第37話 断熱材探し

 ティトと一緒にフェリクスのお屋敷に帰ってきた私は、さっそく課題に取り組んだ。

 テーマは『ドライアイスを使わずに、効率よく冷やす』。

 ドライアイスの魔法は私にしか使えない。冷たい飲み物とかき氷の商売の規模を拡大するには、他の魔法使いでも扱える方法を考える必要があった。


 前世の記憶を掘り起こして、役に立ちそうなものを探る。

 まず、冷蔵庫と冷凍庫。これは私の知識では無理。どういう仕組みなのかさっぱり分からない。


 次に塩と氷といった「寒剤」について。

 かき氷は飲み物よりも単価が高いものの、塩をふんだんに使えるほどではない。よってコスト的に不採用。

 実は塩以外の寒剤として、オクタヴィー師匠から硝石を教えてもらった。

 水に溶かすとよく冷えるのだけど、塩よりも高価。つまりとても使えない。


 余談として硝石といえば黒色火薬の材料で、トイレの排泄物を利用して人工的に作るイメージがある。

 地球の偉人がたくさん異世界に召喚される漂流者な某漫画では、織田信長がそれで火縄銃を作っていた。

 けれどユピテルでは、硝石はあくまで寒剤、ないし食品の防腐剤。

 天然物しか存在せず、そのため量が採れなくてお高い。


 それから――私は火薬は作らないよ。

 もし火薬が出来上がったら間違いなく兵器に、人殺しの道具に使われる。

 いつかこの世界で火薬や銃火器が発明される日が来るとしても、それはこの世界の人の手によるべきではないかと思う。







 というわけで、寒剤全般もナシである。


 それ以外で冷やす方法というと、クーラーボックスだろうか?

 前世のお祭りやキャンプで、クーラーボックスに氷を詰めてペットボトルを冷やしていた。

 クーラーボックスは断熱性の高い素材で箱を作り、冷たさを閉じ込めて長持ちさせるんだったね。


 クーラーボックスの材料は、確か発泡スチロールやウレタン。

 ――見事にこの国にない素材だった。駄目じゃん、ちくしょうめ!


 おっと、つい悪態をついてしまった。失礼。

 だって考えても考えても壁にぶつかるから……。


 でも諦めたらそこで試合終了なのだ。

 ユピテルで手に入る断熱材を探してみよう。

 ぱっと思いつくのは、羊毛。暖かいイメージのある羊毛は、それだけ体温を逃さない断熱性がある。

 毛糸や毛織物ではなく、加工前の羊毛の方が良さそうだ。何なら圧縮してフェルトみたいにするとか。


 他には何かあるだろうか?

 ティトと一緒に考えたが、思い浮かばない。他の人に聞いてみることにした。

 自室を出て、滞在中の食客や使用人、奴隷の人に聞いて回る。


「断熱材のいいやつを知りませんか。羊毛みたいに熱を逃さないやつ」


「羊毛みたいに、ねえ。分からないわ。羊毛そのものなら余ってるけど、いる?」


「下さい。ありがと!」


 途中、使用人のおばちゃんから羊毛をもらった。枕に詰める余りだそうだ。

 引き続き聞き歩く。何人かは空振りをして、ついに当たりを引いた。

 以前、私の基礎教養の教師をやってくれたおじいちゃん先生である。


「わしの故国、グリアはユピテルよりも冬が厳しい土地でしてな。石造りの家はとても冷える。壁に石綿の布を貼り付けて、寒さをしのいだものです」


「石綿……」


 アスベストのことか!

 前世じゃ健康被害が取り沙汰されていたアスベストだけど、注意して使えば有用だろう。


「先生、石綿持ってますか?」


「今はありませんな。が、建材や衣類でよく使われております。買おうと思えばすぐに手に入るでしょう」


 お値段を聞いたら、案外お手頃価格だった。後でオクタヴィー師匠かティベリウスさんに入手先を聞いてみよう。

 さらに人を捕まえて聞いていると、もう一ついい話が聞けた。

 食客の建築技師さんである。


「断熱材? それならコルクでどうだい? このお屋敷の給湯管も、コルクで包んで断熱してるよ」


 そう言って、手持ちのコルクを分けてくれた。コルクの木から剥ぎ取った樹皮の切れ端だ。

 これで羊毛とコルクは手元にゲットできた。石綿はまだだけど、とりあえず実験してみよう。


「ティト、部屋に戻ろう。断熱材のテストをするよ」


「はい、色々手に入ってよかったですね」


 部屋に戻ってコップ2つを取り出す。呪文を唱えて氷を入れ、羊毛とコルクをそれぞれ巻き付けた。羊毛は上手にコップ全体を包めたけど、コルクは紐で縛っても多少の隙間が出来てしまった。

 まあいいか、隙間の分を差し引いて結果を見ることにしよう。


 意外に手早く実験の準備ができてしまった。他にやることはないか、改めて考える。


 クーラーボックスといえば、保冷剤とセット運用が多かった。お弁当とか、少量のペットボトル程度ならクーラーボックスに保冷剤を入れてやれば、冷たさが持続する。

 保冷剤の中身は何だっけ。ジェル状の吸水ポリマー? ペットシーツに使うのと似たやつ。

 私は前世でも犬を飼っていたので、その辺はおなじみである。

 これもユピテルにはない素材だ。まったく、前世の化学製品の豊富さは改めてすごいと思った。


 ジェル状、ぷるぷる、そんなワードでふと思い出した。

 以前、魔法学院の卒業課題のために魔力の体内移動を観察した時。でんぷんのりと魔力石で、偶然に謎の白ぷよが出来たっけな。

 あれは結局、あまり使い道がなくてそのままになっている。シリコン粘土みたいなぷるぷる触感なので、ラスと一緒に粘土遊びをしたくらいだ。


 あれ、保冷剤にならないだろうか。ダメ元で試してみることにする。

 白ぷよを入れていた壺から一部をちぎって取り出し、ちょっと伸ばしてテーブルに置く。


「それも断熱材ですか?」


 と、ティト。

 断熱材じゃなく保冷剤だよと言いかけて、似たようなものかと思い直した。要は冷たさが保たれればいいわけで。


「うん、ものは試しで」


 もう一つカップを出して、氷を入れる。他の2つと同じように白ぷよで包んだ。粘土状なのでよく伸びて、しっかり包めた。


「これでよし。後は夜にでも氷の溶け具合を確かめよう」


「はい」


「時間、余っちゃったね。どうしようか」


「ラス殿下と遊んでさしあげたらどうです? ここのところ忙しくて、あまり会えなかったでしょう」


「そうだね、でも、ラスも前より大人になったみたいで、寂しいと言わなくなったよ。いつまでも私が構うと、うるさいと思われないかな」


「遠慮してるのでは?」


 うーむ、そうかもしれない。あの子、何でも我慢しがちだから。

 わがままらしいことを言ったのは、私の里帰りについてきたがった時くらいかな。それ以外はいい子すぎるくらいいい子でいる。

 里帰りの件だって結局、連れて行って良かったわけだし。ノーカンだ。


「よし、じゃあ今日は夕ご飯までラスと遊ぼう! 何しようかな、暑いから中庭で水遊びとかどう?」


「いいですね。準備してきます」


「お願いね。ヨハネさんも誘って、事故のふりして水かけたら怒られるかな?」


「あたしは知りませんからね。お説教は一人で受けて下さい」


「えーっ、ティトひどーい」


 なんてことを言い合いながら、ラスを水遊びに誘うべく、私とティトは再び部屋を出た。







 そして、たくさん遊んだ夕食後。

 断熱材の性能実験の結果を見ようとコップを取り出したら。


 文句なしのぶっちぎり一番で、白ぷよの優勝だった。

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