる。
・魔力に反応して光る。
・魔法の生成物の性質を反映する?(氷は冷たくなり、炎は温まる)
・断熱性が高い?
そして新しく判明したのは、『魔法の生成物は魔力を放っている』。
白く光ったのは私の魔力の色を引き継いでいるのか、もしくは生成物は全て白いのか。
色んな不思議が少しずつ、何枚もかぶっているヴェールをめくるようにあらわになって、また違う謎を見せてくれる。
……面白い。
気になる。
魔法も魔力も、本当に興味深い!
これはもう、確かめずにはいられないッ!
明日もマルクスの屋台に行くけれど、それでもだ。大丈夫、余力はちゃんと残す。
私は白ぷよの壺を抱えると、ティトに向かって言った。
「ティト!師匠の部屋に行くよっ」
「今からですか?」
「そうだよ!早く早く」
まるでイカレポンチだった頃のように、私はティトをせっついてオクタヴィー師匠の部屋へ走った。興奮で気が急いて、ほとんど全力疾走で走ってしまった。
「師匠、師匠! 大発見です!!」
ノックの返事も待たずにばーんとドアを開けて、私は叫んだ。
夜になって押しかけた弟子に師匠は不機嫌な顔をしたが、それでも話を聞いてくれた。
「へえ、なるほどね。この白い変なものにそんな性質があったの」
「魔法の生成物が魔力を放っているのも、新発見ですよね?」
「ええ。わざわざ魔力石を使う人はいなかったわ」
師匠にも氷と炎の魔法を使ってもらい、白ぷよを当ててみる。
師匠の魔力色は淡いオレンジだ。
結果、白ぷよは淡オレンジ色に光った。
魔法の生成物も元の使用者の魔力色を反映するようだ。明日以降、師匠以外の魔法使いにも頼んで試してみよう。
「それで、これで氷を包んでおけば冷たさが長持ちするのね?なら、飲み物とかき氷の問題はクリアできそうじゃない」
師匠は新しい発見よりも、それによってもたらされる効果に目を取られている。なんとも実業家気質の彼女らしい。
「それはもちろんそうですけど、この白ぷよの保冷性が魔法の氷だけに発揮されるのか、それとも普通の氷でもいいのか。それから炎や氷といった『熱』以外の効果は反映されるのか、調べたいことがいっぱいです」
私はめちゃくちゃ早口である。
「そういうのは後にしなさい。今は冷たい飲み物とかき氷の商売が第一でしょ。そっちに集中して頂戴」
「そ、そんな。だって原理はもちろん性質もちゃんと明らかになってないんですよ。調べたいじゃないですか!」
「駄目。ゼニスはすぐそうやって脇道に逸れるわね。先に氷関連、これは命令よ」
「うぐぐ……」
師匠にして上司、かつ恩人である彼女の命令は絶対だ。
でも、諦めきれない私は食い下がってみた。
「ちゃんと調べないと、危険かもしれないですよ。毒があったりとか、未知の物質ですから。ほら、調べる必要あるでしょ?」
「きみ、ラス王子と一緒にこれで粘土遊びをしていたでしょう。何か害があった?」
「……ないです……」
撃沈である。
まあ、元の材料もでんぷんのりと魔力石だ。別に未知でもない。魔力石自体は昔から使われていて、有害だという話は全くない。
くそう、いや、諦めたらここで試合終了だから、なんとかして。
「ゼニスお嬢様。諦めて下さい」
ティトに後ろからぽんと肩を叩かれた。ここに私の味方はいなかった。
孤立した私はプレッシャーに耐えきれず、とうとう白旗を上げたのだった。
「さて、それじゃあこれの名前を考えないとね。いつまでも『コレ』とか『白』じゃあ分かりにくいもの」
意気消沈する私を軽くスルーして、師匠がそんなことを言った。
「私は『白ぷよ』と呼んでいます」
「『
無視かい!
なんでよ、白ぷよ、いいじゃない。四つくっつけてばよえーんと消すやつだよ。
「少し高尚すぎるかしら。平民向けの商売に使うのだし、もっと親しみやすくてもいいわね」
「白ぷよ……」
「魔力石からできた粘土ですから、『白魔粘土』などいかがでしょう」
と、ティト。
「あら、いいわね。少々散文的すぎるきらいはあるけれど、分かりやすいもの。白魔粘土にしましょう」
こうして白ぷよは、白魔粘土と命名された。制作者の意向は無惨にも投げ捨てられたのだ。
そして当面は、白魔粘土の研究は氷の商売関係に限定され、自由にできるのは秋以降と決められてしまった。
かなしい……。
とはいえ、大きな発見に変わりはない。
この夏は氷の商売に全力投球して、不思議の追求は秋のお楽しみにしておこう。
さて次は、白ぷよ、じゃなかった、白魔粘土の断熱性能をもう少し確認した上で、実用化をやってみようっと。
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