第35話 千客万来!
さらに翌日、いつもの
今日の天気は薄曇りだが、その分湿度が高めで蒸し暑い。そう、冷たいものが欲しくなる感じに!
昨夜はドライアイスの魔法に手を加え、魔力効率を少し改善できた。
呪文は長くなるが、より正確に二酸化炭素とドライアイスの特徴を織り込んでやると反応が良くなるのだ。
一体どこの誰が(あるいは『何が』)魔法語の呪文を拾い上げて魔法に反映させているのか、不思議である。
マルクスの屋台の水瓶には、ワインと水がたっぷり入っていた。昨日は七分目程度だったが、宣言通り増やしたようだ。
私はドライアイスの呪文・改を唱えて、樽に入れていく。
「水瓶自体を増やしたいとこだけど、これ以上は屋台に乗せられねえから」
マルクスは残念そうである。
彼の屋台は小ぶりで、その昔はお母さんが一人で切り盛りしていたとのこと。女性や子供の力でとなると、このくらいの大きさが限界なのだろう。
「ティト、昨日はありがとな。母さん喜んでたよ」
「別に。それより馴れ馴れしいの、やめてよね」
「え? 俺、なんかやったっけー?」
マルクスはニヤニヤしている。ティトへの苦手意識はすっかり消えたらしい。
都会育ちの彼と田舎娘のティトだと、なんだか対照的だなあ。何となく、おちゃらけ少年と真面目委員長みたいなデコボココンビ感がある。
私はほっこりしながら水瓶の冷え具合を調節した。
日が高くなるにつれ、人が徐々に増えてくる。今日は昨日より人出が少し早いようだ。
と思っていたら、早速一杯目が売れた。そのお客さんを呼び水に、また次々と売れ始める。
あっという間にけっこうな人数が列を作った。なんか今日はお客の反応がいいな!?
「この
「黒髪の男の子と褐色の髪の女の子がいるんだろ?ここで間違いない」
「おーい、こっち、こっち。冷たい水がある屋台、見つけたよ」
んん? 漏れ聞こえてくるお客の会話も、今までと少し違う。昨日までは半信半疑だったり、冷やかしみたいな人も少なくなかったのだが。
「いらっしゃい! お客さん、見ない顔だね。俺、ここで何年も商売やってるから、だいたいの人の顔は覚えてるんだけど」
ワインをコップに入れながら、マルクスが愛想よく話している。
「俺は隣の地区から来た。広場の真ん中でよく冷えた水割りワインが飲めるって、評判になってるんだよ」
「へえ、わざわざ来てくれてありがとね! それじゃ、評判通りの冷たいのをどうぞ」
「お、うまい! すごいな、井戸水より冷たいんじゃないか?」
お客のお兄さんはごくごくと水割りワインを飲み干すと、笑顔で去っていった。
その後も似たような会話が時々、聞こえてくる。
マルクスの屋台が評判になってるのか。
ネットはもちろんテレビやラジオもない国だから、情報といえば口コミ一択だ。最初の日に飲んでくれたお客さんたちが、あちこちで拡散してくれたのだろう。
みんな、楽しみにしてるのが伝わってくる。
「そろそろワインも水もなくなりそうだ」
しばらく後、接客用の笑顔を残念そうに歪めて、マルクスが言った。
お客さんの列はまったく途切れていない。心苦しいけど、在庫切れを伝えなければ。
「じゃあ、あたしが売り切れを伝えてきます。一人、ついてきてください」
ティトが大柄な奴隷の人を一人連れて、お客さんの列の方に行った。残りの水の量から見て、売り切れになりそうな順番の人にそう伝えている。
大人しく帰る人、見るからにがっかりする人などに混じって文句を言って凄む人もいたが、ガタイのいい奴隷に気圧されて退散していった。
やっぱり用心棒的な人は必要だな……。13歳のティトだけならきっと揉めただろう。
結局、今日は昨日より早いくらいの時間で撤収となった。水もワインも増やしたのに、お客さんの人数が上回ったのだ。大繁盛、嬉しい悲鳴である。
昨日と同じく、屋台を置いてフェリクスのお屋敷に行く。すると応接室にティベリウスさんとオクタヴィー師匠が待っていた。
「ご苦労。思った以上に客入りがいいようだね」
「はい、すごかったです。お客さんの列がずっと途切れなくて。あちこちで評判になってるみたいで、遠くから来てくれた人もいました」
「それは良かった。人を使って噂の後押しをした甲斐があったよ」
なにー!? この集客、ティベリウスさんが仕掛けたのか。
マルクスとティトもあっけにとられて口を開けた。
「俺は少々、拡散の手伝いをした程度だよ。たとえ手出ししなくとも、結果が出るのが多少遅くなる程度だった」
リウスさんは穏やかに微笑んでいる。
「さて、冷えた飲み物の需要は確認できたことだし、マルクスの屋台を正式に買い上げよう。あの
「え! クイントスの親分と話したんですか!?」
マルクスが驚いた声を上げた。
クイントスの親分とは、あの広場近辺を縄張りとするヤクザ? 仁侠? の親玉。揉め事の仲裁や用心棒をやってくれる代わりに、みかじめ料を支払う必要があるんだそうだ。ううむ、もろにヤクザではないか。どこにでもいるんだなぁ。
「ああ、それは下っ端だよ。俺が話をつけたのは、もっと上の方。姉の嫁ぎ先と繋がっていたから、話はそんなに複雑ではなかった」
お姉さまの嫁ぎ先はもちろん相応の家格の貴族だ。なんか、この世界の闇を見るような……。
「ゼニスとマルクスは、その辺りは気にしなくていい。きみたちはこの商いが成功するよう、知恵と努力を尽くしてくれ」
「は、はい」
マルクスが緊張した顔で頷いた。彼にとってかなり上の存在だったクイントスの親分とやらを「下っ端」とばっさりやられて、大貴族の力を改めて感じたみたいだった。
「水とワインの仕入先も、フェリクスの関係者から見繕っておいた。不都合があれば教えてくれ」
「はい、大丈夫です」
マルクスが頷いたので、ティベリウスさんは本契約書を取り出した。
「もう一度確認しておこうか」
内容は、こんな感じ。
・マルクスはフェリクスの使用人扱いで、雇われ店長として今までどおり屋台の商売を続ける
・冷たい飲み物の大きな需要に対応するため、準備が整い次第、他の屋台と店舗を出す
・氷 (ドライアイス)の魔法の開発はゼニスが担当し、他の魔法使いの雇用、教育と采配はオクタヴィーが担当する
・ゼニスはこの事業の利益に応じて分配を受ける
・マルクスはフェリクスの事業としての冷たい飲み物提供を積極的に宣伝すること
・ゼニスは当面はマルクスの屋台付きだが、他の魔法使いの教育が済んだらバトンタッチ
・マルクスの住居はフェリクスの屋敷内の使用人部屋に用意する。母親も同居可
「問題ないです。ありがたいです」
契約書を何度も何度も読んで、マルクスが深く頭を下げた。
平民と貴族の取引としては、マルクス側にかなり有利な内容だと思う。
彼は平民だけどちゃんと字が読めるし、計算もできる。自分できちんと確認して理解していた。
彼の家はお父さんを亡くして以来貧乏だったが、お母さんが頑張って私設教室(寺子屋みたいなやつ)に通わせてくれたんだそうだ。
改めてサインをし、屋台の売却代金を受け取って、マルクスはフェリクスの雇い人となった。
私のお金稼ぎの必要性から始まった話が、マルクス親子の境遇を変えてしまったり、魔法使いの待遇改善の一手になったりする。
しかも新しい魔法の可能性もゲットして、将来的には冷蔵・冷凍輸送まで見えた。
一石二鳥どころじゃない、すごく欲張りなことをしてしまった。
それだけ話が大きくなって、私一人では到底手に負えないけど。
ここには色んな人がいるから、協力しあって進みたい。
まずは、冷たい飲み物の需要が高まる夏の間いっぱいは、この商売に注力しようと思う。
飲み物ばっかりで、まだかき氷もアイスも作ってない。私も食べたいし、飲み物だけでもあんなに喜んでくれたユピテルの人々が、かき氷食べたらどんな反応になるかぜひ見てみたい。やっぱり頭キーンってなるかな!?
色んなことが楽しみで、明日が来るのが待ち遠しい。さあ、明日も頑張っちゃうよー!
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