第33話 ドライアイス

 二酸化炭素やドライアイスという、ズバリそれそのものを指す言葉がなくても、性質を羅列していけばどうだろうか。

「猫」を説明するのに、「動物で、肉食で、毛皮があって、体重は3キロから5キロ程度、耳が三角形で、ひげが長くて、にゃーと鳴く」と言うような感じで。


 二酸化炭素で考えてみよう。

 CO2。炭素と酸素の化合物。動植物の呼吸で排出される。植物は光合成で使い酸素を出す。燃焼で発生する。

 空気中に常に多少存在する。(割合は分からない。忘れた)一定割合を超えると炎が燃えなくなり、生き物は呼吸困難を起こす。など。

 これらをなんとかして魔法語に翻訳し、呪文の形式に乗せる。


『そよぐ風に含まれ、生命たちの息吹にて吐き出されるもの。草木の陽光の元での営みにて使われるもの。炎の後に生まれ、しかしそれ自身は燃えぬもの。ヒトの呼吸を妨げ、やがて死に至らしめるもの。其れを氷よりも冷たく、小石のように固め、我が手よりひとひらの粒を降らせ給え』


 これでどうだ!

 ドライアイス発生を想定して、CO2の分子モデルと非常に低い温度を思い浮かべる。念のため、量はほんのひと粒で。

 体内の魔力回路を意識し、脳の起点から心臓、下腹部を通して右手に魔力を集める。


 すっと魔力が引き出され、下に向けた手のひらからぱらぱらと白いかけらが落ちた。

 床に落ちた小さなそれに手を近づけると、ひんやりとした冷気を感じる。


 やった、成功した!?

 でももしかしたら、ドライアイスではなく白くて冷たい謎の物体かもしれない。できるだけ確かめないと。


「今回の呪文、長かったですね? それはなんですか?」


 ティトが隣にしゃがんでドライアイスに手を伸ばす。


「ストップ! 素手で触ったらだめ!!」


 慌てて彼女の手首を掴んだ。


「これ、たぶん、すごく冷たいものなの。素手で触ったら凍傷になっちゃうよ」

「そんな危ないもの、床に転がさないで下さい!」


 ティトは気味悪そうな顔で手を引っ込めた。


「直接触れなければ大丈夫。えーっと、手袋あったかな」


 クローゼットを探って革の手袋を見つけた。ちょっと薄手だがとりあえずはいいだろう。

 手袋をはめてドライアイスの小粒をコップに入れる。素焼きの素朴なやつだ。

 コップに水差しから水を少し入れた。ぱちぱちと炭酸が弾けるような音がして、コップの中に白い煙がもくもくと生まれる。

 うむ、ドライアイスっぽい。

 けど、もう少し確かめたい。


 部屋のロウソクに火打ち石で火をつけた。魔法の方が早いが、今日はだいぶ使いすぎなので、これで。

 ロウソクの炎を白いスモークの中に入れると、火がふっと消えた。


 どうやらドライアイスの可能性がかなり高そうだ。

 ――勢いでやってしまったけど、これ、すごくない!?

 ばっちり当てはまる単語がなくても、ある程度の絞り込み検索みたいな言葉群とイメージで物質を生み出せるなんて!

 魔法、思った以上に万能だ!


 魔力の消費も同量の氷に比べるとやや多いが、ドライアイスのほうが温度がずっと低い。ものを冷やすならこっちだろう。

 あとはドライアイスの使い方を工夫したり、呪文をブラッシュアップして効率化すればうまく行きそうだ。


 ただ、魔法で生み出したものはしばらくすると消えるのが難点かな。

 石つぶての魔法なんかで出した石は、一日もすれば跡形もなく消えてしまう。水も器に入れておいたら消えるんだった。

 だから金や銀などの貴金属を作って詐欺を働くのは難しい。

 氷は溶けて消えたのか魔法の産物故に消えたのか、判然としないが。

 まあ、ドライアイスは半日も保てば十分に用途にかなうので、この場合はあまり問題ではない。


 ――あれ?

 と、ここで疑問が出てくる。

 魔法で生み出したものは最大でも一日程度で消える。でも例えば火の魔法で放った火は割とすぐに消えるのだが、それを火種として他のものに燃え移ると消えない。

 水についても、魔法で出した水を飲んで後で急に脱水になったという話は聞かない。

 どこにその線引きが……?


 疑問に思ったら確かめるべし!

 まずは何をやろうか。水かな!?

 例えば、魔法で出した水だけ飲んで3日くらい過ごして、体の変化を見るとか。今からやってみよう。


『清らかなる水の精霊よ……』


 ドライアイスが入っていない方のコップを取り出し、水を出すべく呪文を唱えかけて。


「お嬢様、今度は何をやるつもりです?」


 呆れたようなティトの声で我に返った。


「明日もマルクスの商売に付き合う話、忘れてませんか?さっさとお風呂に入って、早めに寝た方がいいのでは?」


「そうだった!」


 危うく別の方向に突っ走るところだった。

 危なかった、止めてもらって助かる。うっかり徹夜で実験でもした日には、へろへろの状態で行かなくてはならないところだった。

 こういうのが積もって前世は過労死したというのに、私も懲りないなぁ。


 魔法で出したものが消える件、すごーく気になって後ろ髪が引かれるけど。

 でもここはがんばって気持ちを切り替えて、今日はきちんと休もう。

 精神は大人でも体はまだまだ子供。大人の時以上に無理をしてはいけないだろう。睡眠時間もたっぷりと必要だ。


「ティト、ありがと。じゃあお風呂に行こっか」


「お礼を言われるようなことは、してませんけどね」


 お風呂から上がったらどっと疲れが出て、寝台に倒れ込むように眠ってしまった。

 明日もマルクスと一緒に、がんばるよ~。

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